二十九挺目 冷戦
ツインテちゃんの誕生日会が終わった後、直ぐに俺は不知火に報告した。
「てことで、まあ、色々あったけど、受け取って貰えたし、お礼も言ってたぞ。良かったな」
「......どうして、あの子がそれ程までにあの女に執着しているのか分からないわ」
『あの女』とはフォスフォレちゃん、不知火自身のことだろう。
「はい、珈琲と紅茶です」
金髪碧眼の少女がプレートに乗せたアイスコーヒーとアイスティーを運んで俺達の机に置いてきた。
「塩対応だな、ソレンヌネキ」
「こんなもんでしょ。そっちの方はお前の彼女か何かですか?」
「......違うわ。不知火望奈、コイツの隣人よ」
「うっわ、また面倒臭そうな奴が出てきやがりましたね。私はソレンヌ・アフリア。霊群の所属してる文芸部にはウチの同僚が居ましてね。霊群とはそれ繋がりの知り合いなのです。それじゃ、私仕事があるので」
そう言い、彼女はレジの方は戻って行った。
「何でわざわざ、こんなカフェに呼び出したのよ。叶向に無事、プレゼントを渡せたことを報告するだけなら電話でも家の前でも何でも良かったでしょ」
「あー、それだよそれ。カフェにでも呼び出さないとぬいもち、直ぐに帰っちゃうじゃん? だから、少しでもぬいもちと一緒に居たくて呼び出した」
「くだらない。そんなことの為に呼び出されるなんて、時間の浪費甚だしいわね。今すぐ帰らせなさい。くたばれ」
「まあまあ、会計は俺が持つからもうちょっと、構って? この店......『たかさご』って言うんだが、珈琲や紅茶は美味しいし、スイーツも絶品で良い店だから紹介したかったってのもあるんだよ。さっきのソレンヌって奴も良い奴だし」
「そういえば、あのソレンヌって女、外国人なの?」
「フランス人。日本語ペラペラだけどな。帰化してるらしいし」
「へえ」
自分から聞いておきながら、興味なさげに不知火は珈琲を啜った。ぬいたん、珈琲飲めるんだな。完全に偏見ではあるが、苦い物苦手だと思ってた。
「さて、今日の本題は次の対叶向作戦はどうするか、だ。もう直ぐ夏休みだし、叶向への接触は図りにくくなるだろうが、俺はこの夏休みを正念場と位置付けている」
中学生の時に決別してからこの前の喧嘩別れまで、ぬいもちとぬいかなに一切、接点が無かったことを考えると、今回のプレゼント作戦は大成功と言って良いだろう。叶向のぬいもちへの気持ちも、『無関心』から『嫌悪』くらいには変わった筈だ。
そうなれば次は叶向の嫌悪感を薄めていく作戦を決行しなければならない。
「理由は?」
「一ヶ月程度ある夏休み、この期間に叶向に何らかのアクションを仕掛けなければ叶向がまた不知火に対して無関心になってしまう。だから、叶向がぬいもちのことをある程度、意識している内にどんどん作戦に打って出るべきなんだ」
「何か......気合い入り過ぎてて気色悪い」
「あのな」
「まあ、良いわ。そんなに張り切っているんだったら何か策でもあるんでしょ。言え」
「無いからこうやって作戦会議開いてるんだぞ」
「......まあ、お前が癡鈍なのは今に始まったことじゃないか。お前に期待した私が馬鹿だった」
「何でぬいもちと叶向の和解のために心血注いでる俺が此処まで言われなきゃならんのだ」
「恩着せがましい。消える筈だったこの命を拾ったのは他の誰でも無くお前でしょ。......お前は私から死ぬ権利を奪ったのよ。その責任を取って、償いの為に私に協力しなさい。こんな碌でもない女なんて助けなければお前の人生はもっと上手く行ってたかもね」
熱を帯びた声で少し苛々しながら吐き捨てるようにそう言う不知火。彼女から『死ぬ権利』を奪った俺の罪はかなり大きいらしい。
「後悔はしてねえよ。俺、尽くすタイプだから不知火の為に色々してる今の生活気に入ってるし。そもそも、あの時、お前を助けてなかったらフォスフォレちゃんも居なかっただろ」
「チッ。あっそ......話を戻しましょう。夏休み、叶向に何をどうすれば良いと思う?」
