三十九挺目 慟哭
「てことで、ほい、お土産」
静岡から帰宅した当日、俺は土産の茶葉を蜂須賀に渡した。
「......ありがとうございます。あの、家、上がって行きません? 少し、話したいことがあります」
そう言われ、久しぶりに蜂須賀の家に足を踏み入れた俺。相変わらず広く、清潔な彼女の家に驚きつつ、ダイニングの椅子に座った。
「......どうぞ、クッキーと紅茶です」
そう言って二人分の紅茶の入ったマグカップと少し雑めに盛られたクッキーをテーブルに置き、彼女は溜息を吐きながら椅子に座った。
「妙にテンション低いな」
「......まあ、ね。レイグン様もあるでしょ。気分が乗らない時くらい」
「確かに俺もこの前、お前と似たようなことあったな。あの時はフォスの配信で立ち直ったが」
「......フォス姫、無期限休止しちゃったからもうその手は使えないんですよ」
「アーカイブ見るなり、普通の動画観るなりあるだろ」
「......まあ、そうですけど」
「なんかマジでうぜえな今日のお前!?」
優しく、面白く、いつもカラッとしている完璧少女梓たんは何処へ行ってしまったのだろう。今日の彼女は不知火と同レベルに面倒臭い感じがする。
「ねえ、レイグン......霊群さん」
「何だよその呼び方」
「......今日は繊細な梓たんなので、その、ぬい先輩を扱うかのように、じゃないですけど......ちょっと、優し目に接して貰えると、嬉しい......かも。なんてね」
『えへへ。言ってみただけ。言ってみただけですよ』と言う蜂須賀の顔には今にも崩れてしまいそうな、引き立った笑顔が浮かんでいた。
「梓たん」
「何や」
「意外と可愛いなお前」
「意外とって何やねん意外とって。ワイのこと何やと思っとんねん」
「ヤベエ女」
「......うにゅにゅ」
ズズッと俺は彼女に淹れてもらった紅茶を啜り、クッキーを一つ口に入れた。バターの香りが効いていて美味しい。
俺が二つ目のクッキーに手を伸ばしたとき、突如、蜂須賀は口を開いた。
「......玲奈ちゃんと、再会したの」
視線を俺から逸らし、オドオドとした様子の蜂須賀からは『言ってしまった』、そんな思考が読み取れる。
「幻中玲奈、か。かつての親友、なんだろ?」
俺の言葉に蜂須賀は体を震わせながら力いっぱいに首を振る。
「違う。玲奈ちゃんは......今でも親友」
「そう、か」
蜂須賀は幻中玲奈を虐めっ子から庇ったことが原因で虐めの標的とされた。それに心を痛めた幻中玲奈は不知火望奈を使い、蜂須賀を救おうとし、不知火は蜂須賀を利用して蜂須賀を叶向諸共、地獄に突き落とした。
何度聞いても、彼女らの過去はあまりに悲惨である。
「何か、話したのか? 幻中玲奈と」
俺の問いに彼女は首を振る。
「......向こうは私に気付いてなかったから。他人として偶々、鉢合わせただけ」
「成る程。それがどうしたんだ」
「ほら、えっと、玲奈ちゃんって途中で転校しちゃったからさ。もう二度と会えないと思ってて......だから、その、軽く彼女について詮索をですね......」
「詮索って?」
「玲奈ちゃんの知り合いっぽいのに目を付けて、今の玲奈ちゃんについて色々聞き出したりしてたの。玲奈ちゃんの学校を割り出して、家を特定しようと試みたりさ」
「つまり、ストーカーしてたってことな」
「......ぐにゅ、まあ、そうなんですけど。それで、分かったことがありまして」
「もしかして、お前のこと覚えてなかったり?」
蜂須賀は目を見開き、首を傾げた。
「......当たらずとも遠からず。何で?」
「幻中玲奈、不知火のことを覚えてなかったらしいから」
「ぬい先輩も再会してたんだ。......やっぱり、そうだよね。ぬい先輩のことを覚えている筈は無いよね」
どうも話が見えない。
「すまん、結論を頼む」
「ああ、ごめんなさい。回りくどかったですね。......玲奈ちゃんの私に関する記憶の大部分が書き変わっていたんですよ」
「と、いうと?」
「うん。えっとね、私が玲奈ちゃんと友達になって、私が虐められていた玲奈ちゃんを庇ったところまでの記憶はしっかりあるみたいなんだけど......玲奈ちゃんの中ではその後、『虐めが飛び火するのを嫌った私が玲奈ちゃんを見捨てた』ことになっていたんですよね」
