第五十挺目 嘘
10月に入った。推薦を使って大学に行くことが決まっている俺は余裕があるが、望奈や鈴木は忙しくなっていった。元々、進学への意欲をあまり見せていなかった望奈も過去との決別をある程度、果たしたからか、最近は熱心に勉強に打ち込んでいる。
叶向と鈴木はあのカフェでの再会から急速に距離が縮まったようで、今日もデートに行く、と羨ましい報告を叶向から聞いた。
「残る問題は不知火姉妹問題......」
10月9日、スポーツの日。朝の7時頃、インターフォンが鳴らされた。朝食を摂っていた俺はまだ眠い目を擦りながら玄関に向かい、扉を開ける。
「・・・・」
其処には何処か気まずそうに俯きながら立っている不知火望奈の姿があった。彼女とは近頃、夕食を持って行くときと、登校時を除いてあまり会っていない。
「......ん、おはよ。丁度、俺もぬいもちのこと、遊びにでも誘おうかなと思っていたところ」
「・・・・」
何処か不機嫌そうな目で俺の足の方を睨みつけながら沈黙する不知火。俺に何か言いたいことがあるのは分かった。
「あー、不知火とこうやって休みのときに会うのも久しぶりだな......」
近頃、彼女とあまり話していなかったからだろうか。彼女の顔を見るのが少し恥ずかしい。
「......この前、叶向と水族館に行ったらしいわね」
「へぇあ?」
予想の斜め上の言葉が彼女の口から出たことに驚きを隠せず、思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。
「梓が口を滑らせた」
「蜂須賀ああああああああ!」
「どうしてお前が......叶向と何の関係もないお前が、叶向を病院から連れ出しているのかしら」
「待って、ぬいもち。いや、違うんだよ。叶向が俺は取るに足らない存在だから、気が楽だって......」
気が狂う程に彼女のことを想い、彼女を忘れまいと彼女の名を毎日、呟いている望奈。そんな彼女の、俺への憎悪は如何程か。想像するだけでも恐ろしかった。
「最悪ね。どんな気持ちであの子と会っていたのかしら。私はその間も胸が張り裂けそうだったというのに」
「......ごめん」
「はあ......苛立ち過ぎて気分が悪いわ。隠れて叶向と会っていたお前も、自らの罪故にあの子と会えないにも関わらず、お前に的外れな怒りを向けている自分も、今すぐ殺してやりたい」
怒りからか、彼女の手は小刻みに震えていた。彼女の顔は真っ赤になっていき、目から涙が溢れ出す。
「......不知火」
「本当に嫌いだわ、自分のことが。......特に用があった訳じゃないの。感情が抑えられなくなって、お前に八つ当たりしたかっただけ。......ごめん」
涙を流しながら彼女は、笑っているのか、怒っているのか、よく分からない表情で頭を下げた。それがどうしても見ていられなくて、気付けば俺は彼女を抱きしめていた。嫌がられなかった。
「悪い」
「謝らなく......て、良い。私が悪い......っ......ごめん......なさい......私がお前の、貴方の人生を......滅茶苦茶にしている」
ボロボロと涙を流す彼女の身体は存外、冷たく、少しずつ自分の体温が彼女に移って行くのが分かった。
「お前の自殺を止めたのは俺だ。......だから、その責任は取るつもりだ」
「......責任。それがお前が、私達に関わる理由?」
「ああ」
嘘を吐いた。
「......そう」
「さてと、久しぶりに出掛けないか? 最近、全然、ぬいもちと遊べてなかったからさ。勉強とか、忙しいだろうから無理なら断ってくれても良いが」
俺は彼女から離れ、あっけらかんとした口調でそう言った。今日だけは、彼女と一緒に居たかった。
「行く」
即答だった。依然として涙を流している彼女はその涙を服で拭い、迷わずにそう答えた。
「そうか。じゃあ、準備してくる。8時集合な」
俺はそう言うと、彼女に背を向け、家に戻った。『ええ』と頷く彼女に俺の吐いた小さな溜息は聞かれていなかっただろうか。




