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第48話 姫さんは俺を堪能したい

「驚いたわね。つくられたのは、一つだけじゃなかったなんて」


 サーラがそうつぶやくのを聞いて、俺も気づいた。鏡に映る〈攻城竜塔〉は、一つじゃねえってことに。


「二つ……いや三つかよ!」


 先日破壊された一台とほとんど同じ大きさ、形の〈攻城竜塔〉が三台、並んで動いてやがる。後ろ足に取りつけられた車輪をゆっくりと回し、口からは炎の舌を出し入れしつつ、前進してやがるんだ。


「じょ、冗談じゃねえぞ……!」


 一台だけでも充分すぎる脅威で、俺たちの力じゃどうすることもできなかったんだ。幸い、先日は大地の女神様がぶっ壊してくれたが、あんな化け物じみた攻城兵器が同時に三台も攻め込んできたらどうするか。そんな不安がぞわぞわと、背筋を這い登ってくる。

 けど……幸いにも、今回に限っちゃ、その心配は不要みてえだ。



 ――なに、都へ戻れだと?



 突然、鏡がぶぅんと震えたかと思うと、初めて聞く男の声が、神殿の天井に反響した。



 ――どういうことだ、レオ。ここまで来て、引き返せというのか? 馬鹿なことを言うな!



 ちょうど今、鏡に映った若い男――攻城兵器の傍らに立つ、軍勢の将らしき青年の声みてえだ。それが、遠く離れたコンスルミラの神殿にいる俺たちにも聞こえるなんざ、どんな魔法が働いてるんだか。



 ――お前がフェイナ王女との話し合いをわざと決裂させて、それを口実に戦を再開させるんじゃなかったのか? 俺も手はず通り、先手を打ってフォレストラに攻め込めるよう、急いでここまで軍勢を進めてきたんだぞ。この〈攻城竜塔〉三台も、昨夜小人(ドワーフ)たちに徹夜で組み立てさせたんだ。なのに、今さら……。

 ――すまん、パル。忌々しいが、フォレストラとは当面、休戦を続けることになった。実は予想外のことが起こってな。認めたくないが、この俺が……剣の勝負で、敗れた。



 また別の――今度は聞き覚えのある声がした。鏡の向こうで軍勢の大将と話してる金髪の美青年は、忘れもしねえ、あの人だ。


「レオストロ皇子じゃねえか……!」


 あの傍迷惑な皇子様が率いるサンドレオの使節団は、すでに三日前、姫さんやナボン太守に別れを告げて、この町を出発してる。それが今、フォレストラとの国境まで進撃してきた帝国の軍勢と合流したようだ。

 皇子様から話を聞いて、軍勢の大将が顔色を変えた。



 ――そんな馬鹿な! 神々の血を引く英雄――〈獅子皇子〉と呼ばれるお前が負けただと? 相手は一体誰だ? ウルフェイナ王女か、それともコンスルミラのナボン太守か?

 ――いや。仲間を二人連れた、フランメリックという冒険者だ。

 ――フランメリック? 数年前、南のイグニッサ王国で失踪した第二王子と同じ名前だな。まあ、ただの偶然だろうが……。



「話し合いを、わざと決裂させて――だとっ!」


 姫さんが、きゅっと唇を噛み締めて、唸った。


「レオストロめっ……我が国と、また戦を始める口実をつくりに、ここへ来ていたのかっ!」

「あの皇子様、あなたに無理な条件を突きつけたり、話し合いを途中で放り出して帰ろうとしたりして、どうも本気で和平を結ぼうって感じじゃないと思ったら、そういうことだったのね」


 合点がいったって顔して、サーラが姫さんを見やる。


「ああ。今回もまた一つ、お前たちには借りができたな」

「借りだなんて、そんな……っておい、姫さん?」


「大袈裟だぜ」って言うつもりが、途中で言葉が出なくなっちまった。フォレストラの王女様が、すっとこっちへ手を差し伸べ――俺の首に腕を回して、抱きついてきたからだ。


「お、おい……!」

「ほう? これは大胆ですねえ」


 風神ヒューリオスが冷やかすように、口笛を一吹きする。その足下でつむじ風が渦を巻き、主の真似をしたくなったのか、ぴゅうと一声鳴いた。


「ちょっ、姫さん、あんた……!」


 さっきも水の女神様に抱きつかれてびっくりしたが、あの人の見た目は十二、三歳くらいの幼い女の子だ。一方の姫さんは俺と同い年くらいで、顔も体も、かなり大人びてきてる。胸はちょっとした拍子に揺れて弾むくらい大きいし、腰も細く締まってて、向き合うとついつい、そういうところにばかり目が行っちまう。

