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四十九挺目 温もり


「......重いです。てかこれ、私みたいなのが聞いて良いような内容じゃないと思うんですけど」


 叶向の口から不知火姉妹の過去について聞かされたソレンヌの反応はそんなものだった。俺が驚いたのは叶向の説明が思っていたよりも中立的で、望奈に聞かされたものとそう変わらなかったこと。彼女の言葉には奇妙な程に主観、というものが含まれていなかった。


「気分を害したならごめんなさい」


「いや、私は良いんですけど」


「......失望しました?」


「いや、初対面なので期待も失望もないですけど。そうですね。......何というか、貴方の怪我、私が軽はずみな助言を霊群達に与えたことが原因の一つみたいですね。ごめんなさい」


 無意識なのか、自粛しているのかは分からないが、『なのです』すら使わずにソレンヌは俯きながら叶向に謝る。


「い、いえいえいえ、そんなの関係ないですよ! 元々、私達があんな醜い争いをしなければ起きなかったこと、親がちゃんと親をしていれば起きなかったことなんですから」


「......そう、ですか。何かすみませんね。二人のこと、何も知らないのに色々言っちゃって。望奈にも悪いこと、言ったかもしれないです」


「あー、えっと、そんな気を遣う必要はないというか......センパイどうしよ」


 震えた声で謝罪をするソレンヌに対して困った様子の叶向は俺の方を向いて助けを乞うてきた。


「いや、何で俺なんだよ。......ソレンヌ」


「何ですか。お前に普通に名前呼びされると変な感じがしますね」


「もし良かったら、叶向とも、友達になってやってくれ。コイツ、自分をさらけ出せる友達に飢えてるみたいなんだよ」


「何、勝手に適当なこと言ってるんですか」


「違うのか」


「違わないのが癪です。......高校にも友達、みたいなのはいっぱい居たんですよ? 私、そういうの得意なんで。でも、こんなに学校休んでたら、きっと、あの子らは私のことなんて忘れてます。ぼっちなんですよ、今の私」


 『その程度の関係を友達と言えるのかは分かりませんがね』と自嘲する叶向。そう考えると、やはり、叶向にとって蜂須賀は唯一無二の存在だったんだなと感じさせられる。


「友達になるくらいならお安い御用なのです。私も現在進行形で半分、育児放棄されてましてね。だから、バイトで金稼いでるんですが......まあ、そんななので、お前達と通じ合える所もある筈です」


「......私のしてきたことを聞いても、そう言うんですか?」


「まー、そりゃ、割と引きましたけど。少なくとも、今の叶向と喋るのは苦痛じゃないので」


「ありがとう、ございます。改めて自己紹介しますね。私、不知火叶向。ご存知の通り、色々とメンドクサイ女の子です。好きなものは歌い手のフォスフォレッスセンス姫とデルカッセ姫」


「......へー、お前もあの歌い手好きなんですか。確か、蜂須賀と霊群もですよね。何かよく知らない私が情弱みたいなのです。あ、私はソレンヌ・アフリア。フランス生まれ日本育ちのフランス系日本人なのです」


