三十七挺目 贖い
「不知火〜?」
インターフォンを押せども返事はない。俺は彼女の家の扉を強く叩いて再度、彼女を呼ぶ。こんなやり取りにも、もう慣れてしまった。
「飯だけでも取りに来い〜」
やはり、返事はない。彼女は食事をどうしているのか、そんな疑問が過ぎる。カップラーメンの買い置きが大量にあるのだろうか。
「......明日も来るからな。腹減ったらドア叩いて起こしてくれ。玄関で寝てるから。あ、でも、昼はちょっと用事あるかも」
「ちょっと待ってなさい」
突如、インターフォンからそんな声が聞こえてきた。
「ひゅああっ......!?」
「気持ち悪い声で鳴くのはやめて。飯」
玄関扉を開け、当然のように現れた不知火は手を伸ばしてきた。俺は彼女の手におにぎりを三つ握らせる。
「悪い。時間経っても食えるようにと思ってこんなのになった。明日からはちゃんとしたの作るから......」
「別にこれで充分。ありがと」
「......お前マジで大丈夫か。グサデレ不知火にしては素直過ぎる」
「お前、私のことを何だと思ってる訳? 私は素直に感謝も出来ない恥知らずじゃない」
「......そですか」
「悪かったわね。毎日、来てくれてたのに無視して」
「いや、やっぱり、マジでぬいちゃん大丈夫? 本物? 何か今日、ヤケに可愛くない?」
「黙れ。気持ち悪い。くたばれ」
語彙力も何か低下してんじゃん、とまでは言わなかった。彼女が本当に弱っているのが痛々しいほどまで伝わってきたからだ。
「それじゃ、俺もう帰るから」
「待って」
「......どったの」
「ちょっと、散歩に付き合いなさい。二週間くらい家に篭りっぱなしで体が凝り固まってるの」
「夜デート?」
「やっぱり、一人で行ってくる」
と、言うと、彼女はスタスタとアパートの階段を降りていく。
「待って待って! 行く! 俺も行くから」
⭐︎
散歩にしてはヤケに歩くのが速く、荷物が大きい不知火の背を無言で追い続けていると、最寄りの駅が見えて来た。彼女の足は其処に向かっているらしい。駅の改札の前まで行くと、不知火は止まり、ポケットから何かを取り出した。
「これお前の」
「......ICカード? どっか行って来いと?」
「違う。それで改札に入りなさい」
不知火はまたもやポケットからICカードを取り出すと、それを使ってそそくさと駅の中に入ってしまった。俺も慌てて渡されたカードを使って中に入る。
「夜逃げするつもり?」
何処行きかも分からない電車に乗りながら俺は苦笑した。時刻は19:30。こんな時間から何処に行くと言うのだろうか。
「......そんなつまらない妄言を聞きたいが為にお前を連れ出したんじゃないわよ」
「じゃあ、何の為に?」
「ふんっ」
と、鼻で笑うとぬいもちはそっぽを向いてしまった。
「俺、金一切持って来てないんだけど? スマホしかない」
「私はあるから余計な心配しないで良い」
ポケットから財布をチラリと見せて不知火は言う。おにぎりを受け取った時から今のこの状況まで、不知火の計画通りだったようだ。
「なあ、不知火」
「何」
「好きな......色は?」
「話のネタが思いつかないなら黙ってなさい」
「ごめんなさい」
「水色よ」
「そうなんだ」
「うん」
「......不知火」
「今度は何」
「何処行くの?」
「お前はそんなこと考えなくて良いの。ただ、私に着いてきなさい」
「女王様過ぎませんか」
「私のことを姫呼ばわりしてるのはお前でしょう」
「それはお前に対してじゃなくて、フォスフォレちゃんに対してだけど。二重人格なんだろ?」
「細かいことはどうでもいい」
「あ、もう、何か面倒臭くなってるな、お前」
そんな会話を続けつつ、幾つか電車を乗り継いで辿り着いたのは静岡の某駅だった。
