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三十一挺目 遊園地


 早朝、遊園地の玄関前、既に到着していた叶向と蜂須賀、そして、鈴木に俺は手を振った。


「あ、霊群センパイ、おはようござい......は?」


「おはよ、ツインテちゃん。ついでに其処の二人も」


「おいおい、鈴木兄さんよ、ワイらはついでらしいぞ。あ、ぬい先輩おはようございます」


「......不知火さん、おはようございます」


 叶向の顔が動揺と困惑、そして無の表情に変わっていくのを俺は敢えてスルーした。

 叶向が無感情な視線を向ける先に居る少女、ウチのグサデレラ、ぬいもち。彼女もまた無感情な目を三人に向けて、会釈をする。


「......おはよう」


 これは一種の賭けであった。不知火が来ることを事前に言えば、ほぼ確実に叶向は来ない。ならば、現地に引き摺り出してから奇襲を掛けた方がまだワンチャン、あるのではないか、という稚拙な考えの元、実行に移された作戦がこれなのだ。


「すうっ、はあ......」


 叶向が眉をひくつかせながら軽く深呼吸をした。


「か、叶向......?」


 鈴木が彼女の顔色を窺うようにそう言う。


「さ、早く行きましょう。私、ジェットコースター乗りたいなあ」


 しかし、叶向はいつも通りの様子でそう言った。

 そんな不気味な彼女の様子に一瞬、空気が凍ったが、直ぐに蜂須賀が口を開いた。


「あー、良いね良いね! 私もジェットコースター乗りたい!」


「おい待て。俺は高所恐怖症なんだが。なあ! 鈴木もそうだったよな!?」


「......イメージトレーニングなら万全だ。行くぞ、叶向」


「ジェットコースターってイメージトレーニングで克服出来るもんじゃねえだろ......」


「霊群センパイも一緒に乗りましょうねー?」


「そういうのは鈴木と二人で行ってこいよ。カップルだろ。」


「カップルじゃないですし、霊群センパイと秋也さんは親友じゃないですか」


「......ぐぬぬ」


 そんな調子で会話は『不知火望奈が無視されている』というただ一つの点を除き、問題なく進んで行った。


⭐︎


「乗りたくない乗りたくない......大体、可笑しいだろ。何で遊園地に来て一番最初に乗るのが巨大ジェットコースターなんだよ。もっとこう、ジャブみたいなので体を慣らさせろよ......」


 初っ端から遊園地の目玉である巨大ジェットコースターの順番待ちの列に並ばされた俺はぶつぶつと呟いた。

 今、行ったばかり車両が戻ってきたら俺たちの番だ。怖すぎる。


「あはは、美味しいものは宵の口ですから。こういうのは一番、元気のある時に乗るに限りますよ。霊群センパイの悲鳴聞くの、楽しみだなー」


「おい、鈴木。SMプレイを俺にも強要させてるぞコイツ」


「叶向はプレイとかじゃなくて、ただのサドだぞ」


「そっかあ......」


「レイグン様、頑張れー。いざとなったら、ぬい先輩に抱き付けば良いじゃないですか。ねえ? 叶向ちゃん」


 突如、蜂須賀がそんな爆弾を投下した。ぬいもちを居ないものとして扱っている叶向に蜂須賀は無理矢理、彼女のことを意識させたのだ。


「梓、卑怯な手を使うようになったね」


「ぁえ? あ、え、いや、その、ごめん......?」


「良いよ、良いよ。今日のこと、秋也さん含め、皆で作戦練ってたんでしょ。知ってる知ってる。ほら、お姉ちゃん、そんな所で俯いてないで此方来なよ。私に会いに来たんでしょ?」


 余裕を装いながらも、苛立ちを隠せずにいる叶向の溜息混じりの言葉を受けて、不知火はコクリと頷いた。そして、恐る恐る、ゆっくりゆっくりと不知火は叶向の方に歩み寄る。


「......こんな回りくどいやり方、柄じゃないのは分かってる」


 叶向から目を逸らしながら弁解するようにそう話す不知火......の首根っこを叶向は引っ掴んだ。俺達が止めに入ろうと体を少し動かすと、叶向は俺達に掌を向け、鋭くそれを静止した。


「何言ってんのよ。お前は昔っから回りくどいことばっかやってただろうが」


「......そうかもね」 


「ま、私の言えたことじゃないかもしれないけどー? それより、お姉ちゃん、ジェットコースターで私の隣に乗ってよ。折角、来たんだからさ」


 そう言うと、叶向は一周して戻ってきたジェットコースターの座席の隅に不知火を座らせ、その横に自分が座った。ジェットコースターの作り的に、横に三人までしか乗れないので叶向の希望で叶向の横には鈴木が座ることになった。

 俺はその後ろの座席で蜂須賀と二人きりだ。


「なあ、ぬいぬいってジェットコースター大丈夫なのか......?」


 シートベルトを付けながら俺がそう聞くと彼女は振り返らずに


「大丈夫じゃないかもしれない」


と、非常に不安そうな言葉を言っていた。

 不味そうだなこれ、と思っていると係員の『出発します』という声とともに車両が動き始める。


「蜂須賀......ごめん。手、繋いどいてくれ」


「うぇー? 仕方ないですね。ほれ」


 彼女はそう言うと、ギュッと腕を組んできた。


「助かる」


「レイグン様、ぬい先輩が本命なのに梓に気を持ったりしないで下さいよー?」


「持つか」


「言葉つよ。泣きそう」


「後、ぬいが本命だとかいつ言ったよ」


「えー? でも、好きなんですよね? ぬい先輩のこと」


「お前ら、本人の前でそういう話するのイカれてるだろ」


 前の席から鈴木がそう言ってきた。その声は少し震えている。


「......な、何か話しておかないと気が触れそうになるんだよ。恐怖が強すぎて」


「そーそー、梓は出来る娘なのでレイグン様の気を紛らわせてあげてるのー」


 そんなことを言っている間にもジェットコースターはどんどん上がっていく。そして、遂に頂上に来た。俺が蜂須賀の腕を掴む力を強くし、目を閉じようとしたその瞬間、叶向が不知火の耳元で何かを囁いているのが見えた。

 そして、ジェットコースターは当たり前だが恐ろしいスピードを出して下り始める。前の席からも、後ろの席からも絶叫が聞こえる。

 とうの俺は絶叫する余裕もなく、蜂須賀にしがみついた。


「はち、は......蜂須賀......」


「ひゃっほー! きっもちー! レイグン様もほら、万歳しましょーよー? テンノーヘーカバンザーイ!」


「きゃはははっ。怖っ。めっちゃ、気持ちいい! ふうううっ。お姉ちゃんも楽しいね!」


「......あっ......ぁあ」


 俺とは対称的に甲高い声で笑う蜂須賀と叶向に自分とは決定的に違う何かを感じつつ、俺は先程から何も言葉を発しない鈴木と呻き声を上げている不知火の心配をした。

 とはいっても、二人のことが頭にあったのはほんの一瞬だけ。俺も俺の恐怖への対処で忙しくて、周りを意識する余裕は無かった。

 しかし、思えばこのとき、もっと不知火を気に掛けているべきだったのかもしれない。


「ぁっ......はあ......はぁっ......はあ......はぁぁっ......」


 ジェットコースターを降りたとほぼ同時くらいに不知火は過呼吸で倒れた。

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