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四十六挺目 憧憬


「先輩、先輩、水族館。水族館行きたいです私」


「......今から?」


「今から」


「......病院に許可取った方が良さそうだな」


「大丈夫ですよ。今日一日、先輩が付き添うなら何処行っても良いって言われてますし」


「......ああそう」


 入院中の叶向に鈴木や蜂須賀と会う約束を取り付けた日から暫く経ったある土曜日。俺は彼女を車椅子に乗せて隣町の公園を散歩していた。

 というのも、数日前、水面下で叶向と蜂須賀達を会わせる場を作るための計画を進めていた俺に対し、叶向から叶向の叔母さん経由で一つの連絡があったのだ。その連絡の内容とは


『先輩、次の土曜日、二人で遊びませんか』


というもの。

 彼女の意図は分からなかったが、兎に角、彼女のリハビリを手伝うため、と思って彼女の誘いを承諾した俺は予定通り、土曜日の今日、彼女を病院から連れ出し今に至る。


「なら、行くか。水族館。ちょっと、遠いけど」


「電車に乗ったら片道二時間もかからないって。行こ行こ」


「何かお前、最近、馴れ馴れしくない?」


「ダメ?」


「いや、別に良いけど......」


 そんなこんなで俺は彼女の車椅子を押しながら最寄り駅へと向かった。今日の彼女はツインテちゃんではなく、ロングちゃん。......まあ、髪を切っていないだけなのだろうが。ボサボサとした髪をくくらずにそのまま伸ばしている。

 更には何処ぞのぬいもちを思い出す黒いマスクを付け、茶色い地味目のキャップを被っている。遠くから見たら絶対に誰かは分からないだろう。


「私の容姿に何か問題でも」


「んや?」


「......気付かれたくないのよ、友達に」


「まあ、そんなこったろうと思ってた」


「もし、お姉ちゃんとかに会ったらサイアクだし」


「いや、俺は変装も何もしてないんだから不知火には気付かれるだろ」


「先輩、影薄いし、お姉ちゃんもそんなに先輩のこと意識してないから大丈夫だよ多分」


「おおっ!? 言うなテメエ」


「冗談」


「何だこいつ」


 思ったよりも余裕がありそうな様子の叶向に俺は苦笑する。彼女が何故、俺を遊びに誘ったのかはよく分からないが、彼女と言葉を交わせただけでも今日、来て良かったと思った。


⭐︎


「先輩って肉派ですか? 魚派ですか?」


「水族館入るなり話題それかよ。肉派だけど」


「そっかー。私、魚派。魚派とサータヴァーハナって似てますよね」


「いや分からん」


「あら冷たい」


「......話し相手に飢えてたんだな、お前」


「まぁ、そういうことです。自分が思ったより人と喋れてて安心しました。あ、先輩、マグロですよマグロ。美味しそう」


「居るよなあ、水族館の魚見て美味そうって言うやつ」


 と、ぺちゃくちゃ喋りながら叶向と俺は水族館を見て回った。特筆すべきことは何も起きなかったが、強いて言うならハシビロコウを指差して彼女が


「あ、お姉ちゃんみたいなのいる」


と、言っていたのは流石に吹きそうになった。


「ふう......一通り見て回れましたね。そろそろ、ご飯食べましょう、ご飯」


「何かやっぱり、お前、蜂須賀に似てきたな」


 俺の言葉に彼女は少し黙り、小さな溜息を吐いた。


「......梓の真似っこなのよ」


「ん?」


「私は『私』が何なのか、分からないの。今までの私の人生、殆ど、お姉ちゃんへの対抗心、嫌がらせ、当て付け......お姉ちゃんの反対ばっかをやってきただけだから。私は私が何なのか、誰なのか分からない。『友達』って呼んでた子達とも上っ面の関係でしかなかった。だから、お姉ちゃんと、親友である梓の二人が私のアイデンティティの拠り所なの」


 突然、低い声で少し自嘲気味に叶向が語り出した。


「お姉ちゃんや親を憎むことと、梓の真似っ子以外、何も出来ないのが私。......多分さ、秋也さんと仲良くし出したのもそれが理由なんだよね」


「というと」


「梓って、どんな子にも手を差し伸べるでしょう。言っちゃ悪いけど、秋也さんって周りから見てめちゃくちゃ暗いし、冴えないからさ。そんなあの人に応えてあげれば私も梓に近付けるかなって」


「拗らせてんなあ」


「今のを聞いて出てくる感想がそれ?」


「ま、お前らの拗らせエピソードなんて幾つも聞いてるからな。今更、驚かん」


「......言っとくけど、秋也さんのこと、今はそんな風に思ってないから」


「分かってるよ。本当はアイツと此処に来たかったんだろ?」


「......悪いですか、先輩に秋也さんを重ねちゃ」


「アイツと俺、言うほど似てねえだろ。後、俺はぬいもち一筋だからな」


「ふうん。じゃあ、私が付き合いましょうって言ってもなびかないんですね」


「......ちょっと迷うかも」


「おい」


「ま、また、アイツと此処へ来いよ。俺とよりももっと、楽し......ん?」


 たった今、俺たちがいる熱帯魚の展示室からクラゲの展示室へと入っていった二人の少女。後ろ姿しか見えなかったが、何となく見覚えがあった。


「どうしました?」


「......何か知り合いっぽいのが、そっちに」


「私と共通のですか」


「俺の予想通りなら」


 彼女は暫し沈黙すると、何度か深呼吸をした。


「クラゲのコーナーはまだ行ってませんでしたよね。行きましょうよ」


 と俺に言ってきた。俺は軽く了解と返事をすると、彼女の車椅子を押して二人が入っていったクラゲの展示室へと入った。

 室内を見渡すと、小さなサカサクラゲがいくつも泳いでいる水槽を見ているポニーテールとロングテールの姿があった。叶向もそれに気付いたらしく、身体を少し硬直させていた。


「......行くか?」


「もう一人、あれ誰ですか」


「分かんねえ」


「......はぁ。これも何かの因果なんでしょう。行きましょう」


 俺はその答えを聞き、彼女の車椅子をその二人組の近くまで押して行き、ポニーテールの後ろ姿に声をかけた。


「よ、アズアズ」


「ひょわぁえっ!? 誰! レイグン様!? え、あ、えっ......か、かな......ええっ!?」


 流石、蜂須賀梓。叶向の雑な変装に一切、騙されることなく即座に彼女の正体を見抜いた。


「......久しぶり、だね。えへへ」


 溜息混じりかつ、自嘲気味に叶向は返事をした。そして、ロングの少女の方もこちらを向いた。


「・・・不知火、叶向......さん」


 その少女は静かに、しかし、確実に叶向の存在を目にして驚き、彼女の名前を呼んだ。

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