第45話 冒険者殿に、お願いが
「見つけましただぁ、冒険者殿ぉ」
商都コンスルミラを治めるナボン太守の館。その露台に立って、眼下の景色をぼんやり眺めてた俺は、背後から声をかけられ、振り返った。
「太守様じゃねえか。傷の方は、もういいのかよ?」
「お陰様で、大分よくなりましただぁ」
振り返った先にいた館の主――鬼人のナボン太守はずんずん大股で歩いてきて、俺の傍らに立つ。
レオストロ皇子との戦いから、早一週間。戦いの神に「この勝負、おぬしの負けじゃ」って宣告され、〈攻城竜塔〉も大地の女神に破壊された皇子様は、すっかり意気消沈したようで、抜け殻みてえになっちまった。臣下の連中に、今後のことについて指示を請われても「好きにしろ」って一言を返すばかりで、一国の代表としての責任をすっかり放棄しちまったらしい。
そこで姫さん――ウルフェイナ王女はレオストロ皇子以外の使者たちと話し合って、こんな取り決めを結ぶことに成功したそうだ。
一つ、フォレストラとサンドレオは今後も休戦を続け、互いに領土を侵略しないこと。
二つ、正式な和平については、後日改めて話し合いの場を設け、実現に向けた努力を続けること。
三つ、今回の一件――フォレストラに対するレオストロ皇子の無礼な言動について、サンドレオは謝罪すること。
他にも細かい取り決めがいくつもされたようだが、重要なのはこの三つ。サンドレオの代表である皇子様抜きでの話し合いだったから、完全な和平を結ぶことはできなかったみてえだ。けど、戦の再開を回避できただけよしとしなけりゃならねえだろう。
それはそうと――コンスルミラを治めるナボン太守は、先日の戦いでレオストロ皇子にばっさり斬られちまったものの、幸いにも一命を取り留め、現在自分の館で静養中。こうして俺と話してる今も、太守様のずんぐりした体にゃ、白い亜麻布の包帯が巻かれてる。左肩から右脇にかけて、二重三重に、ぐるぐると。
もう普通に生活する分にゃ支障はねえようだが、完治にゃもう少し時間がかかりそうだ。
その太守様が、不意にこんなことを言い出した。
「実は……今日は冒険者殿に、お願いがあってきましただぁ」
「……? な、なんだよいきなり。びっくりするじゃねえか、太守様」
町一つを預かる権力者が、一介の冒険者風情に「お願い」だなんて。この太守様の腰が低いのにはもう慣れちまったが、今日は普段以上にかしこまってる気がするぜ。
「冒険者殿は明日、ここを発つって聞きましただぁ」
「ああ、その通りだぜ?」
明日の朝早く、この町の港から船が出る。そいつに乗れば、あとは十日の船旅を経て、イグニッサへ――俺の故郷へ到着する予定だ。
先日船に乗り遅れたり、姫さんと再会したりしたことで、しばらくこの町に留まってたが、これ以上ここにいても、俺たちにできることはねえからな。厄介の種だったレオストロ皇子もおとなしくなったし、姫さんも「後のことは心配するな」って言ってくれてる。だから――。
俺の故郷、イグニッサめざして、旅を続けることにしたんだ。
「――」
俺の返事を聞いて、鬼人の太守はうつむいた。それからしばらく自分の足元を見つめ、何か言いよどんでるようだったが、やがて意を決したらしく、口を開いた。
「冒険者殿のお力を見込んで、お願いしますだぁ。できることなら、このまま留まってほしいんですだぁ――この国に」
「へ?」
突然の頼みに、目を丸くする俺。
「今後もフェイナ様のおそばにいて、あの方を守ってほしいんですだぁ!」
「姫さんの、そばに?」
いきなり何を言い出すんだよって思ったが、その後も太守様が熱っぽく語すのを聞いてると、どういうことなのかすぐにわかった。
あんな露出度が高い格好してても、姫さんはれっきとした王族だからな。軍勢を率いる将として戦場に出ることだってあるし、陰謀がつきものの政治にも少なからず関わってるようだ。冒険者になる前の俺みてえに、暗殺者に命を狙われたこともあるかもしれねえし、半年前にゃ信じてた宮廷魔法使いに裏切られて、危うく殺されかけてる。俺たち冒険者に負けず劣らず、危険と隣り合わせの日々を送ってるわけだ。
そんな危険から、姫さんを守ってほしい。ナボン太守が言いてえのは、どうもそういうことらしい。
けど、なんで突然、そんなことを言い出すんだか。この人にとって、姫さんはどういう存在なんだろうな……?
「人前じゃ気丈に振る舞ってても、本当はお優しい方なんですだぁ、姫様は。ナボンみてえな卑しい鬼人にも、情けをかけてくださって……」
困惑する俺に、鬼人の太守は自分の身の上話をしてくれた。自分がかつて、この町で起きた反乱の首領だったこと。悪政を敷いてた当時の太守を町から追放した後、反乱を鎮圧しにきた姫さんとの戦いに敗れて、追い詰められちまったこと。その際姫さんに、自分はどうなってもいいから反乱に加わった町の住人たちは赦してやってくれって、必死に頼み込んだこと……。
鬼人の懇願に対して、姫さんはこう答えたんだとか。
――己の行いを罪だと思うなら、死して冥王の許へ逃げるのではなく、生きてこの世で償うがいい! ナボン、お前をこの町の新しい太守に任ずるっ! 先の太守が悪しき政治を行っていたというならお前が善政を敷いて、この町を今より住みよいものにしてみせろっ! それができないときは……わかるなっ?