「......なあ、ぬいもちよ」
「んぐ、んぐむぐむぅ......何」
「おにぎり貪ってるところごめんね? 俺、一体、何処に連れられてきたの?」
「静岡」
「何でだよ!? 俺静岡のお茶買って帰りたい! お金貸して!」
「......お前も大概、適当に生きてるわよね。散策は明日ね。今日は寝る」
「何処で」
「ビジネスホテルくらい幾らでも空いてるでしょ。知らないけど」
「適当に生き過ぎだろマジでお前」
⭐︎
「っぷはー! うめええええ! このビジネスホテルの冷蔵庫に入れておいたコーラからしか得られない栄養素絶対あるよな」
「......ビジネスホテルの四階に設置されてる自販機から買ってきたカップラーメンも中々、美味いわよ」
「分かってるねえ。......てか、よく飽きないなお前」
「パンや白ご飯に飽いたりしないのと同じよ」
「やっぱり、主食なのか......」
駅からはかなり歩いたが、無事、ビジホを見つけた俺達はホテルを満喫していた。ベッドはツインではなくダブル。理由を聞くと、どっちにしろ俺は床で寝なきゃならんかららしい。酷過ぎる。
「てか、ぬいたん、俺と部屋一緒で良かったの?」
「反吐が出るほど嫌だけど、節約しないと」
「ああそう......後、不知火、寝巻きに着替えるのは良いんだけど、下着をその辺に脱ぎっぱにするのはやめようか。着替える時は風呂で着替えてた癖に、最後の最後で羞恥心を不足させるな」
「下着姿や裸を見られたら不快だけど、下着単体を見られても別にどうも感じないわ。今のうちに目に焼き付けとけば?」
「何だ、今日の不知火、ヤケに優しいな。じゃあ、お言葉に甘えて......」
「あ、待て。やっぱり、今の無し。おい、スマホを向けるな。写真までは許可していないわよ。消せ! 消せ......!」
「お風呂入ってくるなー」
「その間にお前のスマホ叩き割っといてやる」
家に引きこもって寝てばかりいたせいで、全然、疲れていないらしく、その後も、眠そうな表情を一切、見せない不知火に俺は付き合った。
「不知火って、マジで隠れ巨乳なのな。夢が壊された気分だ。ぬいたん、貧乳のイメージが強かったから」
いつもはブラジャーか何かで無理矢理潰しているのであろう、不知火の巨大な双丘が寝巻に着替えることで露になっている。
ううむ、一周回ってギャップ萌え?
「お前、失礼にどれだけ失礼を重ねたら気が済むの?」
なんて会話をしたりと、非日常を満足するまで堪能した俺達はやっと、消灯した。
「......ぬいたん」
「何」
「床硬いんだけど」
「枕ならお前の分もあるから投げてあげるわよ」
「あ、下さい。あいてっ!」
「キャッチしろ。愚図ね」
「消灯してんだから出来る訳ないだろ。ふざけんな」
不知火がベッドに入り、俺が床に寝転んでからもそんなやり取りが数分間続いたが、最後の最後で彼女は眠そうな声でこう言った。
「もう......うるさいし、面倒臭いからこっち来なさい」
「へ?」
「ベッドで寝なさい。全く、お前が床で寝ることも出来ないくらい根性の無い人間だとは思わなかった」
「あ、いや、枕もゲットしたし、クソデカバスタオルを布団代わりにする方法編み出したから別に大丈夫だけど......」
「良いからこっち来なさい。早く」
「......もしかして、広いベッドで一人で寝るの寂しくなった?」
「違う。黙れ。言っとくけど、抱きついたりしたら本気で殺すから」
「ぎゅー」
「殺す」
「あー、いだいいだい、ぬいたん、マジで首絞まるから! 待って待って......人間の足はそんな風に曲がらないから!」
謎の締め技と固め技みたいなのを仕掛けられて一時期は静岡の地で死ぬことになりそうだったが、まあ、それなりに不知火との添い寝は楽しかった。




