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四十二挺目 潜入


「意外と遠いな岬川......」


 隣町にあるとは聞いていたが、いざ足を運んでみるとそれなりの距離があった幻中玲奈が在籍している学校、岬川高校。その校門前で俺は呟いた。

 今日は俺達の高校、雲雀川の文芸部の部員が岬川の文芸部を訪れる日......というのは建前で、実際は不知火姉妹や蜂須賀の因縁の相手、幻中玲奈という少女に俺が接触を図る日である。

 恐らく、この高校の教師陣にも他校の部員が来ることは伝わっているはずなので遠慮なく校門を抜けて来客用玄関から堂々と校舎に入った。しかし、此処であることに俺は気付く。


「......あ、幻中玲奈の基本情報聞いてくるの忘れた」


 容姿、クラス、出席番号、部活、全て聞くのを忘れてしまった。霊群さん痛恨のミス。仕方ない。切り替えよう。こういう時は人に聞くのが鉄板である。


「おーい、其処の少年、ちょっとお話、良いかな?」


 俺は幻中の容姿を教えてくれと蜂須賀にスマホで聞いておきつつ、適当に目の前を通りかかった岬川生の少年に声を掛けた。


「あはい......不法侵入者?」


 彼は俺の姿を下から上まで確認すると、首を傾げながらそう言った。


「ちがわい。俺イズ雲雀川ハイスクールスチューデント。今日はこの学校の文芸部にお邪魔しに来たの。文芸部の部室どこか教えて」


「いや、なら、制服着てきて下さいよ......。てか、雲雀川って言うと......あー、はいはい。了解です。案内しますね」


「お、何々、雲雀川知ってんの?」


「まあ、隣町ですし。行ったことはないですけど、知り合いが通ってるので」


「成る程」


「ま、じゃあ、ついてきて下さい。文芸部の部室こっちです」


「はーい......」


 あ、不味い。話の流れ的に幻中玲奈についての話題を出せなくなった。文芸部に来たって言ってる奴が急に幻中玲奈の名前出したらアレだしなあ。


「のうのう、少年よ。キミ、何年生?」


 仕方がないので世間話でもしてみる。万が一にも幻中に近付ける話題が出るかもしれない。


「二年です」


「あ、俺、三年」


「さいですか」


「うん。......この学校、楽しい?」


「ギリ怠さと嫌いさが勝ってます」


「成る程。好きなところは?」


「仲良い奴が居るところですかね」


「そりゃいいことだ」


 ヤバい、話が膨らまない。既に俺達は文芸部の部室があるという三階にまで来てしまっていた。時間がない。文芸部の部室には既に部員が集まっているだろう。校舎の中を迷っていたことにして、幻中について嗅ぎ回る大作戦がオジャンである。

 おい待て。俺のやってること、ほぼストーカーじゃないか。まあ、俺、ぬいもちの名前を知りたいがために校内、ウロチョロしてた奴だし。良いか。


「此処ですよ、文芸部の部室」


 なんて色々考えていると、少年は立ち止まってそう言ってきた。早すぎたタイムリミットに慄きつつ、彼が指差す教室を見る。すると、中は暗く、どうもまだ活動は始まっていないようだった。


「まだやってなさそうなんだが」


「掃除ですかね」


「今、HRからどれくらい経ってる?」


「三十分ですかね」


「おかしくね?」


「......部室間違えちゃったかもですね。アレー? 実は俺、学校の構造覚えてなくてですね。いやほら、この学校広いし? 言ってなかったけど俺転校生なんですよ。だからその、アレですその......」


「・・・こんにちは」


 少年が言い訳がましいことを呟いていると、俺達の前に一人の少女が現れた。儚げで、とても優しそうな可愛く、美しい少女だった。そのレベルの高さはあのぬいもちにも匹敵......いや、ぬいもち程の凶悪さが感じられない分、上かもしれない。

 あ、でも、好きな子補正でぬいが上。


「あ、どうもこんにちは。お邪魔してます」


 俺はペコリと少女に挨拶をした。


「待って下さい先輩、明らかに俺への対応と彼女への対応に差があるように感じるんですが」


「相対しただけで背筋がピンとなる様な人って居るんだよ、少年」


「......解せないですね。あ、文芸部の部室の場所分かる?」


 少年は少女にそう聞くが、彼女は首を横に振った。


「・・・申し訳ありません」


「そうかー。んじゃあ、俺ちょっと、ひとっ走りして先生に聞いてくるんで彼女と其処で待ってて下さい」


 と言って、俺に返事をする暇も与えずに階段の方へ駆けていく少年。


「おー、ありがとなー! 後、廊下はあんまり走るなよー!」


 聞こえていたかは分からないが、彼の後ろ姿に俺はそう叫んだ。


「・・・・」


「・・・・」


 そして、沈黙が訪れる。先程、彼が文芸部の部室と間違った教室の扉を見ると、『図書室』という札が貼ってあった。どうやら、『文芸部=図書室』という思考で俺を此処に案内したらしい。


