第46話 町外れの神殿
姫さん曰く、神々は今、町外れの神殿にいるとのことだった。
まだナボン太守の館に居座って、中庭で焼肉大宴会なんざしてるのかと思ったが、いつの間にか居場所を変えてたらしい。
ナボン太守と別れた俺は、デュラムとサーラに声をかけ、姫さんと四人で、その神殿へ向かった。町の大通りを通って日時計がそびえる広場まで行き、そこから市場へ入る。相変わらず商人とお客が賑々しくやってる中を擦り抜け、町の外れへ――。
途中、いたるところで、住人たちに声をかけられた。
「おお、フェイナ様だ、フェイナ様がおいでなすったぞ!」
「相変わらずお美しい。しかし、いつ見てもきわどい格好をしておられることよ」
「ねえ、ご覧よ! フェイナ様のお客人になってる冒険者様と、お仲間の二人も一緒だわ」
「あの三人、サンドレオの〈獅子皇子〉に勝ったそうじゃないか。大したもんだねえ……!」
「うおぉおぉ! フェイナ様万歳、フェイナ様あぁあぁ!」
「……人気あるんだな、姫さん」
俺が姫さんに笑いかけると、フォレストラの王女様は苦笑して、
「人気なのはお前たち三人の方だ、フランメリック」
と言う。
「今この町は、お前たちの噂で持ちきりだぞっ。レオストロに勝って、フォレストラの平和を守った勇者たち、再びサンドレオとの戦が始まるのを防いだ英雄たちだとなっ!」
「そんな大袈裟な……って、ありゃなんだ?」
行く手におかしなもんが見える。町角で商人らしい裕福そうな連中――人間だけじゃなく、妖精や小人もいる――が、貧しい農民、あるいは工匠とわかる身なりの人たちに、何かを配ってる。
群がる農民、工匠の歓声に混じって、商人たちのこんな声が聞こえてきた。
「ああ、こら押さないで。麺麭ならまだ、たくさんあるから。ほらそこ、慌てない慌てない!」
「まったく、わしもお人好しになったもんじゃ。いくら太守様からペシアル産の珍しい絨毯をいただいたとはいえ、代わりにこれだけの売り物を、こやつらにただでくれてやるとは」
「へえ、あんたは絨毯だったのかい。わたしゃ、チャナタイの陶磁器だったよ。雨上がりの空みたいにうっすら青みを帯びてて、裏に手をかざすと透けてみえるような逸品さ!」
「俺は、象牙の象嵌細工が施されたレヴァン杉の机と椅子だったぞ。売れば五万……いや十万リーレムは下らん品だな。ここでの損失の、埋め合わせには充分だろう」
「まあ、普段は金儲けのことばかり考えている我々だが、たまにはこうして貧しい連中に手を差し伸べてやらんとな。そら、お前ら特別奉仕だ、持っていけ!」
商人たちが何をやってるのか、姫さんにたずねてみると、こんな答えが返ってきた。
「ナボンの館に、先代太守が集めた高価な品があったのを覚えているかっ?」
「ああ、そう言えば……」
「この町ではあれを時々、少しずつ商人たちに与えて、その代わり食料や衣服、薬など暮らしに必要な品々を、ああやって農民や工匠に無償で配らせている。貧しい者を救済する策としてナボンが提案したのを、私が始めさせたのだ。皆の暮らしが、少しでもよくなればいいと思ってな」
「……そうだったのかよ」
ナボン太守も姫さんも、てっきりあのお宝に囲まれて、贅沢な暮らしをしてるのかと思ってたんだが……この町の住人たちのために、手放してたのかよ。
「元はと言えば、先代太守が町の住人たちから搾り取った税を使って、買い集めていたものだからな。それに、私はああいった贅沢品にはあまり興味がないし、ナボンもあの手の奢侈とは無縁だった男だ。あれと引き換えに少しでも民を救えるのなら、別に惜しいとは思わないぞっ。もっとも……私を嫌う者たちからは偽善だの、権力者の自己満足だのと非難されることもあるがな」
最後のあたりで、ふっと寂しげに表情を曇らせる姫さん。王族として政治に関わってるからにゃ、どうしたって敵はできちまうだろうからな。そんな謗りを受けることも、あるんだろう。
実際のところ、あれらのお宝と引き換えにどれくらいの人を救うことができてるのか、貧民救済の策としてどれほどの効果があるのかは、俺にゃわからねえ。それでも……。
「俺は、いいことだと思うぜ? 世の中、他人がやることを批判したがる奴は大勢いるだろうしさ。そんなのは気にしねえで、これはやるべきだって思うことを、どんどんやればいいじゃねえか」