「あっ、やっぱり、ソレンヌちゃんって、外国系の人なんですね。その金髪可愛いー」


「まあ、地毛は茶髪なんですけどね。客受けが良いので染めてるのです」


「へぇー、凄いお手入れしてるでしょ? 触って良いですか?」


「どーぞ」


 ソレンヌは叶向の車椅子に近寄り、叶向の前でしゃがんで彼女が髪を触れるようにした。


「うわ、サラサラー」


「ナチュラルに距離詰めに行ったな」


「うっさい、今、良い感じに友達になれそうなんだから余計なこと言わないで下さい」


 やはり、打算だったか。


「そこ、ぶっちゃけるんですか......」


「私は計算五割、衝動五割で動いてますので」


「やべえ奴なのです」


「今、気付きました?」


「何か姉の方がまだマトモ感出てきましたねこれ......」


 と言いつつも、叶向に髪を触られながら叶向の髪を触り返すソレンヌ。でも、良かった。ソレンヌならきっと、彼女達のことを受け入れてくれると俺は勝手に信じていた。

 いつまでも見ていたいその様子を眺めていると、ガチャリと店の扉が開いた。


「......悪い、遅くなって」


 そう言って現れたのはもう少しで前髪が目にかかりそうな黒髪の少年、鈴木秋也。髪切れよ。


「おいー、遅くないかあ? もう約束の時間から一時間も経ってるぞ」


「いや、何か話し込んでるみたいだったから話が終わるまで扉の前で待ってた」


「うわ、空気の読める男だ」


「私と叶向が戯れあってる時に入ってくるのは果たして、空気が読めているのか、いないのか......」


「いや、今くらいしか入るタイミングがなかったんですよ......」


 と言いつつ、鈴木は車椅子にちょこんと座る叶向に目を向けた。先程までソレンヌにグイグイ迫っていた彼女の姿は其処になく、彼女は気まずそうな、バツが悪そうな、恥ずかしそうな様子で鈴木から顔を逸らしている。


「......お久しぶりですね、秋也さん」


「ああ、久しぶり......」


「えっと、その、元気でしたか」


「俺は......うん」


「会話下手くそか、なのです」


 明らかに上手くいっていない二人の会話にソレンヌがビシッとツッコミを入れた。そもそも、鈴木はかなり無口で会話が得意な方ではない。いつもは会話の主導権を叶向が握ることで二人の間のコミュニケーションが成立している。

 その叶向が今は完全に会話の主導権を手放しているので、こんな悲惨なことになっているのだろう。


「ま、後はお二人に任せて、俺は帰るかな」


 きっと、俺が居ない方が話しやすいこともあるだろう。そう思い、俺が席を立とうとすると、叶向が右足を伸ばして俺の足を蹴ってきた。


「待ちなさい」


「あいてっ」


「この空間に私達を放置するつもりですか。秋也さんに私を合わせたのは貴方なんですからどうにかしてください」


「えぇー......」


「何か、お前ら、仲良くなってないか? というか、何でお前らが一緒に居るんだ......?」


「あ、浮気とかではないから安心してくれて良いぞ」


「私は秋也さんの恋人ではないですし、勿論、霊群先輩に対する恋心もないのでどう足掻いても浮気は成立しないですね。霊群先輩はただ、私に利用されてくれてるだけです」


「......よく分からんが、成る程」


「あー、何か馬鹿らしくなってきちゃったな。秋也さん、何処から話しましょっか。私の怪我についてでも話します?」


 叶向は右手で身体の包帯と、左目の眼帯を指差した。


「......叶向が良いなら、教えてくれると、嬉しい」


「左目失明、左腕と左脚が麻痺って感じですね。ほら、右手はこうやってまだ動きます」


「......そうか」


「えぇ。だから、これからは車椅子生活です。デート行くのもずっと、車椅子。......嫌ですよね」


 叶向の声が少しずつ震え、少しずつ細くなっていくのが分かった。堪えきれない涙を静かに目から流しながら、彼女は鈴木の顔を見た。


「身体、触っていいか」


「え......? あ、はい、どうぞ」


 鈴木は徐に叶向の前に歩み寄り、呆気にとられる彼女の身体を優しく抱いた。


「......はーっ、見てられねえのです。私、マスターと一緒に上でご飯食べてるので終わったら電気消して帰って下さい」


 ソレンヌはやれやれ、という様子でそう言うと厨房の中にある階段を登って行った。彼女なりの気遣い、だろうか。


「......叶向が生きてて良かった。叶向とまた会えて、叶向とまた話せて、良かった」


 鈴木もまた、叶向と同じように涙を流しながら彼女にそう言った。


「梓もそうですけど、皆、良かった、って言うんですね」


「......何も連絡寄越さないから、心配で」


「悪かったわね......どういう顔して貴方に会えば良いのか、分からなかったんですよ」


 そう言って微笑を浮かべる叶向を見て、俺は静かに喫茶店を後にした。ふと、スマホに目をやると電話の着信履歴が残っている。


「......もしもし、母さん?」

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