第38話 〈狼姫〉対〈獅子皇子〉
サンドレオ帝国の軍勢が、こっちへ向かってる――そんな火急の知らせを受けた俺たちは、ひとまずナボン太守の案内で、姫さんの許へ向かうことにした。
「なあ、太守様! 姫さんは今、どこにいるんだ?」
館を出て、町の大通りを南へ進みながら、ナボン太守にたずねる。
「東門の外ですだぁ!」
俺の前を走りながら、鬼人の太守は答えた。
この町にゃ、海に面した南以外、北と西、東の城壁に門が一つずつ設けられてる。昨日到着したサンドレオ帝国の使節団は、大半が東門の前で天幕を張り、レオストロ皇子を代表とするごく一部、身分の高い奴らだけが太守の館に泊ったらしい。
「今朝、密偵からの知らせを聞いて、姫様かんかんに怒っちまったようですだぁ。それでレオストロ皇子に、これは一体どういうことだぁって事情を聞きに行ったら、皇子はもう東門から町の外に出てて、とんでもねえ攻城兵器を動かそうとしてたんですだぁ。おかげで今、姫様と皇子様が大変なことになってて――」
「攻城兵器?」
「へえ。竜みてえな格好の、馬鹿でっかい攻城塔ですだぁ。あんなでかくて目立つ代物、一体いつの間に、どこから持ってきたのかさっぱりですだぁ!」
「……! まさか、この設計図……!」
ナボン太守の話を聞いて、ついさっきラティさんからもらった羊皮紙を隠しから取り出し、改めて見た。これに描かれてるのはまさに今、太守様が語った通りの機械仕掛けじゃねえか。
「驚きの女神ラプサにかけて、なんてこった……!」
実際に建造されてたのかよ、この攻城兵器。
「とにかく、そういう大変な事態だから、あたしたちに助けを求めにきたってわけね」
「め、面目ねえですだぁ」
ナボン太守はうつむいて、こめかみのあたりをぽりぽり引っかいた。
「ナボンは見ての通り、頭の中は空っぽなんですだぁ。姫様があんな様子じゃぁ、どうすりゃいいのか聞くこともできなくて、それでナボン――すみませんですだぁ!」
「いや、謝るこたぁねえって」
こっちは一昨日から、この人の館で世話になってるんだ。困ったときは、お互い様だぜ。
まあ、もっとも……現場に着いたら、俺たちもどうすりゃいいか、困っちまうかもしれねえけどさ。
「今はあれこれ考えてても仕方ないわ。とにかく、ウルフェイナ王女のところへ急ぎましょ!」
「わ、わかりましただぁ!」
しばらく大通りを南へ進み、広場に出たところで、東へ向かう横道に入った。
「あとはひたすら進めば、東門が見えてきますだぁ!」
「そう。走るわよ、メリック!」
「ああ! ……っとデュラム、お前は怪我人なんだから、無理するんじゃねえぞ?」
「ふん……余計な気遣いだ」
俺とデュラム、サーラとナボン太守。四人でそんな言葉を交わしながら、先を急ぐ。そして――門を抜けた直後に、絶句した。
「こ、こいつは……!」
ようやくたどり着いた東門の外じゃ、ナボン太守が話してくれた通り、大変なことが起こってた。開け放たれた門の前で、フォレストラの戦士たち数百人と、優に千人はいそうなサンドレオの使節団がにらみ合い、一触即発の状態になってたんだ。
だが、そこで俺たちの度胆を抜いたのは、そんな両者が霞んじまうくらいの強烈な存在感を放つ、巨大な物体。そう――ナボン太守の話にあった、攻城兵器だ。
「でかいにもほどがあるぜ、こりゃ……!」
高さは俺たちの背丈の二十倍以上、縦横の幅も優に十倍はあるだろう。見た目はラティさんからもらった設計図に描かれてた通り、後ろ足で立つ竜の姿を模した、でっかい車輪つきの塔。直線ばかりで形づくられた普通の攻城塔と違って、いたるところに曲線が使われてるせいか、不格好ながらも妙に生き物めいた感じがする。たとえば、でっぷりと膨らんだ腹に当たる部分。緩やかに反った背中に相当する部分。それらを覆う何百枚もの鉄の盾も、形が木の葉型に統一されてて、さながら鱗のようだ。ねじくれた角は大樹の枝を用い、翼は同じく巨木の枝に山羊か羊の皮を張ってつくったもんだろう。後ろ足に取りつけられた車輪は川辺で粉引く水車より大きく、しかも鉄で補強されてることもあって、見るからに重々しい。半開きの口にずらりと並ぶ牙は、南方産の象牙じゃねえかな。
そんなつくりもんの竜が、一夜のうちにどこからともなく現れ、大地に立ってる。しかも、左右の車輪をゆっくり回して、コンスルミラの東門に……っておい、近づいてきてねえか?
