十三挺目 罵詈雑言
「は?」
「いや、ごめん。気付いたら不知火のことばっかり考えてる自分が居てさ」
不知火は雰囲気と目つきが悪いことを除けば、美人で可愛いとは思う。しかし、彼女に恋をしているかどうかと聞かれれば答えはNo。恋愛的な意味での好きという感情を俺は彼女に持ち合わせてはいない。
なのに、何故だろう。彼女のことが気になるのは。自然と、彼女に構いたくなるのは。不思議と、彼女に楽しんでもらいたい、喜んでもらいたい、彼女を笑顔にしたいと思ってしまうのは。
「......まさか、母性本能?」
「お前、いつから私の母親になったのよ。お前の遺伝子を受け継いでるとか反吐が出るんだけど」
「言い過ぎでは」
ふむ。やはり、分からない。最初は単に興味があっただけだった。陰気で、無愛想で、それでいて不思議な魅力を持つ彼女に惹かれただけだった。俺は今も、その延長線に居るのだろうか。
違う。そうじゃない。俺はちょっと、興味があるだけの奴に夕食を作ったり、何だかんだするような人間ではない。
じゃあ、何故俺は.......
「あ、霊群先輩じゃないですか! ......ぬい先輩も? まさか、まさか、まさかのデートですか!?」
俺が悩んでいるとテンションの高いそんな声が聞こえてきた。
「あー、アズアズか。うっす。何か久しぶりだな。そうそう、デート。事実上のな」
俺と不知火のアパートの真向かいの家に住む少女、蜂須賀梓が其処には立っていた。彼女は右手に何やらイチゴやバナナ、アイスに生チョコの乗った豪華なクレープを持っている。
「・・・・」
不知火は蜂須賀から顔を逸らし、嫌そうな表情をしながら凄い勢いでクレープを食べ始めた。一口の小ささを齧る速さでカバーしている。
「あははは、お邪魔だったみたいですね。ぬい先輩? こんにちはです」
蜂須賀は少し気まずそうにしながら、不知火に挨拶をする。
「......こんにちは」
不知火は掠れた声で小さく返事をした。無愛想、というよりも初対面の人間を相手にしたシャイな子供のような怯えが不知火からは感じられた。
蜂須賀曰く、彼女と蜂須賀は中学からの知り合いらしいのだが......。
「そ、その、ごめんなさい。折角、タマムラ兄さん、ぬい先輩をデートに誘い出したのに私に台無しにされたらアレですもんね。梓たんは気を遣える女の子なのでクールに去りますよ」
何だかとても悲しそうな表情をしながら、蜂須賀がその場を立ち去ろうとしたとき
「あ、霊群センパイじゃないですか! また、一人でお出かけです? 奇遇ですね。ありゃ、梓と一緒? もしかしてデート?」
クレープを片手に黒髪ツインテこと、叶向が現れた。
読み方知らないけど。叶えるに向かうって、書いて叶向ちゃん。君もクレープ買ったのか。
「あ、え、あ、叶向ちゃん!? ビ、ビックリしたあ。こうも立て続けに知り合いに会うとは......。てか、お二人面識有ったんだね。あはは」
叶向ちゃんの突然の登場に物凄く驚き、焦った容姿を見せる蜂須賀。少し、様子が変だ。
「ああ、この娘の彼氏と友達でな。てか、ツインテちゃん、叶向って名前だったのか」
俺的には蜂須賀と叶向が知り合いだったことの方が驚きなのだが。
「出鱈目な紹介止めて貰えます? 霊群センパイ。秋也さんは別に彼氏とかじゃなくて、ただの遊び担当の男なんですケド」
「彼氏じゃないまでは良いとして、遊び担当の男呼ばわりは流石に傷付いた」
と、相変わらず哀れな悲鳴を上げるのは俺の友人、鈴木。やはり、お前も居たのか。
......不知火、蜂須賀、鈴木、叶向、俺の知り合いフルコンプリートしたな。いや、俺の交友関係せま。
「というか、霊群センパイ、そっちの人、誰ですか? まさか、この前言ってたセンパイのお隣さん?」
叶向は依然として顔を逸らしたままの不知火に視線を向けた。既にクレープを食べ終え、黒マスクを装着して下を向いている。叶向からしたら、不審者にしか見えないだろう。
「うぇ、あ!? そ、それより叶向ちゃん、こっちもデート中みたいだからさ、お互い不干渉でいこうよ!」