俺なんかが、こんな言葉をかけたところで励ましになるかどうか、自信はなかったけどさ。姫さんは、ちょっぴり嬉しそうな顔をした後、照れを隠すように、こう言った。
「――さ、さあ。神々がお待ちだ。急ぐぞっ!」
姫さんが自ら案内してくれた神殿は、高級建材として珍重されるレヴァン杉を惜しげもなく使った切妻屋根の平屋で、木造ながら神を祀る場所にふさわしい、荘重なつくりだった。
「ったく、遅いじゃねぇかぁ。待ちくたびれたぜぇ、人間」
竜の彫刻が施された、入り口の大扉。その前にゃ大地母神トゥポラと、なぜかその背後に身を隠してる水の女神チャパシャ、それに森の神ガレッセオがいた。それと、もう一人――。
「おう。ようやく来おったか、人間の小僧」
小人の姿をした戦いの神が、戸口の脇で胡坐をかいて、俺を迎えてくれた。
「ウォーロ……様じゃねえか」
「おまけのように『様』などつけずともよいわ。それより皆、おぬしらが来るのを待ちかねておる。ほれ、さっさと入らぬか」
よっこらしょっと立ち上がり、傍らに置いてた諸刃の戦斧を担いで、俺たちを急かす軍神。
「罠ではないだろうな、戦いの神」
用心深い、っていうより疑り深いデュラムが、ウォーロを真っ向から見すえ、問う。
「デュラム、お前またそんなこと言って……」
「神々は皆、気まぐれだ。先日は貴様の肩を持ってくれたからといって、今日も好意をもって接してくれるとは限らん。突然、悪意の牙を剥くかもしれんぞ」
「そこな妖精の言う通りじゃて」
髭面を歪めて、ウォーロが苦笑した。
「わしらは気の向くまま、思うがままに振る舞う者。おぬしら地上の種族が用心するに越したことはない。じゃがのう――」
と、途中で言葉を切って、戦いの神は真顔になる。
「わしらは今、それほど退屈もしておらぬゆえ、おぬしらに害をなすつもりはないわい。満腹の獅子が目の前を通る羊を見ても、襲いはせぬようにのう。ゆえに小僧、そこな妖精も魔女も安心せい」
「信じていいのかしら?」
サーラが念を押すように、そう問うと、
「おうとも。この諸刃の戦斧にかけて、今の言葉に嘘偽りはない」
「…………私も、あなたたちには危害を加えたりしないわ」
「俺様も、以下同文だぜぇ」
と、神々が口々に答える。
この様子だと、神々にゃ俺たちを神殿の中へ誘い込んで罠にかけようとか、そんなつもりはなさそうだ。
そんなことを考えてると、不意に――。
「えっと……あの~、人間さんたち?」
ちょんちょん。大地母神の背後にいた水の女神様が、いつの間にか俺の傍らに来てて、指で脇腹を軽く突いてきた。
「……? どうしたんだよ、チャパシャ様」
普段は無邪気で笑顔を絶やさねえこの女神様にしちゃ、やけに表情が神妙だぜ。どうやら、何か言いてえことがあるみてえだ。
水瓶抱えた小柄な女神様は、湖面のように潤んだ青い瞳でこっちを見上げ、訥々と語る。
「えっと……この間は、ごめんね。そっちの妖精さんが怪我したのに、チャパシャ、あんまり魔女さんに力を貸してあげなくて」
「……ああ」
先日、デュラムが俺をかばってレオストロ皇子に斬られ、その傷をサーラが魔法で治そうとしたときのことを言ってるようだ。
「あのときチャパシャね、お腹空いてたの。それでね、それで……」
くう~。最後まで言い切らねえうちに、女神様の腹が可愛く鳴った。
「あ……」
「腹減ってると力が出ねぇんだよぉ、こいつ。許してやってくれよなぁ、人間」
恥ずかしそうに、赤くなってうつむいちまうチャパシャ。その肩に手を置いて、ガレッセオが陽気に笑う。
「あん! ガルちゃん、余計なこと言わないでよ~!」
むーっとふくれっ面になって、水瓶抱えた女神は樹木と獣の神をにらんだ。それからこっちへ向き直ると、上目遣いに俺を見ながら、こんなことを言う。
「あんなことしちゃったのに、信じてなんて言えないけど……チャパシャも人間さんたちにはちょっかいかけないからね。だから……」
「もう、過ぎたことです」
妖精の美青年がチャパシャの言葉をさえぎり、ぴしゃりと言い放った。それから俺の耳元に口を寄せ、
「私からはこれ以上、言うことはない。あとは、貴様とサーラさんに任せる」
そうささやいて、ぷいっとそっぽを向いちまう。
「お、おいデュラム、お前なあ……!」
あとは任せるなんて言われても、俺はこの女神様にどう答えりゃいいんだよ?