町に迫る、竜そっくりの攻城兵器。その足元――車輪のそばを見ると、戦いの火花を散らす二つの人影があった。レオストロ皇子と、とてつもねえ露出度を誇る水着風革鎧の美少女だ。
「姫さん……!」
「どういうつもりだレオストロ! 森の神ガレッセオにかけて、答えろっ!」
二人に駆け寄ろうとした俺の耳を、姫さんの怒りに満ちた声と、弓弦の響きが打つ。
「和平のための話し合いを放り出し、どこからか知らないがこんな攻城兵器を持ち出してくるなど、正気の沙汰ではないぞっ! 貴様、本当に和平を結ぶ気があるのかっ!」
それに対して皇子様は、さも面倒そうに、こんな言葉を返してきた。姫さんが射かけてきた矢を、難なく剣で叩き落としながら。
「そう言われてもな……話し合いなど、どうせこれ以上続けたところで無意味だろう? 昨日話したとき、お前には神授の武器を差し出すつもりなど、さらさらなさそうだったじゃないか」
自分めがけて飛んでくる矢を見ようともせず、無造作に白刃を一閃させるその様は、まるで小うるさい蝿を払い除けるかのようだ。
「ないものを出せ、出せと迫られても、出しようがないだろうっ!」
姫さんが新たな矢をつがえた弓を引き絞りつつ、のどの奥から言葉を搾り出した。
「先代太守が神授の武器を探していたことは、私も知っているっ! だが、結局神授の武器はこの町のどこからも見つからなかったという話だっ! 以前、私も探してみたことがあるが、そのときもやはり見つからずじまいだった! それならそんなものは、とうの昔に失われたと考えるのが普通だろうっ?」
姫さんが翼ある言葉と共に放った羽根持つ矢は、鋭い風切り音を立てて飛び――皇子様の剣に、またしても払われた。
「どうかな。前太守は反乱でこの町を追われる前に、神授の武器の隠し場所を突き止めたそうじゃないか。もっとも反乱のせいで、その場所を調べることまではできなかったらしいがな」
「本人から聞いたのかっ? だとしても、それが事実だという証拠がどこにあるっ! そんな根も葉もない話を、お前は信じるのかっ!」
「少なくとも、今のお前よりは信じられるな、フェイナ」
「なん、だと……っ!」
皇子様の侮辱に、一瞬動きを止めて気色ばむ姫さん。そのわずかな隙を突いて、レオストロ皇子が斬りかかってきた。
「……!」
首筋めがけて飛んできた刃を、上体反らしてかわす姫さん。
「姫さん、気をつけろ!」
地面を蹴って駆け出しながら、俺は叫んだ。
あの皇子様の剣技で特に注意が必要なのは、目にも留まらねえ速さの切り返しだ。初太刀を避けたからって気を抜くと、返す剣でばっさり斬られる羽目になる。
レオストロ皇子の前に飛び込んで、姫さんに助太刀してえが、この足じゃどうがんばっても無理だろう。神々が俺に魔法をかけて、踝に天翔ける翼でも生やしてくれねえ限り、到底間に合いそうにねえ。
それなら……この手でいくか。
「でやあぁ!」
俺は剣を抜きざま、大きく振りかぶって――ぶん投げた!