「そりゃまた大胆なお裁きしたもんだぜ、あの姫さん……」
名づけて、姫さん裁き! 反乱の頭目を、見せしめに処刑するどころか町の太守にしちまうなんざ、前代未聞。神話と伝説の時代にも例がねえ話だろう。また反乱を起こすんじゃねえかとかって、思わなかったのかよ?
「その後も姫様は、ナボンにいろいろと良くしてくださいましただぁ。こんな醜い、間抜けな鬼人なんかのために――」
どうやらこの太守様、命を助けてくれた姫さんに、ただ恩を感じてるってだけじゃなさそうだ。
「あんた、ひょっとして……姫さんに惚れてるのかよ?」
「お慕い申してますだぁ」
飾り気なんざ微塵もねえ、率直な答えが返ってくる。
「お笑いになってくだせぇ。醜い鬼人があんなきれいな方に恋焦がれるなんてとんでもねぇ、不相応にもほどがある――そう呆れておいででしょう?」
「え? いや……そんなことはねえって」
笑うだの呆れるだの、そんな無礼なことは絶対しねえ。ただ、ちょいとびっくりしただけだ。
「けどさ、太守様。あんた、姫さんのことが好きなら、自分で守ってやるべきじゃねえのか?」
自分が惚れてる女を、他人に守ってもらおうだなんて。この人は、それでいいのかよ?
「姫様は近々、都に戻られますだぁ」
「だったらなおさら、あんたが姫さんについていってだな……」
「ナボンはコンスルミラの太守。姫様から任されたこの町を、離れるわけにはいかねぇんですだぁ」
「あ……」
そうか。太守なんて立場にあるからにゃ、自分が任されてる町をほったらかしにして姫さんの後を追っかけていくなんざ、できねえ話だよな。
「だから……! 虫のいい頼みだって承知で、お願いしますだぁ。どうかこの国に留まって、姫様をお守りくだせぇ。あのレオストロ皇子を一敗地にまみれさせた冒険者殿に、お願いですだぁ。どうかこの通り、この通り……!」
大の大人、それも太守なんて地位にある巨漢の鬼人が膝を折り、床に手までついて、すがるような目でこっちを見上げてる。目尻にあふれ、今にもこぼれそうなのは涙、涙……。
「太守様、あんたそこまで……」
あまりに必死でひたむきなナボン太守の訴えに、俺がとまどってると、
「おいっ、ナボン! あまりフランメリックを困らせるなっ!」
と、威勢のいい、叱りつけるような声が飛んできた。
「お前の声が聞こえるから、何かと思えば……フランメリックと一体、なんの話をしていたのだっ?」
噂をすればなんとやら。例によって、目のやり場に困る水着風の革鎧を身にまとい、フォレストラの王女様が歩いてくるじゃねえか。
「むっ。その様子だと、さてはフランメリックを誘っていたなっ? この町に留まって自分の右腕にならないか、などとなっ!」
あの様子じゃ、どうやら姫さん、肝心なところ――ナボン太守が自分に惚れてるってことは聞いてねえようだ。
「ま、まあそんなところだぜ、姫さん」
本当のことを言うわけにもいかず、俺が引きつった笑顔でそう答えると、
「やはりそうかっ!」
フォレストラの王女様は、むーっとほっぺたふくらませて、ナボン太守に詰め寄った。鬼人の鼻先に、ぴしりと人差し指を突きつけ、こう言い放つ。
「こらっ! 駄目だぞっ、ナボン。冒険者とは一所に留まることなく、気の向くままに旅するものだっ。今回は私の我がままで力を貸してもらったが、これ以上足止めされてはフランメリックも迷惑だろうっ」
「お、おっしゃる通りですだぁ、姫様ぁ」
惚れてる女の前じゃ、どうも口ごもっちまうらしい。角が生えた頭をしきりになでながら、ナボン太守はもごもごと言った。
「す、すみませんですだぁ、冒険者殿ぉ。今の話、どうか忘れてくだせぇ」
「あ、ああ」
いくら忘れっぽい俺でも、今のは忘れようがねえ話だが、ここは相槌を打っておこう。
「それよりさ、姫さん。その……俺か太守様に、何か用かよ?」
ナボン太守は姫さんのためを思って俺に頼んでたんだから、これ以上叱られたりしちゃ気の毒だ。すかさず話を変えて、姫さんの気をそらすことにした。
「ああ、実はだな……」
幸い、姫さんはすぐにこっちを向いて、別の話を始める。どうも、急ぎの用らしい。
「――神々が、お前をお呼びだ。あの妖精と魔女も。お前たち三人に、話があるとのことだ」
「……っ!」
神々。その一語を聞いただけで、俺のうなじがぞわっと粟立つ。
俺たちがレオストロ皇子をおとなしくさせ、あの恐ろしい〈攻城竜塔〉も、大地の女神様がぶっ壊してくれた。フォレストラ王国とサンドレオ帝国の話し合いも、姫さんのおかげで一応まとまった。
これで一件落着かと思いきや――どうやらまだ、すべてが終わったわけじゃなさそうだ。




