第39話 〈斬魔の剣〉
サンドレオ帝国の皇子様が、羽織った獅子の毛皮をはためかせ、猛然と斬りかかってくる。
豪華な絹の服や、見せつけるようにはだけた胸元、色気さえ感じさせる端整な顔立ちに似合わず、その気迫は紛れもねえ戦士のそれだ。
皇子様の手中で黄金の輝きを放ってるのは、かつて火の神メラルカの手でつくられた神授の武器の一つ〈斬魔の剣〉。その名は以前、サーラが聞かせてくれた歌の中に出てきた気がするが、一体どんな魔法の力を秘めてるんだろうな……?
「熱っ!」
あちちちッ! 答えはすぐに、向こうから飛んできた。皇子様が繰り出した斬撃を目と鼻の先で受け止めた瞬間、猛烈な熱気が俺の顔面を直撃しやがったんだ。
飛び退くのがあと少しでも遅れてりゃ、顔に火ぶくれでもできてたかもしれねえ。
「先程、呪文で力を解き放ったからな。これまでと同じだと思って油断していると、火傷するぞ?」
「何……?」
よく見りゃ、皇子様の剣はただ光ってるだけじゃなく、ゆらゆらと陽炎を立ち昇らせてる。あたかも、竜の炎に焙られでもしたかのように、凄まじいまでの熱を帯びてやがるんだ。
あれはまるで、あの神様――おっさんが持ってた剣じゃねえか。
「この〈斬魔の剣〉は、神々の王、太陽神リュファトの剣と同じ力を秘めた魔剣だ。使い手によっては、神々をも打ち倒す力を発揮すると言われている」
「……っ! とんでもねえ武器だな」
「英雄が持つにふさわしい武器だろう?」
まっすぐ立てた刀身を、鍔元から切っ先へと、なめるような目つきで見上げる皇子様。
「この剣で、お前のよく割れた腹に、一生消えない敗北の印を刻んでやろう。神々の血を引く英雄にあえなく敗れ、征服された証をな……!」
「なんだかいやらしいぜ、その言い方!」
その後、俺はレオストロ皇子としばらく斬り結んだが、〈斬魔の剣〉の力にゃ始終圧倒されっぱなしだった。
こいつぁ、あの剣を防ぐ手立てを考えなきゃ駄目だ。何か周囲にねえか? 何か利用できそうなもんは何か……あれなんかどうだ?
今俺たちがいる東門の外にゃ、人の背丈ほどもある岩を刻んでつくった、奇妙な石像が何体も立ってる。頭の後ろで馬の尻尾みてえに束ねる髪型や、右手に弓を持ち、矢筒を背負う様が表現されてることから察するに、かつてこの地にいた騎馬遊牧の民が遺したもんだろう。
盾代わりにゃちょうどいい――そう思って後ろに隠れてみたが、それらは〈斬魔の剣〉の前じゃ、なんの役にも立たなかった。
「それで身を隠したつもりか、フランメリック」
皇子様が剣を一振りすりゃ、石像はものの見事に真っ二つ! 像の首に金色の一線が走ったかと思うと、その上に載ってた頭がぐらりと傾ぎ、背後の俺めがけて転げ落ちてくる。
「熱っ……!」
落下してきた石頭の首が、俺の右手をかすめる。その熱さに驚いて、思わず手を引っ込めた。
地面に転がった石頭を見ると、切断された首が焼けて、真っ赤になってやがる。
「……! あんたまさか、石を焼き切りやがったのか?」
あの神様――おっさんが〈樹海宮〉でやってみせた技と、まったく同じじゃねえか。
「言っただろう。太陽神リュファトの剣と、同じ力を秘めていると」
皇子様が剣を振るう度に、石像が一体、また一体と切り倒された。
ある像は胴体を断ち切られ、別の像は右肩から左脇まで袈裟懸けにされ、またある像は脳天から一刀両断に――。
「逃げ回ってばかりだな、フランメリック」
十体目の石像を切り倒したところで、サンドレオの皇子様が俺をあざ笑った。
「興醒めだが、まあ無理もないか。お前は俺を恐れているからな」
「……っ!」
一際大きな石像に背中を預け、荒い息をついてた俺は、その挑発を耳にして、ぎょっと目を見開いた。
どっくんと、胸が大きく跳ね上がる。
皇子様の奴、見透かしてやがるのかよ――俺の心を。
昨日の夜から感じてた、皇子様への恐れ。それをあっさりと見抜かれ、俺は心底狼狽した。
姿は見えなくても俺の動揺が伝わったのか、皇子様の声が、さらに嘲笑の響きを帯びる。
