第40話 雷神様は怒りん坊
雷神ゴドロム。フェルナース大陸を支配する神々の中でも最高位に近い存在で、最強の軍神ウォーロに匹敵する強大な力を持つとされる神だ。
その性は傲慢にして好色、そして超がつくほどの怒りん坊! ちょいと神話の絵巻を紐解くなり、伝説が記された革表紙の本を開くなりしてみりゃ、この神様の怒りに触れて稲妻に打たれる羽目になった王や皇帝、英雄たちの物語はいくらでも見つかる。
そんな雷親父……じゃなくて雷神と、こんなところで戦うことになるなんて。運命ってのは本当にわからねえもんだぜ。
「わしの前で立ち止まって考えごとととは、余裕があるのう、人間の小僧!」
白熱の撥を手にした禿頭の巨人――雷神ゴドロムその人が、はるか東方の密林に棲むという猛獣、虎の形相で咆哮した。
手中の撥――稲妻が、再び頭上高く振り上げられたかと思うと、途端に打ち下ろされる。
「同じ手をくらうかよ!」
今度は横じゃなくて後ろへ跳んで、ゴドロムから離れる。おかげで今度はあの火花に痺れることもなく、衝撃の波もまともに受けずに済んだ。
けど、それは雷神にとっちゃ、予想の枠内だったようで。
「ならば別の手を使うまでよ」
神がのどの奥で低く笑い、白熱の撥を俺たちに向けて突き出すと、なんと! その先端からギザギザした雷の矢が、火花と共にほとばしったじゃねえか。
一本、二本、三本! 三本の雷が、それぞれ宙で幾度も屈折しつつ、俺めがけて飛んでくる。砂の上を滑るように蛇行して、獲物に襲いかかる眼鏡蛇のように。
あんなもん、一本くらっただけでも、俺たち地上の種族は黒焦げになっちまう!
太陽神リュファトにかけて、当たってたまるかってんだ。一本は腰をひねってかわし、もう一本は頭を低くして避けた。最後の一本は避けきれそうにねえから……こうなりゃ一か八か、剣で力任せに叩き落とす!
バチン! 雷を斬るなんざ、我ながら無茶したもんだが、リアルナさんの魔法がかけられた剣は、不可能を可能にしてくれた。俺を打ちすえるはずだった雷が、剣にぶち当たった途端に弾け飛び、青白い光が二、三度明滅する。
「ほほう? なかなかどうしてやりおるわい、人間の小僧」
俺が雷を叩っ斬るのを見て、ゴドロムはちょいと舌を巻いたようだ。太い親指、人差し指で顎鬚をひねりつつ、左目を細め、右目を見開いて、感嘆の唸りを上げる。
「半年前、〈樹海宮〉で貴様と魔法使いの戦いを見物したときを思い出すわい。だがのう小僧、残念だが貴様にわしを斬ることはできぬわ」
「なに……?」
「理由は一つ、その剣」
動揺する俺の得物をびしりと指差して、稲妻の神は断言した。
「そのなまくらでは、わしにまともな傷をつけることなどできはせぬ」
「……っ!」
確かに、俺の剣は小人の鍛冶屋に頼み込んで、安値で譲ってもらった数打ちの品だけどさ。これまでいくつもの冒険で振るってきただけに、それなりの愛着はある。
そいつをなまくら呼ばわりされるのは、正直いい気分じゃねえ。
「そんなこと、やってみなけりゃわからねえだろうが!」
剣を大上段に振りかぶり、気合を入れて駆け出す。ゴドロムがまた雷を三本放ってきたが、最初の一本は避け、残る二本は剣で打ち払った。
雷神が俺を捕まえようと、右手を伸ばしてくる。そいつをかわし、神の手首に剣を――。
「でやあぁあぁっ!」
以前、〈樹海宮〉で水魔の腕を切り落としたときみてえに、力一杯叩きつけた。
今の俺に繰り出せる、渾身の一撃だ。いくら相手が神でも、それなりの傷はつけられたはず……。
それが甘すぎる予想だってことは、すぐに思い知らされた。雷神ゴドロムの、余裕に満ちた嘲笑を聞いて。
「蚊に刺されたくらいの痛みしか感じぬぞ、小僧」
「……う、嘘だろ?」
信じられねえことに――俺が全力で叩き込んだ一撃は、雷神の手首に一筋、ごく浅い切り傷をつけただけだった。
「何を驚いておる? 貴様ら地上の種族がつくり出した武器では、我ら神々を傷つけることはできぬ。貴様の剣は、我らが女王の力が少しばかり込められておるゆえ、かすり傷程度はつけられるようだがのう。このくらいでは何度斬りつけられたとて、どうということもないわ」
「なんてこった……」
リアルナさんの魔法がかかった剣なら多少は通じると思ったんだが、まさかほとんど効き目がねえなんて。
驚きを隠し切れねえ俺を見て、ゴドロムは悦に入ったらしい。にんまり笑って、こんなことを言い出した。
「それからついでもう一つ、忠告してやろう。どうやら貴様、忘れておるようだのう――貴様の敵は、わし一人ではないということを」
「なんだって……うおっと!」
雷神に気をとられてた俺に、横合いから斬りつけてきた奴がいる。
「この俺を忘れてもらっては困るな、フランメリック」
「皇子様、あんた……!」
サンドレオ帝国の〈獅子皇子〉レオストロだ。
「雷神を相手にするので手一杯――と言いたいところだろうが、お前の都合は俺には関係ない。悪いがつき合ってもらうぞ、俺の遊びにもな」
「ちっくしょう!」
人の危機につけ込みやがって! 〈獅子皇子〉なんて雄々しい異名で呼ばれてるわりにゃ、姑息な奴だぜ。
毒づきながら、皇子様の猛攻を右へ左へさばいてると、
「フランメリック! レオストロは私に任せろっ!」
フォレストラの王女様がそう声を上げ、皇子様に矢を射かけてくれた。
「……っ! フェイナか」
飛来した矢を真っ二つにしつつ、レオストロ皇子が顔をしかめる。
「姫さん……!」
「ナボンも助太刀しますだぁ、冒険者殿おぉ!」
鬼人のナボン太守も、鎖つきの刺々しい鉄球をジャランジャランとぶん回し、皇子様を牽制する。
「ここは力ずくでも、話し合いの席に戻ってもらいますだぁ!」
「ふん……いいだろう、ナボン。お前との勝負、今この場で決着をつけてやる」
「やれるもんならやってみろですだぁ!」
皇子様の奴、ナボン太守と因縁でもあるんだろうか?
