四十八挺目 壁
水族館を満喫し、自宅の最寄り駅まで帰ってきた俺達。既に時刻は19時を回っていた。結構、良い時間だ。水族館を回り終わった後も、話し込んでしまったのが原因だろう。
「うーん、楽しかった!」
駅の改札を出て、そろそろ、解散か、というときに蜂須賀が大きな声でそう言った。
「俺は色々、あり過ぎて疲れたよ」
「あら? センパイ、怪我してる私よりも体力ないんですね。私はまだまだ元気ですよ」
「それは貴方が車椅子に座ってるからでしょう......」
俺は某グサデレ娘のような口調で叶向に反論した。そんな様子を静かに、遠慮がちに幻中が見ている。
「玲奈ちゃんも楽しめました? 途中で私達と合流しちゃいましたけど」
「・・・ええ、とても。叶向さんと会えて良かった。私が貴方にした行いを考えれば、烏滸がましいことかもしれませんが、出来れば、これからも貴方とは仲良くしたい......です」
「それは良かった。まあ、仮にそれがお世辞でホントは梓と二人が良かったのだったとしても、それは過去に貴方が私にした罪の代償とでも思って下さいね」
「叶向......!」
軽い口調で幻中の傷を抉るようなことを言う叶向に蜂須賀は声を荒らげた。しかし、叶向はそんな蜂須賀の様子に首を傾げる。
「何で怒るのよ。これであの罪が精算出来るなら安いものじゃない。ねー、玲奈ちゃん」
「・・・えっと」
幻中は縮こまり、震え、叶向の真意を確かめるように彼女を見つめる。一瞬、そんな彼女が哀れになって叶向に何か言おうと思ったが、直ぐにその考えは頭から消えた。叶向は今、この瞬間に幻中との関係に決着を付けようとしている、そんな気がしたからだ。
「分かった? ......私ってこういう女なの。それでも私と仲良くしたいと思う?」
「・・・ええ。心の歪み方は、私も負けていないと思うので」
幻中は無表情な顔を少しだけ崩し、くすりと笑った。
「ふふっ、ふふふっ......! やっぱり、私、貴方のこと好きだなあ。いつもの幸薄そうな弱々しい顔やめて、もっと笑いなよ。貴方にはそっちの方が似合ってる」
「・・・この方が楽なので」
「ふーん。ま、良いや。またね、玲奈ちゃん。次は一対一でイカれ女対談でもしましょう?」
「・・・ええ。きっと」
幻中はそう言うと、深々と俺に頭を下げ、蜂須賀に手を振り、その場を去って行った。彼女とは帰る方向が違うのだ。
「あのさ、叶向ちゃん? あんまり、玲奈ちゃんをいじめないでね。私の友達だから」
「......虐めてないよ。事実を言っただけ。実際、あの女は相当、捻じ曲がってる」
「でも、悪い子じゃない」
俺は静かに呟いた。
「流石、私とあの女のしてきたことを知りながら、どちらにも手を差し伸べようとする、気色悪い博愛主義男の言うことは違いますね」
「あのー、叶向さん?」
「ふふっ。でも、私も嫌いじゃないですよ、幻中玲奈ちゃんのこともセンパイのことも」
「......あー、不知火めんどくせー」
不意にそう呟いたのは俺ではなく、蜂須賀であった。
「唐突にぶっちゃけるわね、梓」
「君達さー、過去に色々あったのは分かるけどさ、高校生にもなって面倒臭すぎるのよ。私はそろそろ、大人になれよと言いたい」
「......っ。言うようになったわね、梓も」
「この前、レイグン様に色々、ぶっちゃけてから何かが外れてね。これからの梓はビシバシ言っていくから宜しく」
「センパーイ......また、貴方のせいですかー?」
「せいって何だよ、せいって。それにお前らが蜂須賀に色々と迷惑かけまくってるのは事実だろ、謝れ」
「はー......ゴメンナサイ」
「ふふっ、良いよ、良いよ。...... あ、ごめん。もう帰らないといけない時間。まだ言いたいことは色々あるけど、そっちはレイグン様が何とかしてくれるだろうからやめとく」
『また、会おうね! また連絡して!』と言って笑うと、蜂須賀は大きく手を振りながら幻中とは別の方向に駆けていった。家の方向的に本来なら俺も彼女と帰れるのだが、今日は叶向を病院に送らないといけないのでそういう訳にはいかない。
「さて、また二人に戻った訳だが、どうする?」
「どうする、って帰る以外に選択肢でもあるんですか」
「今日は蜂須賀、幻中......かなり会いたくないであろう二人にお前は会った。それじゃ、この勢いで後、一人くらい会ってみないか」
「......あー」
俺の言わんとしていることを大体、察せたようで、彼女は溜息を吐きながら天を仰いだ。
「今日は二人も会ったんだし、また別の日じゃ、駄目ですか?」
「......お前がそれで良いなら構わないが」
「うわ、その言い方いやらしいわね。......はあ」
⭐︎
「ご注文は」
「珈琲二つ」
「......私、ミルクティーが良いです」
「じゃあ、珈琲とミルクティーで」
