二十四挺目 不知火
「ということで、叶向ちゃんがフォスかもしれません。4000円アイスの件もあるし」
「蛆虫の方がお前より幾らかは賢いんじゃないの? くたばれ」
......怒られてしまった。後、取ってつけたようなくたばれ止めて。
「いや、俺のフォス姫がこんな近くに居たとしたら凄いことだろ」
「勝手に自分の所有物みたいにするな。わざわざ、叶向と会って収穫それだけ? 大干ばつでもあったの?」
「あ、いや、ぬいもちの胸が実はデカいって話も聞いたぞ。......あれ、殴られない? グフッ」
時間差で殴られた。油断していたみぞおちに拳を決められた。痛い。非常に痛い。
「殺すわよ」
「いや、普段から俺に暴力振るいまくってんだから、セクハラくらい許せよ」
「殺す」
「話聞け! 胸揉むぞ!」
「やってみなさいクズ虫。お前が私に触れる前に首刎ねてやるから」
不知火に突撃した俺は呆気なくヘッドロックを決められてしまった。どれだけ暴れても彼女の拘束からは抜けられない。
「......参りました」
「あまりにも雑魚過ぎて溜息すら出ないわ」
「お前そんなに強いなら入矢達に対抗出来るだろ......」
「アレは数が多いから。それに、力で何とかなるものでもない」
「......そうですか。んで、そろそろ、ぬいさん、ヘッドロック止めてくれません?」
「は? 嫌よ。今から首絞めて窒息死させるから」
冷酷にそう言い放つ不知火。不味い。殺られる。
「ぬいさん!?」
「死にたくなければ命乞いをしなさい。惨めに、哀れに首を垂れるの。......ああ、垂れる首は掴まれていたわね」
「お前かなり楽しんでるだろ」
「当たり前じゃない。生殺与奪権を握っている状況だもの」
生殺与奪権を握っている状況=楽しい、みたいな不知火特有の価値観をさも常識かのように言うの、止めて頂きたい。
「なら、俺も楽しむよ。冷静に考えて不知火とこんなに密着出来る状況なんてそう無いし。不知火の脇から俺の首に温もりが伝わってくるこの状況、神だし」
「本当に殺そうかしら」
「ぬいもちに殺されるなら本望」
「・・・・」
不知火はそっと、ヘッドロックを解除し、俺から距離を取った。そして、光がない目でこちらを見つめてくる。
「腐敗したものを見る目止めて」
「お前みたいなのには腐敗を進める微生物すら寄り付かないわ。思い上がるな。くたばれ」
「言い過ぎでは」
まあ、不知火が元気になったのなら良しとしよう。一昨日の弱りきった不知火よりかはこっちの方が良い。
「......くだらないことしか聞けなかったみたいだけれど、一応、礼を言っておくわ」
「ぬいぬいからの貴重なお礼、有り難く頂戴しておくよ」
そう言うと、不知火はフンと鼻を鳴らし、家に帰ってしまった。ふと、叶向とした会話を思い出す。俺は不知火に恋をしているのだと叶向は言っていた。彼女の言っていたことは、どうやら本当かもしれない。
朝、不知火と会えると嬉しい。不知火をモデルにしたキャラが出てくる小説を書いていることもあって、部活中もずっと不知火のことを考えている。部活を終えて帰る時も、不知火に飯を作るのが楽しみで心が躍っている。不知火の力になりたい。不知火の笑顔が見たい。そんな願望が俺を支配しているのだ。
これは恋、と呼ぶのに相応しい感情なのではないか。不知火が帰って行った202号室の扉を見ながら俺はそう思った。
「さてと、ぬいもちに飯作るか。......あっ」
俺はとあることを思い出して、不知火の家のインターフォンを鳴らした。
『何よ』
俺と分かっているならば出てきてくれたら良いのに、彼女はインターフォン越しに聞いてきた。
「悪い。もう直ぐ、フォス姫の生放送だわ。飯作るの遅れる。八時とかになるかも」
『好きにしなさい』
不機嫌そうにそう言うと、彼女は一方的に通話を切ってきた。
......自分が不知火よりもフォス姫を優先していることに驚いた。まさか、俺が本当に恋しているのは不知火ではなくフォス姫?
