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第47話 ラティさん、むきになる

「盛り上がっておるところを邪魔して悪いがのう。おぬしら、そろそろ中に入らぬか?」


 いつまでも神殿に入ろうとしねえ俺たちにしびれを切らしたのか、再びウォーロが急かしてきた。


「我らの女王が、待ちかねておるわい――ほれ」


 パチン! 戦いの神が軽く指を鳴らせば、重厚なつくりの大扉が蝶番を軋ませ、ゆっくりと開く。


「……行きましょメリック、デュラム君も」

「お、おう」


 表情を引き締めて歩き出したサーラの後を追い、俺とデュラムも神殿の中へ。姫さんや入り口で迎えてくれた神々も、俺たちの後についてきた。

 中に入ってまず目についたのは、左右の列柱。右に十本、左に十本――丈夫なレヴァン杉に精緻な彫刻を施した柱が等間隔で並び、重い切妻屋根を支えてる。列柱の向こうに見える壁にかかってるのは、巧みな機織りの技で神話や伝説の場面を表したつづれ織(タペストリー)だ。

 左右に好奇の目を向けながら奥へ進むと、やがて祭壇の前に行き着いた。神官や巫女さんが神に祈り、供物を捧げる神聖な場所。そこで俺たちを待ってたのは――。


「遅いですわよ、フランメリック様」


 リアルナさんこと神々の女王、月の女神セフィーヌ。


「しかり! おぬしら、神を待たせるとは何事ぞ!」

「まあまあザバダ、そう怒ることはないでしょう? こんな町外れの神殿まで来ていただいたのですから、私はもっと丁重にお迎えするべきだと思いますがねえ」


 海神ザバダと、風神ヒューリオス。

 一番後ろで胡坐をかき、不機嫌そうに頬杖ついてる包帯ぐるぐる巻きの巨人は……雷神ゴドロムか。俺たちの後についてきた四人と合わせて、これで八人。メラルカを除いて、この町に来てるすべての神々が一堂に会したわけだ。

 いや……待てよ?


「一人、二人、三人……六、七、八……九、十人?」


 改めて数えてみると、二人多い。向こうの柱の陰に、もう二人――九人目と十人目がいる。誰かと思えば、それは――。


「しばらくだね、坊やたち」

「げ! ラティさん?」

「ふん、『げ!』とはずいぶんなご挨拶だね。このあたいが折角、会いにきてあげたってのにさ」


 左右に腰を揺らしつつ、気取った足取りで柱の陰から出てきたのは、なんと火の神(メラルカ)の娘さんじゃねえか。後ろに従えてるのは、先日デュラムやサーラを苦しめた、黒ずくめの暗殺者(アサシン)だ。


「あ、ああ。こりゃすまねえ……あいてッ!」


 素直に無礼をわびたら、サーラにほっぺたをつねられた。


「もう。なに謝ってるのよ、お人好し。この子はメラルカ様の眷属、あたしたちの敵なのよ?」

「いてててて! お、お前だってこの前は、泣いてるラティさんを慰めてやってたじゃねえか」

「あれは、その……まあ成り行き上、仕方なくよ」

「ふん、相変わらず仲がいいじゃないのさ。(パパ)様が妬くのも、わかる気がするよ」


 くびれた腰に右手を当てて、薄く笑うラティさん。


「それより、どうしてあなたがここにいるのかしら。あたしたちに、何か用があって来たの?」


 サーラがまっすぐな、揺るぎない眼差しを向けて来意を問うと、火の神(メラルカ)の娘さんは「う……」と言葉を詰まらせた。気まずそうにうつむきながらも、魔女っ子の方をちらちらと見て、


「この前は……ありがと」


 どうにか聞き取れるくらいの小声で、そう言った。

 ラティさんの奴、俺には普段の小生意気な態度を崩さねえが、サーラに対しちゃしおらしいぜ。先日世話になったこともあって、魔女っ子にゃ多少なりとも恩を感じてるのかもな。

 メラルカの娘さんは、それからしばらく黙ってたが、やがて気を取り直したのか、こう話を切り出した。

「今日は、あんたたちに警告しにきたのさ。サンドレオの皇子様を退けて、これでめでたし、大団円――なんて思ってるなら、大間違いだってさ」

「いや、まだ終わりじゃなさそうだって気はしてたけどさ」


 俺の言葉を無視して、ラティさんは続ける。


「あたいの(パパ)様は、強いだけじゃなくて頭もいいんだからね。サンドレオの皇子様を利用して神授の武器を手に入れる計画は上手くいかなかったけど……今頃はもう、次の手を考えてるんだから」

「……っ!」


 表立った動きこそあまりなかったが、やっぱりメラルカも、この町に隠された神授の武器を手に入れようとしてやがったのか。それも、レオストロ皇子を利用して……だって?