サーラに目で助けを求めると、とんがり帽子の魔女っ子は「もう、仕方ないわね!」とでも言うように、ちょいと肩をすくめてみせた。それから、チャパシャの前に来て屈み込み、水の女神様と目線を合わせて、こんなことを言う。
「ねえ、チャパシャ様。あのときのことなら、デュラム君の言う通り、もう済んだことだし、あたしも気にしてないわ。それにあたし、いつでもどこでも神様が力を貸してくれるなんて、思ってないから」
「相変わらずさっぱりしてるな、お前……」
大抵のことはすぐ水に流しちまうのが、この魔女っ子のいいところだぜ。
ちなみに、俺はというと――今、女神に謝られてどんな気持ちでいるのかと言えば、正直なところ、複雑な心境だ。
もし、あのときデュラムが死んでたりしてたら間違いなく、
――ふざけるんじゃねえ。絶対許さねえからな!
って、この女神様にありったけの怒りをぶつけてただろう。
当然だ。大切な仲間を失って、平静でなんざいられるはずがねえ。
けど……幸いあいつは今、ぴんぴんしてるからな。まだ、怪我が完全に治ったわけじゃねえが、とにもかくにも、生きてるんだ。
「まあ、そういうわけだから、もうその話はよそうぜ」
丸く、大きな瞳に不安の色を湛え、こっちを見上げてるチャパシャに、俺は笑顔をつくってみせた。
「俺も……過去のことは、いつまでも引きずらねえようにしてるからさ」
人生、立ち止まって、後ろを振り返ってばかりじゃいけねえ。背筋を伸ばして、胸張って、前見て先へ進まねえと。
そうだろ、親父。それに……おっさん。
頭上の青空に輝く太陽を見上げて、そんなことを思った。
「……本当?」
途端にチャパシャが、ぱあっと顔を輝かせる。その笑顔は、無邪気であけすけで、さながら陽光に照り映える水面のようにきらきらしてる。
「ありがとう♪ チャパシャ、人間さんたち大好き~!」
「う、うわっ!」
そんな笑顔で女神様の奴、いきなり俺の首っ玉に飛びついてきやがった。細い両腕を首に回されて、ぎゅーっと抱き締められる。
「ちょっ、こら、いきなり抱きつくなって!」
「えへへ~♪」
「お、おいこらぁパシャ、俺様以外の男に、抱きついてんじゃねぇよぉ!」
「あん、ガルちゃんのやきもち焼き~! ちょっとくらい、いいじゃな~い♪」
「駄目だぁ! いいからほらぁ、とっとと離れやがれぇ!」
「や~だよ~♪」
ガレッセオが俺から引き離そうと必死になってるのにも構わず、チャパシャは柔らかいほっぺたを、すりすりとすり寄せてくる。
なんだかこの女神様、すっかり俺たちに懐いちまったみたいだぜ。
「……ったく。これだから、神ってやつは」
これじゃ、憎もうにも憎めないじゃねえか。
思わず「へっ」って苦笑いが、口許に浮かんだ。