いや、待て。待て、霊群。フォス姫の中の人は叶向ちゃん説が濃厚なんだぞ。声もかなり似てるし、歌の上手さを自負しているし、4000円アイスの件もある。
別に俺は誰がフォス姫でも構わないのだが、仮に彼女がフォス姫だとすると、俺は親友の実質彼女みたいな人に恋をしていることになる。それは不味いのでは......。
⭐︎
『はい、こんばんは。お待たせ。フォス姫ですよ。恥ずかし......』
『レイグンさん「こんフォレー」って何その非公式挨拶。あ、でも、私も確かに独自の挨拶欲しいな』
聞けば聞くほど叶向の声に聞こえるフォス姫の声。可愛いことに変わりはないが、何かなあ......。
『こんフォレで良いじゃん、じゃないのよ。それ、発音がコンソメと一緒で何かイヤ。ああ、もう、何か歌うわ。オリ曲で良い?』
てか、何か自棄にチャットの流れが早いと思ったら!フォス姫、チャンネル登録者かなり増えてる。彼女がオリジナル曲を歌うのを聴きながら俺は微笑を浮かべた。
寂しくはあるが推しの喜びは俺の喜びである。
『てかさ、この前、デルカッセさんとコラボしたじゃん。コラボ自体が初だったから、あの人とのコラボめっちゃ緊張したんだよね』
『デルカッセ』。フォス姫とは違い、生放送などはせず、偶にゲーム実況や歌ってみたなどを上げている動画配信者である。
SNSで仲良くなったらしく、先日、二人は歌ってみたコラボをしていた。チャンネル登録者13万人になるまでずっと、コラボをしてこなかった彼女の初コラボ、俺も大いに喜んだ。
『コミュ症じゃねえ。ぼっちでもねえ。家族と仲良いし』
おっと......叶向じゃない可能性が出てきたぞ。揺さぶりかけてみるか。
「フォス姫、兄弟とかいるの? と」
キーボードをガチャガチャと叩いて俺はそんなコメントを打った。
『あ、兄弟? あ、うん。妹なら。あっ......』
まさかのぬいもち説あるかこれ。
『いや、個人情報じゃんこれ。言わない方が良かったかあ? 家族構成から私を特定するのはやめてね。ね? レイグン先輩』
いや、これは叶向だなあっ!? 完全に叶向だ。このタイミングで先輩呼びはやってるぞコイツ。
そして、次の瞬間、俺以外の誰かが投下した
『妹さんと仲良いの?』
という質問に対し
『あー、いや、うーん......』
とフォス姫は言葉を濁した。叶向、お前、わざとだろ。
兎に角、ぬいもちにこのことを知らせねば。俺はフォス姫の配信を見る端末をパソコンからスマホに変え、外に出ると配信を見ながらぬいもちの家のインターフォンを押した。
しかし、ぬいもちからの返事は無い。この後、飯を持っていく予定なので家で待ってくれている筈なのだが。コンビニでも行っているのだろうか。
「ぬいもちー!」
俺は何度もインターフォンを鳴らす。
『......ちょっと、トイレ行ってくるね』
すると、携帯からそんな声が聞こえてきた。その数秒後、少しだけ扉が開き
「何......?」
と、ぬいもちが顔を出してきた。俺はその瞬間、体を硬直させる。
「あ、いや、あの、ぬいもち......」
「お前、よく分からない女の配信見てるから夕食は遅れるって言ってたじゃない。もう出来たの?」
「いや、その、何というかですね」
「その態度気色悪いから止めて。要件言え」
俺は軽く深呼吸をすると、コクリと頷き口を開いた。
「ぬいもち、何でフォス姫のCDに付いてくるシール、ヘッドフォンに貼ってんの?」
フォス姫のオリジナル曲のMVに出てくる女の子であり、フォス姫のアバター的な役割を担っている水色ツインテちゃん。その子のシールを不知火はヘッドフォンに貼っていたのだ。
「・・・・」
不知火は暫し沈黙すると、ふふっと笑った。そして、自分の後ろ髪を両手で左右に分け、ツインテールのようにした。
「いやあ、バレちゃいましたか。先輩、私ですよ。貴方の可愛い叶向ちゃんです。いやあ、完璧な変装だったでしょ? さっき、ヘッドロックを先輩に仕掛けた時からずっと入れ替わってたんですよ」
黒い手袋を投げ捨て、『ふふっ』と可愛らしく笑う不知火(姉か妹か不明)。俺は迷わず叶向に連絡をした。
「もしもし、叶向ちゃん?」
『あ、はい。霊群先輩? どうかしました? 今、ちょっと、取り込み中なんですけど』
「・・・・」
「一応聞いとくけど、叶向の方だよな?」
『何ですかその質問』
「オッケー。ありがとう。またな」
『え、あ、はい』
俺は叶向(恐らく本物)との電話を切り、叶向(恐らく偽物)に向き合った。
「......あ、私、不知火家の末っ子で」
「いや、無理あるぞお前。そのマスク取らせろ!」
「あ、ちょ、止めろ! 止めなさい! じゃなくて、止めてくらさい! 霊群先輩!」
俺は彼女の黒マスクを無理矢理剥ぎ取る。アザがあった。