 ……いや。駄目だ、見ねえぞ! 年頃の女の子をじろじろと、いやらしい目で見るなんて。そんな礼儀に反することは、絶対できねえ。

 目を堅く閉じ、むらむらと込み上げてくる男の欲望に、必死に抗う俺。けど、フォレストラの王女様は高貴な女性の習慣として、髪に香料を焚きしめてるらしい。南のアビ・アラ半島で産する、乳香か没薬だろうか。甘い香りが、鼻をくすぐってくる。おまけに体の――特に胸の柔らかな感触も、否応なく革鎧越しに伝わってくるわけで……。


「――お前たちがレオストロに一泡吹かせてくれなければ、奴との話し合いは決裂に終わり、我が国はサンドレオと再び戦火を交える羽目になっていたはずだ。フェルナース大陸の東西を結ぶ交易の要衝として栄えてきたこの町も、あの攻城兵器に攻められて、火の海になっていたかもしれない」


 姫さんの抱擁から逃れようと必死な俺の耳元で、フォレストラの王女様は、そうささやいた。


「フォレストラを代表して、礼を言わせてくれ。お前たちには、感謝している」

「お、俺たちゃそんな、大したことはしてねえよ!」


 礼を言われるのは嬉しいが、大袈裟すぎるぜ。


「そんなことはない。私もナボンも、この町の住人たちも皆、同じ気持ちだ。お前たちこそ、英雄と呼ばれるにふさわしい」

「持ち上げすぎだぜ、姫さん」


 俺たちが、英雄だなんてさ。


「ちょっと、フォレストラの王女様。あたしの弟分に何やってるのよ?」


 そのとき、俺と姫さんがいつまでもくっついてるのを見かねたのか、サーラが棘のある言葉をかけてきた。


「メリック、あなたも人前で……というか神様たちの前でいちゃいちゃしないの。ほら、早く離れなさいよ!」


 ぷんすか、ぷんぷん! サーラの奴、焼き立て熱々の麺麭(パン)みてえにほっぺたふくらませて、すっかりおかんむりみてえだ。


「あ、ああ……わかったぜサーラ。というわけで姫さん、そろそろ解放してくれねえかな……って、むぎゅう!」


 放してもらえるどころか、さらにぎゅーっと抱き締められた。


「こうしてお前と触れ合える、せっかくの機会なんだぞ。けちなことを言わないで、もう少しお前を堪能させろっ!」

「た、堪能って、俺は料理かよ!」

「ああ……お前の頬はきめ細かくてすべすべだなっ! まるで女の子のようだ。侍女の格好をさせたら、さぞかし似合うだろうなっ!」

「んっ……! た、太陽神リュファトにかけて、絶対似合わねえって!」

「うんうん……すごいな、このうっすら割れた腹! 筋肉が硬く締まっていて、触り心地抜群じゃないかっ。さてはあの妖精(エルフ)と、毎晩(しとね)の上で鍛えているなっ!」

「人の話聞けよ! ってか姫さん、あんた何か間違った想像してるんじゃ……ひあぁっ!」


 暴走気味の姫さんに、むき出しの腹を揉みほぐされて、たまらず変な声を上げちまう。

 それを聞いた大地の女神(トゥポラ)が、仮面のような無表情を崩さずに、ぼそりとつぶやいた。


「…………そこの人間。ずいぶん色っぽい声を出すのね」

「ひ、姫さんが、いやらしいこと、するからじゃねえか、んんっ!」

「ああ、もう! なに喘いでるのよ、メリック!」


 魔女っ子が悔しげに両手を振って、声を上げる。


「ねえ、そこの淫らな王女様! メリックに変なちょっかいかけないでくれるかしら!」

「ふん、魔女めっ。私とフランメリックの仲に、嫉妬しているのだろうっ!」


 意地悪な笑みを浮かべて、魔女っ子を見返す姫さん。

 そう言えばこの二人、相性悪いんだっけ。すっかり忘れてたぜ。


「嫉妬って何よ! あたしの方が、この子とのつき合いは長いんだから……って、ちょっと! 聞いてるの? ああもう、離れなさいよ!」


 優越感に満ちた眼差しを向ける〈狼姫〉に負けじと、魔女っ子が俺に抱きついてきた。腰に手を回して、自分の方へ引き寄せようと、ぐいぐい引っぱってくる。

 小柄な体に似合わず、結構な力だ。


「あ、おいサーラ、そんなに強く引っぱると、ぐえっ……!」


 姫さんには首を、サーラにゃ腰を締め上げられて、苦しいことこの上ねえ。


「あらあら、両手に花ですわね」

「呑気なこと言ってねえで助けてくれよ、リアルナさん!」


 そう助けを求めてみたが、月の女神は薄情だった。


「あら、せっかくの見物ですもの。邪魔するなんて、無粋な真似はしませんわよ?」

「しかり! まっこと結構な見物ゆえ、わしらは決して邪魔立てせぬわい」


 他の神々もリアルナさんと同様、面白がって見物を決め込んでやがる。

 いい気なもんだぜ、神様ってのは……。


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