俺の手を離れた剣は、車輪のように回転しつつ宙を駆け、幸運にも狙いばっちり、命中した。レオストロ皇子が今にも手首を捻って返そうとしてた、剣の鍔元に。
「……っ!」
横合いから飛んできた刃に自分の剣を弾かれ、レオストロ皇子様のだるそうな顔に、驚きの色が浮ぶ。だがそれは、皇子様がこっちを見た途端、満面の喜色にとって替わられた。
「来たか。待ちくたびれたぞ、フランメリック」
「来たかじゃねえよ、皇子様!」
まるで、俺が来るのを予期してたみてえな言い草しやがるぜ。
甲高い金属の音と一緒に、こっちへ跳ね返ってきた剣を片手でつかみ取り、俺はレオストロ皇子に怒声を浴びせかけた。
「こんなところで洋橄欖の油売って、姫さんとの話し合いはどうしたんだよ!」
「それなら飽きたから、もうやめた」
「な……!」
ふ、ふざけてるのかよ、この皇子様。
俺なんざに非難する資格はねえってわかっちゃいても、腹の底からむらむらと怒りが湧いてきた。
「てめえぇ!」
「よせっ、フランメリック!」
剣持つ手に力を込め、一歩踏み出そうとした俺に、姫さんが待ったをかける。
「お前が出る幕ではない! これは、フォレストラとサンドレオ――国同士の問題だっ!」
「う……」
確かに、俺たちが頼まれたのは、裏方の仕事。姫さんがサンドレオの使節団と話し合ってる間、放っておいちゃ何をしでかすかわからねえ中庭の神々を見張って、押さえておくことだ。裏方が表舞台にしゃしゃり出てきちゃ、ややこしいことになるだろう。
「姫さん……けど!」
「俺は構わないぞ、ウルフェイナ」
剣の腹で、トントンと自分の肩を叩きながら、レオストロ皇子が口を挟んできた。
「役者は大勢いた方が、芝居は盛り上がる。観客も喜ぶだろう?」
「観客だって?」
フォレストラの戦士たちやサンドレオの使節団のことかと思ったが、どうやらそれだけじゃなさそうだ。
突然、俺たちの背後で、この場の緊迫した雰囲気をぶち壊す、陽気な声がした。
「おうおうおう、すでに始まっておるようだのう、人間の小僧!」
この声。まさか、まさかの……?
振り返って、背後にそびえる城壁の上に目を向けた俺は、果たしてあの連中の姿を見つけ、げんなりした気分になった。
「また、あんたたちかよ……!」
そう。暇を持て余した天上の権力者たち、神々だ。
ゴドロム、ザバダ、ヒューリオス。トゥポラにチャパシャ、ガレッセオ。天空の都ソランスカイアに住む全知全能の種族が、城壁の凹凸に手をかけ、身を乗り出してこっちを眺めてる。まるで、天空の高みから大地を見下ろすかのように。
「おい見ろ、神々だ。ナボン様の館に居座って……もとい、滞在しておられる神々が、お出でになったぞ」
「あれが神々か。フェイナ様から話は聞いていたが、我ら地上の種族と同じ姿をしておられるのだな……」
「一体、何をしに来られたのやら。まさか、我らに災いなどもたらすおつもりではあるまいな……」
どうやらフォレストラの戦士たちは、姫さんから神々のことを聞かされてるようだ。サンドレオの使者たちも、神々の血を引くという皇子様に率いられてるだけに、こんなことは初めてじゃないのかもしれねえ。どちらも、天上の権力者たちの登場に驚いちゃいるようだが、それ以上取り乱すこともなく、城壁の上を見上げてやがる。
「どうしましたか? 私たちがわざわざこうして、貴方がたの戦いを見物にきたのですよ? もっと嬉しそうな顔をしてほしいものですねえ」
白い外套をはためかせ、風神ヒューリオスが腰まで届く銀髪をさわやかにかき上げた。
「いや、迷惑そうな顔なら、いくらでもできるんだけどさ……」
