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二十挺目 終


『え、えっと......不知火先輩、ですよね。叶向ちゃんのお姉さん。御用というのは?』


 翌日の放課後、私は蜂須賀梓を呼び出した。場所は屋上への扉と3階の間、3.5階とも言うべき人気の少ない階段の踊り場である。


『少し、話をしてみたかっただけよ。叶向と喧嘩してたみたいだったから。ほら、あの子が貴方に罪を擦り付けようとしたとかで。叶向とは、どう?』


『......一応、今日、仲直りしました。叶向ちゃん、泣きながら私に【私はしてない。信じて】って言ってきて。あの日は私も混乱して叶向ちゃんを疑っちゃったんですけど、冷静に考えたら叶向ちゃんがそんなことする筈無いですよね。私、叶向ちゃんに酷いことを言っちゃって、凄く後悔してます』


 落ち込んだ様子で彼女は溜息を吐き、俯いた。

 仲直り、か。


『叶向がそんなことする筈無い、というと?』


『ええ。叶向ちゃんは私の親友の一人なんです。叶向ちゃん、明るくて優しくて良い子なんですよ。......あ、お姉さんなら知ってるか』


 どうやら叶向は本当に蜂須賀梓という少女のことが好きらしい。私と同じ環境で育った癖に。自分もクズの一人の癖に。どうして、お前は『親友』なんてものを作っているんだ。

 苛立ちとはまた違う、名前の分からない感情がフツフツと湧いては頭の管の中を駆け巡った。


『ええ、知っているわ。たくさんね』


 自分を取り巻く人々の殆どを駒としか思っていないようなアイツが、唯一、心を許している少女。アイツが仮面を被ってまで真の友人として接している少女。




 蜂須賀梓を潰したら、アイツはどんな顔をするだろう。


『し、不知火先輩? 顔が強張ってますけど、大丈夫ですか?』


 此処でこの少女を階段から突き落とせば、叶向はもっと顔を歪ませる筈だ。


『・・・・』


 私はゆっくりと蜂須賀梓に近寄った。


『あ、あのー? 不知火先輩? 何ですか? ......って、不知火先輩!? その怪我、大丈夫ですか?』


 蜂須賀梓が指差したのは昨日、叶向にライターの火で付けられた火傷だった。マスクで隠しているつもりだったのだが、マスクがずれていて見つかってしまったらしい。


『え、ええ。ちょっと、ね。ただの火傷よ』


 私はスッとマスクの位置を直し、そう言った。しかし、彼女は首をブンブンと振る。


『いやいやいやいや、ただの火傷ではないですよ! それ絶対! 範囲広いし、生々しいし。てか、そんな所に普通、火傷出来ますか!?』


『い、いや、その......』


『原因が何であれ、膿んでるっぽいですし、絶対保健室行った方が良いですよ! 一緒に行きましょ!? ね!?』


 蜂須賀梓は昨日の件で皆から犯人として非難され、激しい虐めに遭っていると叶向が言っていた。それなのに、この少女は目の前の私の心配をしている。


『......ふっ、ふふっ、ふふふっ。あははははははは! ひいっ! あはははははははっ。ふうっ......ふふふっ......』


 何故か突然、自分の意志と関係の無い笑いが込み上げてきて、止まらなくなった。


『し、不知火先輩? 悪魔に取り憑かれたみたいな笑い方してますけど大丈夫ですか? 祈祷師呼びます?』


『......大丈夫よ。ありがとう。聞きたいことが聞けて良かった』


 そう言うと、私は逃げるように彼女の前から立ち去った。


⭐︎


 学校を出た私はゆっくりと、家とは逆方向に歩いた。長年、背負っていた屑しか入っていない背嚢を捨て去ったかのような気分だ。

 線路の上に架けられた歩道橋に登り、下を見る。丁度、電車がガタガタと言わせながら走っていた。


『死ぬ気ですか』

 

 突如、聞こえてきた声に驚いて振り向くと、そこには幻中玲奈が立っていた。


『どうして此処に?』 


『貴方が校門を出た時から後をつけていました』


『どうして......?』


 私がそう聞くと彼女は静かに此方との距離を縮め


『何故、蜂須賀梓を巻き込んだのですか?』


と、低い声で聞いてきた。


『蜂須賀梓は私の妹と最も仲の良い友達。彼女を利用すれば、更に強いショックをあの子に与えられると思ったからよ』


 私の言葉に幻中玲奈は呆然とした様子で私を見つめ、ドサリと崩れ落ちた。


『・・・あ、ああ......そんな......』


 虚な目で空を眺めながら、譫言のように彼女は言う。


『......どうかしたの?』


『・・・私が貴方に叶向さんへの復讐を持ち掛けたのは、虐められていた私を庇ったことで虐めの標的にされていた蜂須賀梓を救うためだった。スクールカーストの最上位に位置する叶向さんによって築かれた秩序を壊せば、彼女への虐めも収まるかと思い......』


『何それ。じゃあ、貴方自身が、蜂須賀梓を更に追い詰めた、って訳?』


『・・・そんな......嫌......私、そんなつもりじゃ......』


 涙をボロボロと流し、歯をガタガタと言わせ、半笑いで彼女は頭を掻きむしった。


『私に話を持ちかけたときのお前の目は私よりもっと、向こうの方を見ていた。お前が見てたのは【蜂須賀梓の救済】だったのね。ずっと、気になってたから知れて良かった。ありがと、蜂須賀梓最大の敵【幻中玲奈】』


『・・・あああああああああああ......! いやっ! 嫌っ! ああああああ!』


 狂ったように叫ぶ幻中玲奈。私は彼女を心の底から軽蔑した。胃液が上ってきて、喉を焼く。


『黙って。人が来たら面倒』


『・・・......蜂須賀・・・さん......ごめ、ごめんね。ごめんなさい。何でっ、あっ、ああああっ!』


 徐に立ち上がり私の肩を掴んでくる幻中。彼女の顔は醜く、歪んでいた。私に負けず劣らず華奢な彼女の足に蹴りを入れ、バランスを崩した彼女の体をそのまま地面に叩き付ける。


『黙れと言っているでしょう、友達想いの幻中玲奈。蜂須賀が言っていたわ。【叶向は私の親友の一人だ】って。それって他にも親友が居るってことよ。......仮に彼女が貴方を親友の中に入れているのだとしたら、彼女があまりにも憐れで仕方ないわね。フフッ』


 脳震盪からか、それともあまりの絶望からかは分からないが、幻中玲奈は地面に倒れたまま動くことはなかった。

 此方に向かってくる電車が遥か遠くに見えた。その電車は段々と此方に近付いてくる。私は橋の柵から身を乗り出した。


『おい、止めろ! 何してんだ!』


 しかし、結局、通行人の男に見つかり、拘束され、警察に引き渡された。

 幻中玲奈はというと、私が通行人の男に捕まり、暴れているうちに逃げたらしい。

 











 












 原因不明の火災で家が全焼し、父が死んだのはその日の深夜のことである。

 保護者に引き渡される筈だった私と、私に同行していた警察は赤い車が何台も集まる家の前で立ち尽くした。




 その時の叶向の、妙に晴れやかな笑顔が頭にこびりついて今尚、離れない。

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