俺が叶向の質問に答えようとすると、それを阻止するかの如く蜂須賀は会話に割り込んできた。
「まあ、そっか。でも、お互い自己紹介くらいし合っても良いんじゃない?」
「いっやあ、それはどうだろうなあ? あははは、ええっと、その、うーんっと」
執拗に不知火の名前を叶向に伝えようとしない蜂須賀。もしや、不知火のことだから名前を他人に知られるのは嫌だろうと彼女を慮っているのだろうか。何と思慮深い。
偉いぞ。梓たん。
「良いわ。蜂須賀さん。もう、良いから」
すると、蜂須賀の肩に手を置いてそう言うと不知火はキッと二人を睨み付けた。
「あ、えと、俺、同じく雲雀川の三年の鈴木秋也です。霊群の友達で......」
鈴木の自己紹介には全く反応を示さず、不知火は叶向の方を見る。
「......雲雀川高校三年、不知火望奈」
「雲雀川高校二年の不知火叶向よ」
叶向は何時もの敬語ではなく、タメ口で不知火にそう言った。
「「......不知火」」
俺と鈴木の言葉が重なる。不知火、極めて珍しいその苗字を持っていながら、二人に何の血縁関係も無いと考えるのは無理があった。
「不知火、いや、ぬいもち、妹居たのか!?」
「叶向、お姉さん居たのか!?」
確かに以前から叶向の纏う独特のオーラは不知火に何処となく似ている気がしていたが、まさか......。
「・・・・」
蜂須賀は沈黙している。叶向、不知火、どちらともと知り合いである蜂須賀は当然、そのことを知っていたのだろう。
彼女はその上で叶向と不知火を相対させようとしなかった。俺は何故だろうと首を傾げたが、その理由は案外、直ぐに分かった。
不知火叶向と不知火望奈、二人の間で流れる空気が普通の姉妹のものではなかったのである。お互いの腹を探り合っているような、蛇と蛇が睨み合っているような、そんな様子だ。
「黙っててごめんなさい。私、ご覧の通り、姉が居るんですよ。世間にお見せできないような出来損ないの姉だから黙ってたんですけどね」
叶向は笑いながら手に持っていたクレープを鈴木に預け、ぬいもちに詰め寄った。俺は只事ではない空気を感じ取り、ぬいもちの前に立つと、叶向から彼女を守るような格好をする。
「......何言ってんだお前」
「怒らないで下さい、霊群センパイ。そんな女、守る必要無いですよ。センパイもよく知っているでしょ? その女が酷く陰気で、卑怯で、気持ちの悪い独りよがりな人間だってことくらい。止めた方が良いですよ。こんな女」
クスクスと笑うような口調ではあるが、叶向の目は全く笑っていなかった。
「叶向! お前、何を言って......」
「黙ってて下さい」
叶向は怒鳴ろうとする鈴木を一発で止めてしまう。それほど彼女の言葉は殺気立っていて、冷たかった。
「......罵詈雑言を好きなだけ並べて、スッキリした? 表面だけの薄っぺらい友人関係を構築して、人を吊し上げて、笑い物にして、自らの無能と低脳を隠そうとする癖は高校生になっても抜けていないのね、貴方。酷く惨めよ」
決して、大きくなく、かといって小さくもなく、確実に叶向の耳に届く程の声量で不知火がそう言った。
「自分が友人の一人も作れない惨めな人間だからって、人の交友関係を馬鹿にするのは止めてくれないかなあ、お姉ちゃん。後、無能も低脳も全部、お前のことだろ。......てか、何であなた、霊群センパイと仲良くしてるの? やっぱり、孤独は寂しかった?」
「妄言を吐くのは其処までにしなさい。ままごとのように『友人』を作って、自分の埋まることのない孤独をどうにか埋めようとしているのは貴方じゃないの?」
「あー、はいはい。うっさい、うっさい。そっか、そっか。霊群センパイ、優しいからこの性悪陰鬱女を憐れんで仲良くしてあげてるんですね? でも、そんなことしなくて良いですよ。この女は相応のことをしているから周りに人が居ないんです。もうこの女に関わらない方が良いですよ」
彼女が囁くように俺に言うと、望奈は叶向の前に立つ俺を自分の方に引き寄せ、俺の手をギュッと握ってきた。
「帰るわよ」
俺にそう耳打ちをすると、不知火は叶向の横を通り、俺の手を引っ張りながらその場から立ち去った。