 俺が驚いた顔してるのを見て、ラティさんは気をよくしたようだ。調子に乗って、俺たちが知らねえことを得意げに、ぺらぺらと喋り出した。


「そうさ! あの皇子様に、この町に隠された神授の武器を手に入れるようそそのかしたのは(パパ)様なんだよ。まあ、もっともあの皇子様、神授の武器のありかを知ってたこの町の前太守を殺しちゃったり、フォレストラの王女様との話し合いを途中で切り上げて帰ろうとしたりして、なかなか(パパ)様の思い通りには動いてくれなかったみたいだけどね」

「……あんたの親父さん、何をたくらんでやがるんだよ?」


 時々俺たちの前にふらっと現れて、しもべにならねえかって誘ってみたり、この町が火の海になるとか予言じみたせりふを吐いたり……この前は暗殺者(アサシン)をけしかけてきやがったが、結局何が目的なのかはっきりしねえ。神授の武器を集めようとしてるってことは確かみてえだが、その理由となるとさっぱりだ。

 娘のラティさんなら、何か知ってるんじゃねえかな。

 たずねてみると案の定、炎の王の娘さんは小憎らしい答えを返してきやがった。


「ふふん、教えてあげてもいいよ――あんたたちが、(パパ)様のしもべになるならさ」

「冗談じゃねえ。そんな取り引き、応じるわけにゃいかねえぜ」

「ふん、そうかい。なら、教えてあげないよ」

「……っ! あんたなあ……!」

「メリック、あたしに任せて」


 熱くなってきた俺を手で制し、前に進み出たのはサーラだ。

 とんがり帽子の魔女っ子は、澄んだ藍玉(アクアマリン)の瞳でラティさんをまっすぐ見つめ、


「ねえ、あなた。そんなこと言って、本当は何も知らないんじゃないの?」


 と、問いを投げた。


「なっ……!」


 途端にラティさんが、顔色を変える。どうやら、図星みてえだ。


「な……何さ、あたいはメラルカ(パパ)様の娘なんだよ? 知ってるに決まってるじゃないのさ!」

「また強がり言っちゃって。動揺してるじゃないの、怪しいわよ」

「ど、動揺なんて、してないんだから!」

「そうかしら? それにしちゃ、顔が赤いわ。それにほら、汗もかいてるし」

「……っ!」

「いいのよ、無理しなくて。実は知らないんだって、素直に認めなさいよ」

「し、知ってるったら、知ってるんだから……!」


 サーラの奴、以前俺がラティさんを泣かせちまったときに、その様子をそばで見てて、この人を上手くあしらうこつをつかんだに違いねえ。

 魔女っ子の挑発にいちいち乗ってむきになるラティさんは、見てておかしくもあり、今にも泣き出しそうでかわいそうでもあり……さて、どうしたもんか。

 幸い、今回はラティさんが泣き出す前に、リアルナさんが口を挟んでくれた。


「――実はわたくしも、その件についてお話しするつもりでしたの」


 月の女神は軽く手を振り、涙目のラティさんを後ろへ下がらせると、俺たちを差し招いた。


「ラティルケの言う通り、メラルカはおそらくすでに、次の手を打とうとしていますの。それに、サンドレオの脅威もまだ、消え去ったわけではありませんわ――どうぞ、こちらへ」


 リアルナさんに促され、祭壇に上がる俺たち。

 いわゆるご神体ってやつだろうか。祭壇にゃ、黄金と白銀で縁を飾った青銅の鏡が一つ、祀られてた。俺とデュラム、サーラが三人がかりでやっと持ち上げられるくらいのでっかい円鏡だ。相当な年代もんらしく、かつては神々しく光り輝いてたであろう表面はすっかり錆びついちまって、青緑に変色してる。


「鏡よ鏡~鏡さん♪ ぴかぴか、きれいにな~れっと♪」


 チャパシャがとっとっと小走りにやってきて、大事そうに抱えてる水瓶の中身を、錆びた鏡に浴びせかける。すると――どうだ。たちまち年月の垢は洗い落とされて、鏡は往時の輝きを取り戻したじゃねえか。