「......私、ケーキも食べたいです。センパイ持ちで」
「ケーキも追加で」
「......あ、私」
「注文決まってから呼べやなのです!」
その金髪の店員は突如そう叫ぶと、注文用紙を挟んだクリップボードで俺の頭をぶっ叩いた。
「あいてえっ!? 俺は客だぞ!?」
「閉店準備しているときに店使わせろとか言って来るような奴は客じゃねえのです」
「......悪かった。もう外、結構、暗かったし、待ち合わせ場所として使えるのが此処くらいしか無かったんだよ。後、ソレンヌネキと久しぶりに話したかった」
「ふーん。そういうことなら、まあ? 許してやらんこともないのです。さっさと注文しろ、ほら早く」
机にクリップボードをカンカンと当てながら急かしてくるのは喫茶店『たかさご』の看板娘、ソレンヌ・アフリアである。彼女にも世話になりっぱなしだ。
「あ、じゃあ、珈琲とミルクティーつ、ケーキとクッキーと......後、コーンブレッド下さい」
「はいはい......で? 霊群、その女は新しい女ですか? 可哀想に。不知火は捨てられたんですね」
「......どっから、正せば良いか分からんから答えを言う。コイツは望奈の妹だ」
「雲雀川高校二年の不知火叶向です。ソレンヌさんですよね。先輩のお友達と伺ってます」
「ふむ、姉と違って棘のない妹ですね。てか、同級生じゃないですか」
「望奈が薔薇なら叶向はスズメバチ、出し入れ可能かどうかの違いはあれども、どっちもかなりチクチクするぞ」
「それはお前が単に二人から嫌われてるからじゃねえのですか?」
「アンタは有刺鉄線だな......」
不知火姉妹に勝らずとも劣らないその棘に俺は苦笑した。
「......てか、お前、その怪我については聞いて良いですかね」
ソレンヌは気を遣いながらも叶向の腕や足に巻かれた包帯に視線を飛ばし、彼女に聞いた。
「私と姉、ちょっと前まで血で血を洗う争いをしてましてね。その結末がこれなんです」
「つまり、望奈にボッコボコにされた訳ですか」
初対面の人間に躊躇なく秘密を打ち明ける叶向に対し、ソレンヌは真顔でそう言った。確かに今の色々と端折った説明ならそういう風に思えてしまうけども。
「ではなくて、交通事故で」
「姉妹喧嘩と何の関係が......?」
「気になります?」
「うわウザ。てか、アレですか。望奈と霊群がこの前、私に相談してきた内容ってコイツ関係ですか。ほら、あの『仲悪い相手と仲直りするならどうすべきか』みたいな」
ソレンヌが言っているのはあの『遊園地作戦』を立てた日のことだろう。望奈と叶向の間に激しい摩擦を生じさせ、叶向が交通事故に遭うことのの遠因ともなった、あの作戦である。
「ああ」
「貴方達そんなことやってたんですか......。で、相談した結果、何か良い案でも思い付きました?」
叶向はニヤニヤと笑いながら俺にそう聞いてきた。とことん、性悪な奴である。
「あの遊園地の案がだな......」
ソレンヌの意見を参考に立てたにも関わらず失敗に終わらせてしまった『アレ』の話を彼女の前でするのは少し気まずい。
「あー、あの大失敗した奴ですか」
「言い過ぎ」
「あー、アレ、失敗したんですか。部外者が適当なこと言って悪かったですね」
「......いや、ソレンヌは悪くないよ」
「ですよね、上手くやらなかったお前らが悪いですよね。帰れ」
何だコイツ。
「ブッ......! ソレンヌさんおもしろっ......! くっ、ふふふふっ」
叶向が不意を打たれたように、笑い出した。彼女がこんなにも自然に、健康的に笑っているのを見るのは初めてかもしれない。
「反論は出来ない」
「てか、ソレンヌさんも結構、私達の問題に入り込んでますね」
「知らんうちに、ですけどね。......良ければですが、どういう理由で喧嘩になったのかとか教えてくれません? どうせ、待ち合わせ相手が来るまで暇でしょ? 私も一応、あの女の友達みたいな存在のつもりなので知っといてやりたいのです」
「良いですよー」
「良いのかよ」
即答する叶向に俺は少し困惑した。もう少し、そういうことには慎重になるべきではないだろうか。
「だって、隠しても過去が無かったことになる訳でもないですし。もう、嫌なんですよ。自分の過去を隠して人と付き合うの。これでソレンヌさんに嫌われたらそれはその時です。幸い、私、今日、会ったばかりのソレンヌさんに嫌われても傷付きませんし」
「......何か知らんけど自分の意思をしっかり持ってて結構なのです。直ぐに飲み物入れてくるんでその後、聞かせて下さい」
望奈はソレンヌも言うように、『友達のような存在』であるソレンヌに自分の過去を知られることを嫌がらないだろうか。そんな考えが頭によぎる。しかし、俺に叶向を止める権利はない。
俺に出来るのは叶向が感情を爆発させないよう、気を配ることだけだ。




