四十五挺目 差し入れ
「ってことで、ツインテちゃん、改めましておはよう」
「......おはようって、ああ、まだ、9時ですか。時間感覚なくなりますねこれ」
もう、全てを諦めた様子で不快感すら表さずに対応する叶向。前回よりも自暴自棄が進行していっているようだった。
というか、前回の彼女は布団の中に篭っていたのでちゃんとその姿を見るのは久しぶりだ。
「お土産、食べるか?」
「......何」
「アイス、ラムレーズン味」
「よくそんな好み分かれそうな味チョイスしましたね。......嫌いじゃないですけど」
その言葉を聞くと、俺は保冷バックから取り出したアイスを家から持ってきたスプーンですくい、彼女の口に運んだ。
「ほい、あーん」
「ん」
叶向は一切、文句を言わずにそのスプーンからアイスを口に入れた。
「美味いか」
「ええまあ......あっ」
「どした」
「いえ、その、習慣になっていたので忘れてましたけど、今の......」
「あーん、だったな」
「......既に聞いてたんですか」
「というと?」
「いえ、その、腕のこと......」
「いや、何も? 俺は単に左手、包帯グルグル巻きだから不自由なのかなと」
「あっ......そういえば、包帯巻かれてたんでしたね。身体の一部みたいになってて、忘れてました」
「こんなこと聞いて良いのか分からないし、嫌だったら全然、嫌って言ってくれて良いが......どうだ? 事故の怪我は」
左腕に包帯を巻き、左目に眼帯を付けている彼女に対して俺は恐る恐るそう聞いた。
「左目失明、後、単麻痺って言ってましたっけ、左腕と左足がほぼ動かなくなりました」
叶向は妙にあっけらかんとした様子でそう話すと、軽く笑った。
「......そうか」
「いや、そんな顔しないでよ。余計、惨めになるから。あ、いや、もう惨めとかどうでも良いんだけどね。アイスもっと、下さい」
「あ、ああ......」
叶向の催促を受け、俺は再びスプーンでアイスをすくって叶向の口に運ぶ。そんなことを繰り返しながらも会話は進んだ。
「んぐんぐ......美味しい。あ、そういえば、お姉ちゃん、元気?」
「......いんや」
「ですよね。そもそも、私が死のうとした理由、お姉ちゃんにトラウマを植え付ける為ですし。私を放って幸せになるなんて、お姉ちゃんには出来ないって、私、よく知ってます」
そう語る叶向には無表情で、何を考えているのかよく分からない不気味さがあった。自暴自棄でも、諦観でも、ましてや絶望でもない、完全な無感情、無感動に陥っているように見える。
「......蜂須賀も、鈴木も、お前の顔を見たがってる。一度で良いからアイツらと会ってやってくれないか」
「そこでお姉ちゃんの名前は出さないんですね」
「......流石にハードル高いかなという俺なりの配慮。それとも、先に望奈と会うことを要求した後にハードル下げた方が良かったか? ドアインザフェイス的な理論に則って」
「......よく、分かんないの。生きることにも、死ぬことにも意味を見出せない。もう、全部、どうでも良いって思ってる。なのに、やっぱり、皆と会うのは怖いんです。......しんどい」
彼女は自由に動く右手で俺の手からスプーンを奪い取り、俺が持っているアイスのケースからアイスを掬い始めた。
「うぉっ!?」
俺は慌ててケースを強く握って固定する。
「霊群先輩、スマホ貸して」
「ん? ああ......」
「パス教えて」
「8823」
「何の語呂合わせ?」
「はやぶさ、特に意味はない」
「あそ」
少し不用心過ぎただろうか、と思いつつもまあ叶向なら大丈夫だろうという結論に至り、彼女が俺のスマホで一体、何をする気なのかを観察する。
彼女は器用に右手だけでスマホの固定とタッチをこなし、動画投稿アプリ内で検索をかけた。
「フォ姫の歌、最近、聴いてなかったから」
「昔の新聞の略し方みたいだな。マ元帥、みたいな」
叶向は迷うことなく、フォ姫のオリジナルソングの中の一つであり、『デルカッセ』名義で活躍している歌い手さんとのコラボ曲を流し始めた。
どうやら、その曲が彼女のお気に入りらしい。
「やっぱり、姫の曲は良いですね......全てが白黒に見える中で唯一、色付いて見えます。デルカッセちゃんも可愛いです......うへへ」
「お前、何か蜂須賀に似てきたな」
「......あのさ、先輩」
「あ、はい、何でしょう」
「私、自分で歩けないんですよ。左手も動かせないし、左目の視力も失ってる」
「......うん」
「お友達の先輩から考えて、秋也さんはこんな私のことを好きでいてくれますかね」
「お前の性格が割と破綻してることを知ってもお前の側に居てくれたアイツだぞ。んなことで、嫌いになる訳ねえだろ」
「結構、酷いこと言いますね。......うん、でも、そう。秋也さんはきっと、心配してくれるし、憐んでくれるんですよね。それを想像すると、自分が惨めで仕方なくなるので、やっぱり、秋也さんや梓には会いたくないかな」
そんなことを言っている間にアイスを完食してしまった彼女はスプーンを俺の持っているアイスのケースに入れた。
「因みに今、ツインテちゃんが食べたそのアイス、鈴木のプレゼントな」
「......っ!?」
今の今まで何処か達観した様子で顔を少し曇らせながらも無表情だった叶向の顔。その顔が急に強張った。
「お、良いな。今日一、感情に溢れた顔じゃないか? まあ、プレゼントといっても君の好きなアイスの味を聞いておいた上でそのアイスをアイツに奢らせただけなんだが。実質、プレゼント、だろ?」
高速で思考を駆け巡らせているであろう叶向を見て、少し笑ってしまった。
「......はあ。もう何でも良いです。私、介護してくれる方が居れば外出許可降りるみたいなので、日程とか決まったら迎えに来て下さい。当然、先輩が介護して下さいよ」
「へいへい、最終的には鈴木にバトンパスするからな」
「......嫌だなあ、それ」




