三十四挺目 大嫌い
生きる希望であった、学校内での『地位』と膨大な『駒』を失ったこと、そして、自分達の争いに『親友』を巻き込んでしまったこと、それらの出来事が同時に起きたことで私は絶望した。そして、怒りに任せて姉を殺そうとした。
でも、殺せなかった。あのとき、どちらにも相手の命を奪う程の決意は無かった気がする。少なくとも、私には無かった。
そもそも、私も姉も互いを何度も殺そうと試みていたが、全て失敗に終わっている。姉が私の寝込みを襲ったときなどが良い例だ。
ある日、彼女はわざと、大きな足音を立てながら寝ている私の寝床に近付いてきた。当然、私はその大きな足音で目を覚ます。あのときはとても眠りが浅かったから。
目を覚ますと、私の視界には私の首に包丁を振り下ろそうとしている姉の姿が飛び込んできた。
『......振り下ろしなよ。そしたら、私、死ぬよ』
『・・・・』
『ねえ、殺してよ。何の為にそうしているの!? 私を殺す為でしょう!? 振り下ろせ! 早く、振り下ろせ!』
私がそう叫んでも彼女が包丁を私の首に振り下ろすことはなく、彼女は何も言わずに、何事もなかったかのように部屋から出て行った。
こんなことが我が家では何度もあった。私達が姉妹であるが故の呪いなのだろうか。どれだけ憎んでも、殺すことは出来なかった。だから、相手が自分を殺してくれること、相手が自殺してくれること、相手が父を殺してくれることを望まずにはいられなかった。
私達はそういう関係だった。
一方、父の殺害に対してはいつでもしようと思えば出来る、そんな気が漠然としていた。勿論、殺人に対しては確かに躊躇いがあった。しかし、『父の殺害』を躊躇う理由はそれだけで、『肉親を殺すことの罪悪感』というものは無かった。
いや、それも嘘なのかもしれない。どちらにせよ、虚妄の上に虚妄を重ねて生きてきた私に真実か偽りかなんてさして重要じゃない。
「叶向っ!」
それは数年振りに聞いた姉のヒステリックな叫び声だった。包丁の刃が自分の首を裂く、すんでのところで私はその声を聞いた。
「はあっ、フゥッ、来るな! 触るな!」
私の方に恐ろしい速さで突っ込んでくる姉に私はそう叫び、包丁を振り回す。しかし、彼女は私の腹に素早い蹴りを入れ、体勢を崩したところで包丁を持っていた私の腕を掴んだ。瞬く間に私は無力化されてしまった。
「......痛い」
姉がそう呟くのと同時に、赤い液体がポタポタと地面に滴り落ちた。一瞬、何が起きたのか分からなかった私は直ぐにその血が姉の腕から出た物と悟る。
「不知火!? だ、大丈夫か! 今、救急車......!」
「黙れ。こんな軽傷で救急車なんて呼んでられない。......そんなことも分からないの?」
「......兎に角、救急セット取ってくる! 傷口抑えて待ってろ!」
そんなやり取りが『外』から聞こえる。うるさい。
「......ぃや......」
言葉にならない声が漏れる。不思議と罪悪感は湧かない。ただ、ほんの少し甘くて非常に苦い、不快な味が口に広がった。
「周りの目がある。家、行くわよ」
彼女は鞄からペットボトルの水を取り出し、地面に出来た自らの血溜まりを流す。そして、私から包丁を奪い取ると、私をそのまま、腕を引っ張り、アパートの一室へと連れて行った。
「ちょ、不知火、勝手に......」
「仕方ないでしょ。あんな場面、他のに見られたら面倒臭いことになる。ほら、腕」
「あ、ああ......取り敢えず消毒して、包帯巻いとくけど......これワンチャン縫わないといけないんじゃないか」
「......そうなったらお前にされたって言う」
「なんでえっ!?」
うるさい。
「......本当に愚か、痛い目見ないとお前は何も分からないのね。大嫌い。二度と私の前に現れないで」
私は小さな声で、しかし、彼女に聞こえる様にはっきりとそう言った。




