四十挺目 たかさご会議
「不知火叶向、不知火叶向、不知火叶向、不知火叶向......」
「ぬいたん、そろそろ行くぞ」
「黙れ、私に指図するなクズ虫」
「ねえ、俺何かした!?」
蜂須賀に泣きつかれたあの日から数日。俺は不知火の家の扉を開けて彼女が早く出てくるよう催促していた。
「ちょっと待って。不知火叶向、不知火叶向、不知火叶向、不知火叶向......ん。行きましょう」
そう言って既に着替えも外出の準備も終えていた彼女は靴を履いて外へと出てきた。
「何してたんだ? 今の」
「......忘れないように、毎朝、あの子の名前を呼んでるのよ。50回」
「多いな。忘れないようにって?」
「そのままの意味。分からない? 私は『あの女』みたいに自分勝手な忘却や記憶改変はしないって言ってるのよ」
「まもちゃんのことか」
無論、幻中玲奈のことである。
「キッショ。何その呼び方。顔も声も知らない女によく渾名付けられるわね」
「だから、これから会いに行こうって話だよ」
「何処に『だから』がかかっているのか分からないけど」
なんて、会話をしながら俺達が向かったのは、あの『遊園地作戦』を企画した場所、喫茶店『たかさご』だ。
「Bonjour! お好きなお席にドウ、あー何だお前らですか」
店に入るなり、金髪碧眼の少女が俺達にそんなことを言ってきた。前半と後半の落差が凄い。
「ソレンヌネキ、そんなこと言ってて良いのか? 本性が皆にバレるぞ」
「今のところ、客、知り合いしかいねえから良いんですよ。......ほら、あっち」
パツキンフランスガールのソレンヌが指差した先にはこれまた別のパツキンガールと、それとは対照的に日本人然とした黒髪の少年が席について紅茶を飲んでいた。
「よーっす、五十六番とアーデルネキ。今日はウチのグサデレラを連れてきたぞ」
「死ね」
「人前でシンプルな暴言やめようかぬいたん。......三人って一応、面識あるよな?」
頷く金髪の少女と少年に対して、不知火は首を振った。何でだよ。
「会ったことがある気はするのだけど......悪いわね、覚えていないわ。コレの部活仲間なのは分かるけど......自己紹介、お願い出来るかしら。あ、私は不知火望奈」
俺はそんな様子の不知火を見て軽く二人に頭を下げた。不知火が興味のない人間のことを直ぐに忘れるタイプなのは何と無く知っていたが、流石に二人に申し訳ない。
「は、はい。二年の五六渓です。漢数字の五と六に渓谷の渓で、五六渓。霊群の入ってる部活、文芸部の部長とこの店のバイトしてます。......あ、俺、二年ですけどタメ口で話してくれって言われてるので霊群にはタメ口で話してます」
少し緊張した様子で不知火に自己紹介をする五六。......彼の愛称は先程、俺が呼んでいたように『五十六番』。理由は名付けの親の蜂須賀曰く、『五六』という苗字が何と無く、コードネームっぽいかららしい。
「Guten Tag. 一年のAdelheid・Vogelです。日本語的な発音で言うと、アーデルハイド・フォーゲル。タマムラとケイの後輩で、同じく文芸部の部員をしています」
「......五六渓と、アーデルハイド・フォーゲルね。アーデルハイド、貴方はアレと同じ経緯で日本に?」
と、不知火が指差したのは客が入ってこないため暇そうにレジ番をやっているソレンヌ・アフリアである。
「だーれが『アレ』ですか。ハイジ......アーデルハイドの短縮系で愛称ね、ソイツはドイツ人です。私はフランス人。しかも、ハイジがドイツからウチに転校してきたのはつい最近ですけど、私は小学校の頃から日本に居ますから。何もかもが違うのです」
どうやら、不知火の言葉は暇つぶしに聞き耳を立てていたソレンヌの耳に拾われたらしく、ソレンヌはそんな指摘を不知火にした。
「......私達の学校、日本語を流暢に話せる金髪の外国人が二人も居たのね。特に貴方、日本に来たばかりなんでしょう? 凄いわね」
「Danke. 元々、日本のアニメや漫画が好きだったし、父も仕事の関係で日本語を話せたからね。ドイツに居た時から勉強していたのよ」
恐らく、外国人である彼女にとって常時敬語を話すことは大変だからなのだろうが、アーデルネキはナチュラルに不知火に対して敬語からタメ口に切り替えていた。
「待って、ぬいたん。人見知りで人間嫌い且つ毒舌のお前が、何でほぼ初対面のアーデルネキのこと褒めてるんだよ」
「何を勘違いしているのか知らないけど、私、褒めるに値する人間は褒めるから。愚かで浅ましい人間は蔑むけど」
「話には聞いていたけれど、やっぱり、不知火先輩、タマムラにキツいわね......」
「愚かで浅ましい人間だからだろ」
「あー、あー! もう! 皆して俺を虐めないでくれ! 本題入るぞ! 五十六番、お前を此処に呼んだ理由は一つ! 岬川の文芸部との交流イベントを開催してくれ」
因みに俺が呼び出したのは五六だけだ。アーデルネキの方は単に五六と仲が良いから付いてきた感じなのだろう。
「それは......別にええけど、何故に? 不知火先輩が関係してるのか?」
「まあ、そんな感じ? 岬川高校の生徒に一人、会いたい奴が居てさ。......あ、ソレンヌネキ、今日は無料なんだよな? 紅茶とおすすめのケーキを俺と不知火にくれ」
俺はレジ番をしているソレンヌの方を向いて注文をした。
「あー、そんな約束もしてましたね。後、私が無料で飲み食いして良いって言ったのは不知火だけですからね。テメエはきちんと払うもん払えなのです」
「えー、ケチー」
「おい待て。ソ連、何勝手に無料とかしてんだよ」
五六が俺とソレンヌの会話に素早く反応してそう言った。ソ連というのは五六だけが用いているソレンヌの愛称である。結構、センスあると思う。
「うっせえ。この店で一番、偉いのは誰か答えてみろなのです」
「店長、もとい、マスター」
ごもっとも。
「違う。私なのです。私が媚び売って客寄せしなけりゃ、こんな店は直ぐに立ち行かなくなるのです」
「はあ......まあ、経理やってるのもお前だし良いか。バイトの俺の知ったことじゃねえし。で? 霊群は岬川の生徒に会いたいんだったか。それってつまり、俺達が向こうの学校に行くことになるんだよな?」
「そうそう。良いだろ?」
「まあ、良いけど......」
「岬川の子達はしょっちゅう、私達の部活に遊びに来てるし、特に問題も無さそうよね。モチナ、貴方も来るの?」
「え、あ......いや、私は文芸部じゃないし、別に良い。コレだけ行かせて」
少し困惑しながらそう答える不知火。初対面のアーデルネキにタメ口を使われるだけでなく、『モチナ』と呼び捨てされたことに動揺しているのだろう。不知火、結構、コミュ症だからな。
でも、満更でも無さそうだ。
「じゃあ、普通に雲雀川高校の文芸部が岬川の文芸部にお邪魔する感じか。よし、連絡しとくよ」
「んー、ナイス五十六番! 俺、この後、用事あるから後は頼んだ!」




