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三十挺目 憂鬱


 終業式が終わり、いよいよ始まった夏休みの一日目。そろそろ、対叶向作戦を始動させないといけないこの時期に俺は軽い体調不良に襲われていた。


「......あー、しんど」


 熱がある訳でもなければ、吐き気がする訳でもないが、軽い頭痛と倦怠感がある。気分もかなり下がり気味で、メンタルまで蝕まれている。


「もしもし、蜂須賀?」


 俺は怠い体に鞭打って蜂須賀に電話をした。


「あいあい、梓ですけど......いや、かけてきた方から名乗れや」


「レイグン」


「まあ、声で気付いてましたけど。てか、携帯の方の電話番号教えましょか?」


「おー」


「自棄にテンションひきいなオイ......」


「今日、体調悪くてな。それで不知火の飯も作ってやれそうにないから、その旨を彼女に伝えといてくれ。俺、不知火に電話番号交換してもらってないから」


「梓は仲介役ですか......ま、オケオケ。ぬいぬいには私の方から言っときますね。レイグン様もお大事に。あ、後、私の携帯の番号は......」


 ということで、蜂須賀を介して不知火にも俺の体調不良を伝えることが出来たし、今日はもう一日中、寝て過ごそう。怠いし、とても憂鬱だ。

 そう思い、俺が布団にくるまったその時


「萎びた顔ね。気色悪い」


「......何で入ってきてんの君」


不知火が俺の枕元に立っていた。

 今の俺には驚く力も無かったため、かなり冷静に対応してしまう。


「扉が開いてた。阿呆面晒しながら寝ているところを強盗に殺されても文句は言えないわよお前。生きてるだけでも気持ち悪いお前が、ただの肉塊になって横の部屋で転がってると思ったら吐きそうだから教えにきてあげたの。感謝しろ」


「......うん。なんかごめん」


 不味い。不知火の罵倒で傷付いているぞ、俺。


「何その反応。お前、感謝するときは『ごめん』と言えとでも習ったの? お前がくたばっていることは聞いたわ。体調管理も碌に出来ない癖に人に節介ばかり焼くなんて滑稽ね」


 痛い。いつにも増して不知火の言葉が痛い。恐らく、朝から続いている憂鬱感とメンタルの弱体化が原因だ。


「・・・・」


 長い沈黙の後、俺は俯きながらただ、ごめん、と謝罪の言葉を述べる。

 不知火の表情が俺を軽蔑するようなものに変わっていくことに俺は恐怖を感じた。


「悪い。今、マジでメンタルと体調が絶不調なんだよ。不知火の罵倒を捌き切れる自信がない」


「別に私はお前を罵倒しているつもりは一ミリも無いんだけど。事実と率直な感想を述べているだけで。......まあ、良いわ。私が目障りというならさっさと消えてあげる」


 そう言って不知火は少し苛立った様子で家を出て行った。俺は直ぐに玄関の鍵を閉め、寝に戻る。

 怒らせてしまっただろうか。俺が其処まで気を使う必要は無いのだろうが、やっぱり、不知火に嫌われるのは怖い。

 そんなことを考えながらスマホを弄っていると、突如、フォス姫からDMが届いた。


『体調悪いなら観ずに寝てろ』


という、文言と共に動画のURLが送られてきた。これ、明らかに『フォスフォレッスセンス』じゃなくて、『不知火望奈』の方からのメッセージだな。

 機嫌を害して帰った様子の不知火から何が送られてきたのか気になった俺はそのURLを開く。


『ああ、来たんだ。はあ......寝てれば良いのに』


 そんな声が突如、スマホから聞こえてきて俺はギョッとする。どうやら、そのURLはフォス姫の生配信に繋がっていたらしい。

 しかも、URLを知っている者しか観ることの出来ない限定公開の生配信だ。しかも、視聴者は俺一人。


『チッ。......はあ。何か適当に歌うからさ、聞いていきなよ。しんどくなったら抜けても良いから』


 DMの口調はモロに不知火だったのにこっちの口調はフォス姫だ......。何か、所々、不知火が混じってるけど。

 何かコメントをするべきか悩んでいると、彼女は用意していたカラオケの音源を付け、息を整える。

 そして、自分の正体を知っている男、ただ一人が見ている配信で、彼女は何時も通りの歌声で歌い出した。何時もとは全く違う状況だと言うのに、俺だけに聞かれている状況で恥ずかしさもある筈なのに、彼女は不気味な程に力強く、美しい声で歌い出したのだ。

 彼女の太く、力強く、それでいて繊細な歌声がイヤフォンを通って俺の耳に伝わる。

 不知火は物言いもキツいし、捻くれてはいるが、自分の気持ちには素直な娘だ。きっと、彼女は俺が弱っているのを見て、元気づけようとしてくれたのだろう。

 しかし、そんな事実もどうでも良くなるほどの声量。体調の不良さえ治りそうな程の美声に俺は震えた。やはり、不知火の、フォス姫の歌は良い。弾けるようなロックさと、聖歌のような荘厳さを持った歌声に俺は感極まって泣き出しそうだった。

 

『はい、一曲終わり。まだ聞いてく?』


 お願いします、と迷わず俺は書き込んだ。


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