「ああ、そうだ。お前は俺に恐怖を感じている。俺にとっては、実に心地よいことにな……」
「ぐ……」
その余裕に満ちた物言いが、俺の胸中に恐れとは別の感情をかき立てる。それは……怒りだ。
今すぐこの隠れ場所を飛び出して、あの皇子様を思いっきりぶん殴ってやりてえ。あお向けに倒れたところを馬乗りになって、あの顔に何度も何度も、拳を叩き込んでやる――そんな野蛮な思いが、ふつふつと湧き上がってくる。
激情に捕われかけたところで、俺はぶんぶん首を振った。いけねえ、それじゃあいつの思うつぼだって、自分に言い聞かせながら。
「……ちくしょう」
あの皇子様が強いのは、ただ剣の腕が立つからってわけじゃねえ。強力な神授の武器を持ってるからってだけでもねえ。奴の強さは、そう……言葉の力によるもんだ。
あいつは、言葉が持つ魔力について、よく知ってる。言葉ってのが、使い方次第で他人の心を思いのままに操れる魔法だってことを、心得てやがる。
実際、奴の言葉に翻弄されて、今俺の胸の内は平静からはほど遠い。剣を握る手はぶるぶる震えてるし、噛み締めた歯はぎりぎりと鳴りっぱなしだ。
恐れと怒り、二つの感情が俺の脳裏を引っかき回し、混ぜっ返してやがる。
このままじゃ、負けちまう……!
そんな負の思考に陥ってた俺の肩に、ぽんと手を置き、明るい声をかけてきた奴がいる。
「まったくもう。いい加減その癖、直しなさいよ」
「え……?」
「他人の言葉にいちいち乗せられ、流されるのは、貴様の悪い癖だ」
振り返ってみると、それはやっぱり、とんがり帽子の魔女っ子だった。そのそばにゃ、槍を手にした妖精の美青年もいる。
「サーラ? デュラムも……いつからそこにいたんだよ?」
レオストロ皇子の〈斬魔の剣〉から逃げるのに必死で、この二人のことをすっかり忘れてたようだ。
こいつらにゃ、いつも世話になってるのに……俺って奴は、自分のことしか考えてなかったのかよ。
そう思うと、胸の内が情けねえ気持ちで一杯になる。
「だ・か・ら、そこで落ち込まない、悩まない♪」
うつむきかけた俺の顎を、魔女っ子が左手の中指と人差し指で、くいっと押し上げた。
「んっ……」
「いい、メリック? こういうときは、目の前の冒険に集中するの! 後悔とか反省なんて、後でいくらでもできるんだから」
「……サーラ。けどさ……!」
あの手強い皇子様と、どう戦えってんだ。相手は神々の血を引く英雄で、強力な神授の武器まで持ってる。おまけに言葉を巧みに操って、こっちの感情をかき乱してくるとなりゃ、もうお手上げじゃねえか。
「力任せに、やみくもに剣を振り回すだけが戦いか。違うだろう?」
俺が捨て鉢になりかけてるのを見て、デュラムが口を開いた。
「確かに、あの皇子は貴様にない力を――神授の武器を持っているかもしれんが、お前も奴にないものを持っているだろう?」
「デュラム……」
「危機を切り抜ける知恵。恐れに打ち勝つ勇気。それに……」
「互いに助け合える仲間――でしょ、デュラム君♪」
「……! 私のせりふを取らないでください、サーラさん」
「ふふーん、堅いこと言わないの♪」
渋面をつくるデュラムに、サーラは人差し指を立てて、チッチッチッ! 左右に振り振り、片目をぱちっとつぶってみせる。
「デュラム……サーラ」
二人とも、別に善人ぶってやろうとか、かっこいいことを言ってやろうとか、そんなつもりはねえだろう。ただ冒険仲間として、俺の肩を揺さぶり、背中を叩いてくれてるだけだ。しっかりしろ、背筋を伸ばして胸を張れってさ。
二人にとっては、ただそれだけ、軽い励ましのつもりなんだろう。けど……俺にとっちゃ、それこそ救いだった。
俺も地上の種族だからな。生きてる限り、この先も苦難や不幸がたくさんあるに違いねえ。それでも……こんなときは、心の底からこう思えるぜ。
自分には、気まぐれな神々がつくった分かれ道や行き止まり、急な坂や落とし穴が盛りだくさんの人生を、一緒に歩んでくれる仲間がいる。
だから、俺は今、本当に幸せだって。
そんな詩人みてえなことを、つい考えちまった。
