二十二挺目 調子
「あ、ぬい先輩にレイグン様、グーテンモルゲン!」
不知火の壮絶な過去を聞いた日の翌日、二人で学校に向かっている俺達に彼女が話しかけてきた。
「お、アズアズ、チッース」
「「ウェーイ」」
俺と蜂須賀はそう言いながらハイタッチをした。
「・・・・」
「いやあ、ぬい先輩、今日も美人さんですね! ほら、梓たんと手を繋ぎましょ」
「......ん」
蜂須賀の誘いに応じた不知火は蜂須賀の方に手を差し出す。可愛い。
「ぬいもち、俺と登校する時、いっつもふくれっ面だよな。もうちょっと、どうにかなんねえのか」
「別に私はお前と登校しているつもりなんて一切無いから。お前が何時も私に付いてくるだけで」
「ぐぬぬ......昨日はあんなに俺にベッタリだった癖に」
叶向との言い争いの後、俺の腕にしがみついてきた不知火を思い出しながら俺はそう言った。
「......黙りなさい」
顔を真っ赤にしながら不知火は呟くようにそう言った。こんなにも恥ずかしそうにしている不知火を見るの初めてだ。
「ぬい先輩、顔が赤いですぞ?」
「可愛い......んぐまああっ!?」
何故か俺だけ頬を殴られた。
「ふんっ」
鼻を鳴らす不知火。ちょっと、本当にちょっとだけ、彼女がフレンドリーになった気がする。
「あらら、レイグン様、大丈夫そ?」
「ぬいちゃんの拳ならご褒美でしかないから大丈......ぶるううっ!?」
次は往復ビンタをしてきた。
「ま、まあ......ぬいもち、俺に暴力振るうことも前まではなかったし、それだけ打ち解けたということで」
「逞しいですね。レイグン様」
そんな会話を蜂須賀としていると不知火が軽く肩を叩いてきた。先程のことがあるので、肩の骨を粉砕されるのかと思ってしまった。
「ねえ、お前」
「その、名前で呼んだことなくて何て呼んだら良いか分かんないからって、呼びかけに人称代名詞使うの止めない?」
まあ、ぬいもちに名前を呼ばれるのは違和感でしか無いが。
「お前」
「無視ですかそうですか。で、何?」
「お前、私の妹と知り合いなんでしょう」
「その通りですね」
「......やっぱり、何も無い」
「あそ」
不知火、確実に気にしてるな、ツインテちゃんのこと。
「ねー、ねー、レイグン様」
「どした」
「レイグン様って帰宅部ですよね?」
「そうだな。部活とかダルいし」
「文芸部とか興味ありません?」
「ウチの学校、文芸部なんてあったっけ」
少なくとも俺が入学してから今日に至るまで目にしたことも、耳にしたことも無い部活だ。
「あー、まあ、そういう反応にもなるか。二人でやってる部活ですしね」
「何で廃部にならないんだそれ」
「さあ......何ででしょうね。まあ、そんなことは良いとして。レイグン様、文芸部入ったらどう?」
「何故に」
「私の友達が居る部活なんですよ。......部員少なくて、廃部にされたら可哀想じゃん?」
「いや、まずお前が入れよ」
「梓たんは文章書くのとか苦手っていうかー」
何だコイツ。
「まあ、でも、確かに興味あるかもな。文芸部。どうせ、俺、三年生だから夏休みが終わる頃には引退するだろうし、入ってみても良いかも」
小説のネタには困らなそうだしな。
「見るな」
と、怒られてしまったが普通にグサデレちゃんとのラブコメとか面白そうだ。不知火には俺の処女作のメインヒロインのモデルになって頂こう。
「よっしゃ! じゃ、決まりね。放課後、一緒に部室行きましょう」
⭐︎
「ということで、文芸部に入ったので夕食遅れました。申し訳ありません。これからも以前より遅めの夕食になることが予想されますが、どうぞ、ご理解ください」
帰宅後、俺は筑前煮を中心とした和食を不知火の家に持っていき、そう断りを入れた。
「別に謝る必要は無いでしょう。何時も何時も、悪いわね」
「・・・・」
「何か言え」
「ぬいもち熱でもある?」
「ぶん殴るわよ」
「不知火の口から『何時も何時も悪いわね』なんて言葉が出てくるとは夢にも思わなかったから」
「私のことを何だと思っているの」
「引越しのご挨拶に伺ったら菓子折りを突き返してくる女の子」
「......事実だから否定はしない」
バツが悪そうに俺から目を逸らす不知火。やはり、前よりも少し丸くなった気がする。
「ぬいもち、ちょっと優しくなった?」
「何を以てそう判断しているのかは知らないけれど。相当、幸せな頭しているわね、お前」
前言撤回。彼女が優しくなったのではなく、俺が慣れただけかもしれません。
「はいはい。冷めないうちに食えよ」
そう言って俺が自分の部屋に戻ろうとすると、不知火が腕を掴んで引き留めて来た。
「待って」
「ん?」
「......部活、どうだったの? どうせお前のことだから滑り散らかして、浮きまくって、煙たがられたんでしょうけど」
不知火の中での俺のイメージどうなってんの?
「いや、逆だぞ。寧ろ、俺が部員さんに振り回された。部室に入るなり、ソーセージの材料の羊の腸で腕を縛られた」
「......は?」
いやまあ、そういう反応になるよな。
「兎に角、楽しかったぞ、割と。あ、いや、ぬいもちとの生活を疎かにするつもりは一切無いから安心してくれ」
「要らぬ心配をするな。後、『ぬいもちとの生活』とかいう最低に気持ち悪いワード、二度と使うな。くたばれ下等生物」
「アレ、ぬいたん人間見下す系の人外ちゃんに転向したの?」
「......? 私がいつ、人間を見下したのかしら。単細胞クン?」
「ぬいたん、罵倒の調子良いね。後、ぬいのクン呼びグッと来るものがあった。もう一回、霊群クンって言って」
「霊群クンショウモ」
「単細胞から細胞群体にまでレベルアップしちゃったよ。......兎に角、元気そうで良かった」
「待ちなさい」
「......何だよ」
ソワソワとしながら俺の腕をまた掴んでくる不知火に俺は問う。その様子から彼女が何らかの事情があって本題を切り出せないでいるのだとやっと、分かった。
冷静に考えて、俺に大して興味の無いぬいもちが部活について聞いてくる訳ないしな。
「・・・・」
「何か頼みがあるんだろ。言ってくれよ。多分、叶向関係だと思うけど」
俺の言葉に不知火はコクリと無言で頷く。
「......もう一回で良いから、あの子と話がしたい」
そして、か細い、震えた声でそう言った。
「......駄目だ」
「え......?」
不知火の顔から血の気が引いた。言葉を失う彼女に俺は笑いかけた。
「今は、な。......お互い、気持ちの整理が出来て、落ち着いたら、鈴木とアズアズにも頼んで、手伝うよ」
「......恩に着るわ」
ホッとした様子で、優しい口調で軽く頭を下げるぬいもち。
「おう。料理冷めただろうから、もう一回温めて来るな。待っといて」
「ええ」
冷めた料理をキッチンへと運ぶ俺の心は不思議と暖かかった。




