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三十八挺目 小さな違和感


「朝カレーうめ〜」


「・・・・」


「ぬいたん、ジュース取ってこよか?」


「・・・・」


「ぬいたん〜?」


 翌朝、俺達はビジネスホテル特有のさほど美味くはないが不味くもない朝食バイキングを堪能していたのだが、先程から不知火がスマホに夢中で俺に構ってくれない。


「......やかましい」


「ごめんなさい。で、さっきから何見てんの?」


「......これ」


 そう言って彼女は躊躇することなく、スマホの画面を俺に見せてきた。


「『日本弁護士連合会』......? なにこれ。ぬいぬい、弁護士になるのか」


「違う。このサイトで日本に存在する全ての弁護士が見つかる筈なんだけど、母の名前が見つからないのよ」


「あー、ぬいもちのお母さん、弁護士なんだっけか」


「ええ。私達を捨てて出て行ったあの女がどうやって生きているのか知りたくて調べていたのだけど」


「弁護士資格取り消されたとか」


「......まあ、それが一番、あり得そうね」


 ホテルのオーブントースターで炙った、酸味が強く、パサパサしているクロワッサンを不知火は齧る。


「そんで今日は何処に行くんだ? 熱海温泉?」


「......直ぐに分かる。お前は馬鹿みたいに口開けながら私に付いてきなさい」


「女王過ぎない」


「嫌なら帰りなさい。帰りの電車代は渡すから」


「そんな冷たいこと言わないで」


「面倒臭いわね。死ねば良いのに」


「キッツ」


⭐︎


 ホテルをチェックアウトした俺達は一旦、駅前まで戻り、それからバスに乗った。俺達を乗せたバスはかなり激しく揺れながら都市から遠ざかり、山の方へと向かっていく。


「不知火」


「つまらない雑談なら付き合わないわよ」


「......不知火って何カップ?」


「出来るだけのたうち回って死ね」


「いつも不知火に罵倒されまくってるから少しくらいセクハラしてもバチは当たらないだろうという結論に至った」


「お前のアカウントブロックするから。ファンクラブも強制退会させておくわね。じゃあね、セクハラ屑肉君」


「的確に俺の弱点抉ろうとするのやめて?」


「......お前といると疲れるわ。本当に気持ち悪い」


「......不知火様、俺は普段、殴られたり罵倒されているのに理不尽過ぎではないでしょうか。胸触るくらい許してくれても良いと思います」


「理不尽と思うなら今後、私に関わらなければ良いだけの話よ。私もお前のこと、正直、鬱陶しいと思ってるし」


「......めっちゃグサって来た」


「あっそ」


 この娘、こんなに辛辣だったっけ、と思うくらいには罵倒にキレが戻っている。これでこそ不知火だ。


「この前、幻中玲奈と再会したわ」


「誰だっけそれ」


 『鳥レベルの脳しか持ち合わせていないお前に思い出させるのは酷だったかしら』と、彼女は溜息を吐く。


「中学のとき、私に叶向を陥れる方法を提案してきた女よ。叶向を中心に形成されていた学校内秩序を破壊し、虐めに苦しんでいた梓を救う為にね。......梓が虐められていたのは虐められていたその女を梓が庇ったのが原因らしいけど」


「蜂須賀、やっぱすげえな......」


 『ぐう聖』、ぐうのでも出ない程聖人、の略だが、蜂須賀にはその言葉が相応しいと思う。誰彼構わず、救いの手を差し伸べ、銃口を向けられていてもニコリと笑い、黙って撃たれるような、どうしようも無いお人好しだ。


「それで、その幻中さんと会って話したりしたのか?」


「......彼女は私のことを何も覚えていなかったわ」


「忘れられたってことか」


「多分、自分が原因で二回も恩人(あずさ)を地獄に突き落としたのが耐えられなくて、可笑しくなってしまったんだと思う。......一度目は自分を庇ったせいで、二度目は自分の指示で動いた私が梓に濡れ衣を着せたせいで、梓は酷い虐めを受けていたから」


 『バス酔いしてきたわ』と不知火は俺から視線を逸らした。


「まあ......普通はそうなるよなあ」


 それから数分後、田畑が広がる自然豊かな土地のバス停で俺達のバスは止まった。


「降りるわよ」


「おー」


 彼女に言われるがまま、バスを降りる。田んぼと畑の独特の香りがムワっと鼻腔を刺激した。


「こっち」


 すさすさと目的の場所へと歩いていく不知火。十数分程歩いて到着したのは霊園だった。


「......確か、この辺......あったわ」


 彼女がそう言って、見つめた墓に刻まれていた『不知火栄太』の文字。それを見て俺は全てを悟った。


「お父さんの......か」


「ええ。私が五歳の時に他界した、血の繋がっている方の父よ。......突発的に来たせいで花も何も無くてごめんなさい」


 後半の言葉は俺に対してではなく、彼女の父に向けられたものだった。


「......どうしてこのタイミングで、此処に?」


「別に、深い意味はない。ただ、もう一年くらい来てなかったから来たくなっただけ。お前を付き合わせたのは、ただの気まぐれ」


「そう......か」


「......帰るわよ」


「は? え? もう?」


 まだ、墓の前に着いてから数分しか経っていない。


「もう満足した。長居してても仕方がない」


 わざわざ一泊してまで来たのだからもう少し居れば良いのでは、とも思ったが彼女がそう言うなら仕方がない。


「へいへい、もう帰んの?」


「ええ。駅まで戻って帰るわ」


「ぬいたん、その前に駅前でお土産のお茶買って良い?」


「お前金ないでしょ」


「貸して......?」


「誰への土産よ」


「梓たんとか、鈴木とか、文芸部の奴らとか......まあ、その辺だ」


「......はあ、まあ、良いわよ。お前からはスーパーチャットをかなり貰ってるし、貸すくらいなら」


「生々しい話やめて」


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