「ふん……どうしたメリック、少しは立ち直れたか?」
俺の表情の変化を見て取ったのか、妖精の美青年がそんな声をかけてくる。傍らでこっちを見てた魔女っ子も、とりあえずこれで一安心とばかりに、ほっと息をついた。
「まったく。いつも世話焼かせるんだから」
「……ああ。いつもありがとな、二人とも」
反り返りの多い髪をくしゃくしゃとかき回しつつ、俺は二人に礼を言った。それから、震えの止まった手で、剣を握り直す。
戦いの途中で落としたりしねえよう、しっかりと。
「決着をつけようぜ――あの皇子様と!」
ちょうどそのとき、俺たちを探して石像の間を歩き回ってたレオストロ皇子が、こっちに気づいたようだ。
「そこにいたか、フランメリック」
命のともし火が冥界の王に吹き消されることだってありえる、戦いの真っ最中だってのに、その表情は愉悦に満ち満ちてやがる。
「二人の仲間も一緒とは、ちょうどいい。市場の屋台で売られている串焼き肉のように、三人まとめて貫いてやろう」
「やれるもんなら、やってみやがれ……!」
攻められる前に先手を打とうと、今度はこっちから仕掛けることにした。
地面を蹴って駆け出す際、デュラムやサーラに、ちらりと目配せを送る。
以心伝心ってやつだろうか。妖精の美青年と魔女っ子は、皇子様に悟られねえよう、小さくうなずいてくれた。
――頼むぜ、二人とも。
――ふん……頼まれてやろう。
――任せなさいって♪
二人の仲間と目で語り合った後、俺は神々の血を引く英雄、サンドレオ帝国の〈獅子皇子〉に、真っ向から打ちかかる。
大きく振りかぶった剣で右上から、皇子様の左肩に斬りつける――と、見せかけて。
「そらッ!」
素早く剣を後ろへ引き、右下から一気に斬り上げる。
「な……にっ?」
剣をかざして左肩を守ろうとしてたレオストロ皇子は、俺に誘いをかけられたことに気づき、とっさに剣を構え直した。だが、俺の斬撃を完全に防ぐにゃ、ちょいとばかり遅かったようだ。
剣同士が激突したときの衝撃を殺しきれず、皇子様の剣が甲高い金属の音を立てて、頭上に跳ね上がる。
「てぁりゃッ!」
「ぐぉ……っ!」
がら空きになった皇子様の腹に、すかさず左の拳を、容赦なく叩き込んだ。
左手は俺の利き手じゃねえし、柔らかい絹の上から殴ったから、大した痛手にゃなってねえだろう。けど、とにもかくにも、あの皇子様の生身に一撃を加えてやった。
「もっと腹筋、鍛えた方がいいぜ、皇子様!」
腹を押さえ、地面の上をずささっと滑るように後退した皇子様に、そんな挑発を送る。
「貴様……!」
「隙だらけだぞ、サンドレオの〈獅子皇子〉」
挑発に乗っていきり立つ皇子様に、横合いから槍を突っかけたのはデュラムだ。狙い定めて一突き、二突き。頭上で槍を一回転させ、もう一突き!
レオストロ皇子はさすがの反応を見せ、デュラムの槍を三度、いずれも羊皮紙一重でかわしきった。だが、立て続けに攻められ、さしもの英雄も体勢が崩れる。
そこへ畳みかけるように、サーラが魔法を叩き込んだ。
「これならどうかしら!」
杖の先から放たれた馬鹿でかい水の玉が、皇子様の目前に迫る。
レオストロ皇子は〈斬魔の剣〉を振るって水球を跳ね除けようとしたが、刃が触れた途端、水の玉はボン! 派手な音を立てて破裂し、方々に飛沫をぶちまけた。そうなりゃ当然、間近にいた皇子様も、それをまともに浴びることになるわけで……。
「ぶ、はっ……!」
頭のてっぺんから爪先までずぶ濡れになり、口から水を噴き出すレオストロ皇子。水も滴るいい男の出来上がりだぜ。
「殿下……!」
「おのれ冒険者、よくも殿下を!」
戦いの様子を見守ってたサンドレオの使者たちが、色めき立って動き出そうとする。それを皇子様が、左手上げて押し留めた。
「手を出すな、お前たち。この三人は俺の獲物だ」
臣下の連中に手出しを禁じるなんざ、よっぽど自信があるのか、それともこの戦いを、遊戯のように楽しんでやがるのか。
「やるじゃないか、お前たち」
