四十四挺目 音
毎日、震えが止まらなかった。それは身体の痛みからなのか、あるいは別なところに原因があるのか。自分でも分からなかった。
ただ、漠然とした悪感情だけが心にベッタリと張り付いていた。
「......死ねなかった死ねなかった死ねなかった死ねなかった死ねなかった」
強迫観念のように頭の中で繰り返されていた言葉を、気付けば声に出していた。鈍器で殴られたような痛みが胸の奥にじんわりと広がる。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
「あっ、ああっ......ああああああっ!」
なりふり構わず叫んでいると、不意に誰かに背中を触られたような気がして、被っていた布団から顔を出す。しかし、誰も居ない。ただ、静かな病室の変わり映えしない風景が......。
ああ、病室......そういえば、私、入院してたんだった。
ときたま、自分の世界に入ってしまい、記憶が消える時がある。誰かに背中を触られたような嫌な感触が背中に残っている。室温は快適だというのに、服は汗で酷く濡れていた。
不意に自分の背中に指を這わすと、大量の汗が背中を伝っているのが分かった。
「うっ......」
その異様な量の汗が何だかとても気持ち悪くて吐き気を催す。
次の瞬間、背中を大量の虫が這っているような感覚に陥り、濡れた背中を私は半狂乱で掻きむしった。怖い怖い怖い怖い怖い。
「やっ、いやっ! ひっ......」
誰の声か分からない声、男の声や女の声が無数に頭の中で響く。......ああ、違う。これ、皆の声だ。そう、皆の......。
「叶向! 叶向大丈夫!? 叶向!」
そんな沢山の声の中で一際大きな声が私を呼ぶ。私のすぐ近くからその声は聞こえる。女の声。低い女の......。
「......あ、おばさん......」
気がつくと、私のベッドの横には私を心配そうに見つめる叔母の姿があった。彼女は両親が居なくなった私達を引き取ってくれた、私達の保護者、本当の父親の姉、私の叔母にあたる存在だ。
「叶向、大丈夫? 叫びながら身体中掻きむしってたわよ?」
「......あ、ああ、夢か」
はたして何処から何処までが夢なのだろうと首を傾げながら汗で濡れた服に手を這わす。
「お医者さんに聞いたんだけどね? 叶向、夜も叫んだりしてるみたいじゃない? お医者さんは心の病気にかかってるかもって......一度、専門のお医者さんに見てもらわないかしら?」
「......好きにしてくれて、良いですよ」
「そう......」
「私の、身体は、どうなんですか」
「......お医者さんはそれ以上、状態が悪化することはないって」
『それ以上』、『それ以上』か。もう全て諦めた筈なのに、少し安堵してしまう自分と、改めて自分の現状を突きつけられたことで体を震わせる自分が同時に居た。
「そう、ですか。......分かりました、本当にありがとう、ございます、全部......私達のために、色々して頂いて」
「良いのよ。私、夫も子供もいないからあなた達が子供のようなものなの。それに、あなた達は兄さんの忘形見だしね」
情けない。本当に生きてて情けない。
「......これから私、どうなるんでしょうか」
「そうねえ。色々、お医者さんと話さないといけないことはあるけれど、身体自体はもうサポートさえあれば外を歩けるくらいに回復してるみたいよ? 散歩とかしたかったら言ってね。お医者さんも私が付き添うならちょっとくらい、外出しても良いって言ってるし」
「......はい、ありがとう、ございます」
「あっ、後、一つ言うの忘れてた」
「......何ですか」
「あなたのお友達、お見舞いに来たいって言ってる子がいるんだけど、良いかしら?」
「......良くないです。前、言いましたよね。見舞いは要らないって」
「そうねえ。でも、どうしてもって言われちゃって......」
「そもそも、誰なんですか、そのお友達って」
「......タマムラ君、って名乗ってたと思うわ。男の子よ」
「あー......まあ、良いですよ、その人なら」
というより、あの人のことだから私が断ったとしても前みたいに部屋まで侵入してくる気がする。それが見つかって騒動でも起こされたら迷惑だ。
「あら、そう? なら、タマムラ君、入っていいって」
叔母さんは不意に病室の扉の方にそう呼びかけた。
「は?」
「ツインテちゃん、おひさ。つっても、この前、会ったばかりか」
部屋に当たり前のように入ってきたのは今し方、面会を許可した霊群蒼、その人だった。不覚にもその声を聞くと少し安心してしまう。
「......おばさん、どういうことですか」
「いやね、この子、望奈に番号を聞いたらしくて私に直接、電話をかけて来たのよ。叶向に合わせてくれないか、って。だから、今日は叶向への見舞いもかねて連れてきちゃった」
「連れてこられちゃった」
「......はあ。そう、ですか」
「望奈から私の電話番号を聞き出す、なんて凄く難しいミッションをクリアした子なんですもの。信用出来るな、と思ってね。あ、私はそろそろ行くわね。後はお二人でごゆっくりー!」
「......え」
「あ、ありがとうございました、不知火さん。......何かややこしいな」
こうして、叔母が去っていった結果、病室には私と霊群蒼の二人だけが居るのみになってしまったのだった。