「んー、そうだな。やっぱり、そろそろ、直接、顔を合わせた方が良いと思うんだよな。蜂須賀に招集掛けてもらって、俺と不知火、鈴木と叶向の五人でどっか遊びに行くとかどうだ?」
「......叶向が断るでしょう、私が来ると分かったら」
「いや、やってみないと分からんだろ。フォスフォレグッズで誘えば来るかもしらん」
「アレに頼り過ぎるのもどうかと思うわよ」
と、溜息を吐く不知火。とは言っても現状、此方側の手札は非常に少ないのだ。使える物は使っていかなければならないだろう。
「なーんか、お前ら、フォスフォレがどうたら言ってましたけど、お前らあの人のこと好きなんですか?」
と、言いながら此方にそろりそろりと寄ってくるソレンヌ。仕事が一段楽して暇になったらしい。
「うわ、またフォスナー現れたよ。フォスフォレちゃんって今、そんなに人気なの?」
「いや、蜂須賀に布教されたのです」
「梓凄いわね......」
「なあ、ソレンヌネキ、死ぬ程仲悪くて数年以上、冷戦を続けてる相手と仲直りするためにはどうしたら良いと思う?」
俺の唐突な問いにソレンヌは『はあっ?』と首を傾げ、不知火は『何、勝手に言っているんだ』という風な感じで睨んできた。
「いや、まー、うーん......そんだけ仲悪くなってたらもう修復不可能な気もしますけどね、お互い、相当、禍根が残るようなことをしたんでしょうし」
「うっ」
今、横で不知火が呻いた気がした。
「そもそも、仲が拗れるのは仕方ないとして、その解決を数年越しにやろうとしてる時点で厳しいでしょ。その間、ずっと、意地を張っていたということですし。後になってやっぱり、仲直り、ってのは都合が良過ぎると思うのです」
「ぁいっ......」
聞いたことない声が不知火から漏れた。
「ソ、ソレンヌネキ、もう大丈......」
「ま、お互いが仲直りを望んでるんなら割と、解決策はあるでしょうけどね。片方がそれを望んでないのならまず無理でしょう」
「ぅぁぇぅえなざ」
もう止めて、不知火のライフはゼロよ。
「いっそのことこっちから軍拡競争仕掛けて相手が崩壊してくれたら雪解けもあり得るんじゃねえですか?」
「何を言っているんだお前は」
「何って冷戦終結の一例なのです」
「こっちは真面目に話してんだぞ!」
「こっちも真面目に話しとるわなのです。もし、軍拡競争仕掛ける力も無いってんならアフガンにだけは侵攻しないことですね」
「だから、何言ってんだお前は」
「何って、アフガン侵攻したら融和ムードが吹っ飛んだソ連の一例出してるのです。ソレンヌだけに」
駄目だこいつ。
「ま、それでも一縷の望みに賭けるなら......正直に面と向かって話しますかね。その為に話し合いの場くらいは周りがセッティングしてやっても良いんじゃねえですか?」
ソレンヌはそう言うと、『フッ』と俺に笑いかけてきた。どうやら、既に不知火関係の問題ということまで見抜いているらしい。
「成る程......ありがとよ、ソレンヌネキ」
「おうよ、お安い御用なのです。感謝するならレッドベルベットケーキも食ってけなのです」
「あいあい、商売上手だな......ぬいたん、それで良いか?」
「ええ。......ねえ、貴方」
不知火はソレンヌの方に視線を向けた。
「あん? 私ですか?」
「この男とあんまり関わらない方が良いわよ。碌な奴じゃないから」
「......ぬいたん?」
「ククッ......! てっきり、デレてお礼でも言われるのかと思ったらまさかの霊群叩きだったのです! フハハハッ! 言われなくても、霊群が変な奴ってことは知ってるから大丈夫なのです」
人形のように可愛く、儚さを纏う容姿からは想像も出来ないような濁った笑い声を上げながら、彼女はそう言った。
「そう、なら良いわ」
「私は蜂須賀とか、それに準ずる奴らと何度も出会ってきたので霊群くらいなら適当にあしらえるのです。お気になさらず」
「コイツのあしらい方、是非ご教授願いたいわ」
「お前ら何ちょっと仲良くなってんだよ」




