三十五挺目 忘却と想起
「......靴はけ」
本当は直ぐにでも彼女の体を引っ掴んで、止めるべきだったのに、足が動かなかった。
『大嫌い』『二度と私の前に現れないで』
彼女が発した明確な拒絶。それに足がすくんだ。
「お、おう! 不知火、キツそうなら俺だけで追うから大丈夫だぞ? 蜂須賀と鈴木にも頼むし......」
「良いから。私も追う。それほど遠くまではいってないでしょ。二人への連絡をお願い」
そうして、家を出たものの、全くと言って良い程彼女は見つからなかった。四人で彼女の行きそうな場所は殆どあたった。でも、見つからない。
焦燥感だけが募っていく。どれだけ拒絶しあっても、どれだけ腐っても私と彼女は姉妹。彼女の考えていることは嫌でも分かってしまう。
学校、家、彼女と私の通っていた中学校の周辺、私達が住んでいた、あの燃えてしまった家の周辺など手当たり次第に探しに探した。それはもう、周りが見えなくなり、再三、人とぶつかるほどには。
「・・・いた」
また、通行人にぶつかってしまった。いけない。このままではいずれ通行人を転ばせ、彼女の捜索どころではなくなる。注意しないと。
「ごめんなさい。急いでいて」
私は肩を強くぶつけてしまったその通行人にそう言った。
「・・・いえ、大丈夫です」
その声には聞き覚えがある気がした。私は思わず、彼女の顔を見つめる。
「......何の因果かしら」
「・・・えっと」
首を傾げるかつての同盟相手に私は溜息を吐いた。
「忘れた? 不知火望奈よ。......いや、忘れたいわよね。あんなことがあったんだもの」
依然として私の言っていることを理解していない様子の儚げな少女に苦笑する。
『幻中玲奈』、虐めにあっていた親友を救うため、私を利用して叶向による学校内秩序を破壊しようと目論んだ少女だ。しかし、私が叶向を陥れる過程で蜂須賀を巻きんだため、彼女は自らの行いで親友を傷付けたと、絶望した。そんな彼女を徹底的に嘲笑したのがこの私である。
彼女にとって私はどうやってでも忘れたい相手の筈。が、そういう相手に限って忘れられないものの筈なのだが。
「・・・申し訳ありません。思い出せません。人違いでは?」
「貴方、『幻中玲奈』よね?」
「・・・ええ......」
吹けば飛びそうな、小さく細い声と共に彼女は頷く。
「そう。まあ、忘れられているのならそれに越したことはないでしょう。それじゃあ」
私は今、叶向を探しているのだ。もしや、彼女なら叶向の居場所を知っているかも、という考えが一瞬、頭を過ったが、冷静に考えて叶向と直接の関係を持たない彼女が叶向の場所を知っている訳がない。少し、疲れていたのだろう。
私に親友を己が手で苦しめた自滅女と話している時間はないのだ。
「・・・歩道橋」
「は?」
しかし、私が彼女に別れを告げ、叶向の捜索を再開しようとしたその時、彼女は譫言のようにつぶやいた。
「・・・あ、いえ、何でもありません。......ただ、貴方を見ると、歩道橋が頭に浮かんで......」
幻中玲奈は自分が私と組んで蜂須賀梓を傷つけたことを本当に忘れているのだろう。強すぎる絶望を受けた脳は時に、人の記憶を消す。そのことは私も知っていた。
ただ、私と幻中玲奈が最後に会った場所であり、私が幻中玲奈を罵倒し、嘲笑ったあの歩道橋だけは記憶に刻みつけられていたらしい。
「......歩道橋、ね」
私が一度、全てを終わらせようとしたあの場所を、もし、彼女も知っていたなら......そして、もし、彼女の中に少しでも自分を見つけて欲しいという気持ちがあるのなら......。
「幻中」
「・・・はい」
「ありがとう。参考になったわ」
「・・・え?」
私は彼女の肩を軽く叩くと、あの日の歩道橋へと走り出した。