水が滴る顎を手の甲でぬぐい、レオストロ皇子はにいっと白い歯を見せた。口調こそ相変わらず気だるげだが、こっちを見る目はもう、獅子のそれと区別がつかねえ。仕留め甲斐のある獲物を見つけた喜びで、ぎらぎらと輝いてやがる。
「最初に会ったときから気になっていたが、俺にここまでの快感を与えるとは、ますます気に入ったぞ」
「嬉しくねえぜ、あんたに気に入られてもさ」
「そう言うな、フランメリック。俺とお前の仲だろう?」
「どういう仲だよ!」
なんだか変な想像しちまって、ぞぞぞって寒気がしてきたぜ。
「さあ、続きをやろうじゃないか。神々も、見物しているだけじゃ物足りなくなってきたようだしな」
「何……おわッ?」
どういう意味なのか考える間もなく、目の前にずどんと極太の稲妻が落ちた。何の前触れもなく、いきなりだ。
稲光で、視界が真っ白になる。遅まきながら両手をかざして、目をかばった。
「……小僧。昨日はよくもこのわしに、将棋の勝負で恥をかかせてくれたのう」
「その声、あんたまさか……?」
のどの奥からごろごろと転がり出てくる、遠雷の響きにも似た声。目を開けた俺の前、稲妻が落ちた場所に立ちはだかってたのは、巨人の姿をした雷神ゴドロムだった。
「あのときの借り、今こそ倍にして返してくれよう。心して受けるがよい、人間の小僧!」
怒れる雷帝の右手に握られた白熱の撥――稲妻が輝きを増し、今にも弾けんばかりに火花をほとばしらせる。
怒りに目を血走らせ、こめかみに青筋立てた荒天の王は、自らの力を俺めがけて、容赦なく叩きつけてきた。
「ど、どぅわああああッ!」
雷神が裂帛の気合を入れて振り下ろした稲妻は、とっさの判断で横に跳んだ俺の脇腹に火花を飛ばし、大地を強か打ちすえる。
その威力の、凄まじいことと言ったら! 大地がごっそり抉られ、穿たれて、土やら石やらが方々に吹き飛び、降り注ぐ。おまけに衝撃が見えねえ波となって、どっと襲いかかってきやがるし!
「ぐぇ……げほっ!」
派手に吹っ飛ばされ、ごろんごろんと地面の上を転がって、激しく身悶えする俺。
火花が脇腹に飛んだ瞬間、全身に異様な痺れが走って、目玉と舌が飛び出しそうになった。しかも、衝撃の波に吹っ飛ばされた際、肘や膝を地面で打つわ擦るわで、全身傷だらけになっちまったじゃねえか。
「ゴドロム……様。あんた昨日、手出しはしねえって誓ったんじゃねえのかよ?」
昨日、中庭にいた神々は、そういう誓いを立てたはずだ。
「いかにも、和平のための話し合いには手出しせぬと誓うたわ。だが、憎き貴様に手出しせぬとは誓うておらぬ!」
「ひでえ、そんなのありかよ!」
ったく……これだから神様って奴は。こっちは皇子様と決着をつけようとしてるってのに、余計なちょっかい出してきやがって。
「加えて言うなら、その話し合いとやらはつい今し方、決裂したであろう?」
「まだそうと決まったわけじゃねえ! 俺たちがそこの皇子様との戦いに勝てば、まだ望みはある! だから……!」
頼むから、あんたは邪魔をしねえでくれよ。
そんな神への願いは、あっさり鼻で笑われる。
「ふん、どうだかのう。そこな町の門が破られるのは、もはや時間の問題であろう?」
「……! なんだって……?」
ゴドロムの言葉に胸騒ぎを覚え、横目で〈攻城竜塔〉――あの機械仕掛けの竜を見やった。
サンドレオの化け物じみた攻城兵器は、相変わらずのろのろと、けど確実に、コンスルミラの東門との距離を詰めてやがる。姫さんとナボン太守率いるフォレストラの戦士たちが、なんとか足止めしようと鏃に火をつけた矢を射かけ、松明を投げつけたりしてるが、あいにく相手は竜鱗めいた鉄の盾数百枚で身を守ってるからな。炎上してくれそうな気配は、まるでねえ。
あの攻城塔が門前に到達するまで、残された時間はそう長くねえだろう。
「ちッ……!」
舌打ちして、目の前の稲妻を操る神に、視線を戻す。
以前〈樹海宮〉でリアルナさんと戦ったときは、どうにかあの人の得物を打ち砕いて、引き下がってもらうことができた。
今度もあのときみてえに、上手くいくだろうか……?