「そういえば、俺さ、この学校に文芸部以外に知ってる奴がいてさ」


 俺は徐に彼女に話しかける。


「・・・お友達、ですか?」


「んー、いや、友達じゃないな。因縁の相手というか、仇というか、何というか。別にソイツに怒ってたりする訳では全然、ないんだけどさ」


「・・・はあ」


 何を言いたいのかよく分からない、とばかりに彼女は首を傾げてそんな声を漏らした。やはり、美少女。THE 美少女である。相手が毒舌だったり、アホの子だったりすれば美少女だろうと、美少年だろうどガンガン話しかけられる俺だが、こんな何の非の打ちどころもなさそうな女の子を前にすると流石に緊張してしまう。


「アイツ、今、何やってるんだろうなあ......」


「・・・申し訳ありませんが、私、かなり交友関係が狭いので、多分、お教え出来ないかと」


「あ、いや、ごめん。大丈夫です。お気になさらず」


「・・・そうですか」


「うん。あ......」


 ポケットの中でマナーモードにしていたスマホが振動した。


「・・・何か?」


「ごめん、ちょっと連絡きた」


 連絡の送り主は蜂須賀。今日、俺がこの学校に来た理由を作った少女である。先程、聞いておいた幻中玲奈の容姿についての文章を彼女が送ってくれたのだ。


『兎に角、可愛い子。めっちゃ可愛い。声も可愛い。全部、可愛い』


「分かるかあっ!?」


 思わず、声を漏らしてしまった。


「・・・えっと」


「ああ、すみません。連絡の送り主にキレただけでして......これ見て下さい。例の因縁の相手の容姿を友達に聞いてるんですけど、これで分かるわけないでしょ」


「・・・因縁の相手の顔、知らなかったんですか。......あ」


「ん?」


「いえ、何でもありません。もう少しで上里君が戻ってくると思いますので、私はこれで......」


「あ、はい。さようなら」


 あの少年のものであろう名前を口にして、彼女は俺の前から去って行った。そして、それとほぼ同時、彼女と入れ替わる形で少年......恐らく、上里君が帰ってきた。


「お待たせしました。分かりましたよ、文芸部。2階の地学教室らしいです。アレ、アイツは?」


「や、急用でも思い出したのか、急にそそくさと帰っていったけど」


「そうですか......ま、良いか。ついてきて下さい」


「オケケ。上里君、で良いのか?」


「ああ、はい。上里祐也(かみさとゆうや)と申します。アイツから聞いたんですか?」


「うん。あ、俺、霊群蒼。幽霊の霊に群で霊群」


「......何か慣れてきたな、難しい苗字」


 と、彼はポツリと呟いた。


「お? 上里ニキも珍しい苗字の知り合いが居る仲間? 俺の知り合いは不知火とか、漢数字の五六でフノボリとか居るぞ」


「コッチは蜂須賀とか......」


「待て。そんな変な苗字の奴がこの近辺に二人も居て良いはずがない」


「......あ、そういや、霊群先輩、雲雀川って」


 俺と上里祐也の頭の中で点と点が繋がった瞬間であった。恐らく、俺と上里祐也の頭の中に浮かんでいる『蜂須賀』は同一人物。明るくて、お人好しの電波娘の筈だ。


「蜂須賀といえば、梓たんだよな」


「おー、何という奇跡。......つっても、あの人、誰にでも懐きそうな感じだし、交友関係広そうだからそこまで驚くことでもないか」


「カミカミ君と梓たんとの関係は?」


「あ、あだ名。俺も付けるの好きですよ。霊群先輩は差し詰め、タマタ......」


「小学校時代に耳が腐るほどされたイジリやめろ」


「......いや、そういうつもりじゃなかったんですけど。俺と蜂須賀の関係、か。知り合いの知り合い、って感じですかね」


「ほう。その知り合いって言うのは? この高校の奴か?」


「まあ、はい。さっきの女の子ですよ。幻中玲奈。あ、彼女も苗字が難し......霊群先輩?」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ! ウッソだろオイ! やっちまったあっ!」


 まさか、目的の人物があんなに近くに居たとは。いや、確かに可愛かったけれども。もっと、容姿を教えてくれていたら直ぐに捕まえられたんだぞ蜂須賀梓。お前の責任だ。

 というか、幻中玲奈が俺の前からそそくさ去っていったのって俺が蜂須賀とのやり取りを見せたことで、俺が『関係者』であることに彼女が気付いたからなんじゃないか。不味い。マジでやっちまった。


「カミカミ!」


「えあ、はい」


「幻中さんに会いたい! 連絡取れないか!?」


「は、はあ......!? 何言って......文芸部はどうするんですか」


「んなもんどうでも良いから! あ、別に俺、怪しいものじゃねえからな!? 単にその......そう、蜂須賀談義をしてみたいなって!」


「......いや、怪しさ満点なんですが。彼女、凄く繊細なので霊群先輩みたいに何するか分からない人と会わせる訳にはですね」


「分かった。カミカミ君よ、俺と連絡先を交換してくれ。それで今日は退いてやろう」


 少し冷静さを取り戻した俺は彼にそう頼んだ。何も今日、いきなり幻中玲奈に会う必要はない。幻中の知り合いとのパイプを手に入れるだけでも大きな収穫なのだ。


「何で偉そうなんですか......まあ、分かりましたよ。連絡先くらいなら、どうぞ」


 これはぬいもちからお叱りを受ける奴だな......。

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