「......は?」
「だから、ぬい先輩に叶向ちゃんを陥れるようけしかけた辺りの記憶も無いんだと思います。......私は裏切り者、ってことにされてたから」
俺の想像を遥かに上回る記憶改変だった。しかし、そう考えたくなるのも分かる。幻中玲奈という少女は不知火を利用し、叶向を巻き込んでまで助けようとした親友の蜂須賀を自らの手で更なる虐めの地獄に突き落としてしまったのだ。
おかしくなってしまっても仕方がない。いや、おかしくならない方がおかしい。彼女の頭は精神が崩壊してしまうことを防ぐため、記憶を改変したのだろう。
しかし、同時にそれは蜂須賀にとってはあまりに残酷な事実だ。彼女は身を挺して、幻中を虐めから庇い続け、幻中の指示で動いた不知火に濡れ衣を着せられても尚、幻中を親友として認めているのだから。
「......そか」
「別に怒ってる訳ではないんです。......そりゃ、確かに叶向を巻き込もうとしたのは駄目だと思うけど、全部、全部悪いのは玲奈ちゃんを虐めてた奴らだから......でも」
息を荒くし、顔を赤くしながら訴えるように彼女は話を続ける。
「......玲奈ちゃんに裏切り者だと思われてたのが単純に悲しいというか......別に玲奈ちゃんや、誰かを責めてる訳じゃないんですけど......私の人生、いっつもこんなんだなって思って......梓は人の為に、優しく、皆で笑う為に、元気に......って、っぐ。生きてきたのにぃ......」
喘ぐように、叫ぶように涙を何滴も零しながら蜂須賀はそう言った。
「ねえ、何で......!? 何で梓、いつもこんななの......? 何で梓ばっかり......っぐ、いや......ごめん。違う。違うの。そういうんじゃない......別に梓は文句とかそういうことを言いたいんじゃないの......ただ、ただぁ......梓はぁっ......梓も......泣きたいよぉ......ねえ、叶向は......何で叶向はあんなことに......」
手で拭っても拭っても拭い切れない量の涙を流しながら、息を切らす蜂須賀。
俺は気付くと、彼女を抱きしめていた。
「泣きたいだけ泣け。......お前一人だけが損な役割をする必要は無い。俺も一緒に背負うから。......お前は優し過ぎるんだよ。もっと怒れ。怒って良い。不知火に『復讐に自分を巻き込むな』って、幻中に『勝手に裏切り者扱いするな』って、叶向に『勝手に居なくなるな』って。キレて良いんだよ」
「ぅあ、うぁ......うあぁぁん......馬鹿あっ! 皆、馬鹿ぁっ! 何で仲良く出来ないのお......私は皆が笑ってる姿が見たいのに......皆に傷付いて欲しくない......うぅん......ホントは梓も傷付きたくない......」
ヒックヒックと痙攣しながら覚束ない滑舌でそう叫ぶ蜂須賀の背中を俺はトントンと一定のリズムで叩く。彼女の体温は少し低めで、体は驚くほどに小さく、骨も細い。
こんな小さな少女に一体、今までどれだけの人間が我慢を強い、どれだけの人間が救われてきたのか、そう考えると頭がクラクラとした。
「『皆が笑ってる姿が見たい』、『皆に傷付いて欲しくない』、『梓も傷付きたくない』......達成の確約は出来ないが、お前が背負ってるその理想、俺も背負うから。頼むから、無理はしないでくれ。俺は皆の為に理想を抱え込んで無理してるお前より、いつもの頭の可笑しい電波娘のお前の方が好きだよ」
「......うぅぅ。先輩......」
「おーよしよし。......後、参考程度に聞きたいんだが、幻中って今何処の高校?」
「......隣町の、岬川高校」
「岬川、か」
あの高校の文芸部とうちの文芸部は最早、姉妹部といってもいいくらいに仲が良い。行くことはかなり容易だろう。
「ねえ、レイグン様」
「何だよ」
「そろそろ、抱き締めるのやめて下さい。割と本気で梓が霊群ルートに入ります」
「・・・・」
「無視やめて?」
「じゃあ、レイグン様は大事なお役目があるから。またな」
「ん、あ、う、んー......またねー」