「…………そこの人間。あまり驚かないのね」


 背後に立つ大地の女神にそう言われて、俺は苦笑した。


「もう慣れちまったよ、トゥポラ様」


 半年前、シルヴァルトの森で神々と出会って以来、この連中の魔法は何度も見てきたからな。今さら、ちょっとやそっとのことじゃ驚かねえよ。

 そう思った矢先のことだった。


「では、こんな魔法はどうですの?」


 リアルナさんに促され、俺たちは鏡の前に立った。鏡面にゃ、俺と妖精(エルフ)の美青年、魔女っ子の顔が、そっくりそのまま、きれいに写ってる。けど――。

 月の女神が手をかざすと、その顔が三つとも、ぐにゃり、ぐにゃっと歪み始めた。まるで、炭火の上でとろけ出した、乾酪(チーズ)のように。


「……っ!」


 鏡に写る俺たちの歪んだ顔は、絵描きが調色板(パレット)の上で混ぜ合わせる絵の具みてえに溶け合い、ぐるぐると渦を巻き出す。


「これは……?」


 それまで黙ってたデュラムが、かすかに眉を動かし、驚きの声を漏らした。優に百年以上の時を生きる妖精(エルフ)にとっても、目の前の光景は驚嘆に値するもんらしい。

 ぐるぐる、ぐるぐる。時の神(クレオルタ)が一歩進む度に、勢いを増す渦巻き。やがて、その中心から光が溢れ、一気にこっちへ押し寄せてきて――。


「どわあぁっ!」


 思わず目を背け、両手で顔面をかばった。まぶしくて、目を開けちゃいられねえ。こいつぁ一体、なんの魔法だよ? リアルナさんの奴、何をしようってんだ。

 しばらく待って、目を開けてみると――。


「……? な……なんだよ、こりゃ……?」


 鏡に映ってるのは、俺たちの顔でも、それらが溶け合った渦巻きでもなく――ここじゃねえ、どこかの景色だった。


「まばらに草が生えた荒野と、遠方に見える砂漠――おそらく、フォレストラとサンドレオの国境あたりだろう」


 鏡に映し出された荒涼たる景色を見て、デュラムが場所の見当をつけた。


「そう言えば、あの砂漠……見覚えがあるぜ」


 フォレストラ王国の南東に位置し、領土の大半を砂漠が占めるというサンドレオ帝国は、俺にとっちゃほとんど未踏の国だが、その西端に広がるサロハリアン砂漠なら、一度行ったことがある。ちょうどデュラムの奴と、知り合った頃のことだ。

 今、鏡に映ってる砂の海は、まさにあのとき、駱駝で(シルク)を運ぶ隊商(キャラバン)と一緒に旅した砂漠じゃねえか。


「ご名答ですわ、ウィンデュラム様」


 と、リアルナさんがデュラムを賞賛した。


「これは遠く離れた場所の景色を、鏡に映し出す魔法。今お見せしているのは、フォレストラとサンドレオの国境、あなた方がサロハリアン砂漠と呼んでいる地の外れですわ」

「こんなもんを見せて、一体どうしようってんだよ……?」

「見て、メリック」


 サーラに手を引かれて鏡を見ると、荒野を行く人と馬、駱駝の群れが映ってた。

 人は、ほとんどが革や金属(かね)の鎧兜に身を固め、剣や槍、弓矢で武装した戦士たちだ。大半が人間だが、目を凝らすと妖精(エルフ)小人(ドワーフ)鬼人(トロール)もちらほらと見える。


「あれは……サンドレオの軍勢か」

「ああ、そうみてえだな」


 確かレオストロ皇子と戦った日の朝、ナボン太守が言ってたっけ。サンドレオの大軍勢が都を発って、この国との国境へ向かってるって。皇子様との勝負の後、姫さんが他の使者たちと話をつけたことで、奴らが攻め込んでくる最悪の事態は回避されたはずだが……?

 リアルナさんの手で魔法をかけられた鏡は、さらに驚くべきもんを映し出した。サンドレオの軍勢の後方に、明らかに見覚えがある、恐ろしくでっかいもんがそびえてる。それは――。


「あ、あの攻城兵器じゃねえか……!」


 そう。つい先日、レオストロ皇子がどこからか持ち出してきて、この町の東門を破らせようとした機械仕掛けの(ドラゴン)――〈攻城竜塔〉。あれは大地の女神様の手で、ぶっ壊されたはずだ。それなのに……どうして?


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