だが、それを詮索してる余裕なんざ、俺にはなかった。視界の端にぐにゃりと、妙な空気の揺らぎが映ったからだ。
「あれは……?」
俺たちから二十歩くらい離れた場所に立つ、一際大きな石像。遊牧の民を束ねる族長をかたどったもんだろうか。その傍らの空気がゆらゆらと、水面の波紋みてえに波打ってみえる。
それは――空気を波打たせてる「何か」は、すっと石像のそばを離れると、音もなくこっちへ忍び寄ってきやがった。俺――じゃなくてデュラムでもなく、一番近くにいたサーラの背後へと。
「おい、サーラ……!」
俺が警戒を呼びかけ、駆け出すより早く、そいつは魔女っ子との間合いを詰めた。サーラの背後で空気が一度大きく揺らいだかと思うと、まずそいつの輪郭が、次に色が浮かび上がり、やがて不気味な姿があらわとなる。
蜘蛛の仮面で素顔を隠し、黒装束に身を包んだ鉤爪の男。一昨日の夜、俺たちを襲ったメラルカの眷属、黒ずくめの暗殺者だ!
「サーラ、逃げろ!」
「え……?」
気配に気づいたサーラに振り向く暇も与えず、暗殺者は魔手を伸ばそうとして、
「させん!」
と、横から槍を突っかけたデュラムに阻まれた。
「……!」
切っ先鋭い妖精の槍を、暗殺者は上体反らして難なく避ける。
そこへ俺も、遅ればせながら馳せ参じ、
「てめえ! サーラに手を出すんじゃねえ!」
と、不気味な殺し屋に一太刀浴びせかけた。これまたひらりと、軽い身のこなしでかわされちまったけどさ。
「デュラム君? メリックも……」
「下がってください、サーラさん」
サーラを自分の背後にかばいながら、美貌の妖精は敵の奇っ怪な仮面をにらみつけた。
「ふん……姿は見えなくとも、貴様が近づいてきていることはすぐにわかったぞ。その足音でな」
右手で槍を構えつつ、左手で自分の尖った耳に触れるデュラム。
「妖精の耳の良さを侮ってもらっては困る。先日は不覚をとったが、今日はそうはいかんぞ、メラルカの眷属!」
「……」
サーラへの不意打ちを邪魔されていら立ったのか、暗殺者は標的を妖精の美青年に変更したようだ。胸の前で交差させた両手の甲から、シャリンと音を立てて、鉤爪が飛び出す。
言葉一つ発することなく大地を蹴って、黒ずくめの刺客はデュラムに襲いかかった。
「デュラム……!」
「私に構うな!」
加勢しようとする俺を、妖精が厳しい一喝で押し留める。
「貴様はサーラさんと、ゴドロム神をどうにかしろ」
言われてみりゃ、そうだった。雷神のこと、忘れるところだったぜ!
あの神様は今どうしてるのか。そう思って周囲を見回してみりゃ、
「貴様ら……このわしを放置するとは、よほど稲妻に打たれたいと見えるのう」
ごごごごご! 短気な稲妻の神様は、しばらくほったらかしにされてたことで、怒り心頭に発してるようだ。全身に怒気をみなぎらせ、体のあちこちでバチバチッと火花まで咲かせて、憤怒の形相で吠え猛る。
「許さぬ! 貴様ら全員、滅多打ちにしてくれるわ!」
……現在、レオストロ皇子には姫さんとナボン太守が立ち向かい、デュラムは暗殺者と交戦中。そして、俺とサーラは雷神ゴドロムを相手に、絶体絶命の危機に陥ってる。
頼む……教えてくれよ、知恵の女神クレリア。
一体、どうやったら打開できるんだよ? この状況を。