ってか、こっちは今真剣なんだから、冷やかしなら帰ってくれ! 声を大にしてそう叫びたかったが、相手が相手なだけに、言葉に気をつけた。
「我が輩たちだけではつまらぬというものぞ。町中に触れ回り、こやつらを観客として連れてきてやったゆえ、感謝するがよいぞ」
青い髪を振り乱した海神ザバダの言う通り、神々の周囲にゃ大勢の人々がいて、ところ狭しと押し合いへし合いしながら、こっちを見てやがる。
この町の――コンスルミラの住人たちだ。
「こら、そんなに押すなって! ここは城壁の上だぞ、おれを突き落とすつもりか?」
「仕方ないでしょ、こんなに大勢いるんだからさ」
「なあ見ろよ、あの竜みたいな塔。大方、小人や巨人の力を借りてつくられたもんだろうが、よくできてるな……」
「ありゃサンドレオの連中が持ってきたもんか? だとすりゃ一体どこから、どうやって? あんなもの、昨日は影も形もなかったじゃないか」
「車輪を回して、こっちへ迫ってきてるぞ。ひょっとして、この町に攻め込むつもりなんじゃ……!」
「馬鹿お言いでないよ、そんなはずあるかい。昨日から姫様が、サンドレオのレオストロって皇子と和平の話をされてるんだろう? あの話し合いはどうなったのさ?」
「それは……おい、あれを見ろ! 姫様がサンドレオの皇子と戦っておられるぞ!」
「あれまあ、本当だわ。姫様、レオストロ皇子と喧嘩でもなさったのかねえ?」
「ということは、和平の話はご破談か? 冗談じゃない、そんなことになってみろ。またサンドレオと戦、戦の毎日に逆戻りだぞ……!」
城壁の上でそんな話をしてるのは、宿屋の主人に麺麭屋のおかみさん、酒場のおやじさん。鬼人の大工に肩車してもらってる、小鬼の果物売り。竪琴抱いた妖精の吟遊詩人に、鍛冶屋を営む小人。分厚い書物を小脇に抱えた賢者もいれば、重そうな財布を腰につるした商人の姿もある。
「ねえ、あそこにいる坊やは誰だい? ほら、あそこ――黒髪の、結構きれいな顔した男の子だよ!」
「ああ、ありゃ姫様のお客だそうだ。昨日から太守様の館で厄介になってる冒険者で、名前は確か――」
「フランメリックだよ。そばにいる妖精の男と魔法使いの女の子は、お仲間だってさ」
なんだなんだ。何人かの住人がこっちを指差して、俺やデュラム、サーラの話をしてるじゃねえか。
「あの三人、噂では半年前、シルヴァルトの森にある〈樹海宮〉という遺跡で、姫様を助けたそうじゃ」
「へぇ……そいつぁ本当かよ?」
「それならあの子たち、今度も姫様に味方してくれるのかねえ……?」
見たところ、連中は自分たちをここへ呼び寄せた天上の種族に対しちゃ、怪しいとか不思議だとか、そんなことは微塵も思ってねえようだ。神々に魔法をかけられて、不審に思ったりしねえようにされてるんだろうか。
一方、皇子様は神々の血を引く英雄だけあって、町の住人たちを連れてきたのが誰なのか、お見通しのようだ。
「まさか、天上の神々まで見物に来るとはな。面白くなってきたじゃないか」
まるで自分のやってることが、宴の余興か見世物であるかのように言いやがる。
「あんたって人は……遊びでやってるんじゃねえんだぜ!」
「何を言っている? これは遊びだ、俺にとってはな。今から規則を説明してやろう」
サンドレオの〈獅子皇子〉は、平然とそう言ってのけ、傍らでのろのろ進む機械仕掛けの竜を指し示した。
「大したものだろう? こいつは俺の国が先日完成させた城塞都市攻略戦用の〈攻城竜塔〉だ。お前たちに気づかれないよう姿隠しの魔法をかけて、昨夜のうちにここまで運ばせておいた。今からこいつが、そこの門を打ち破る。そして町へ攻め込んで、破壊の限りを尽くすだろう。そう――こんなふうにな!」
レオストロ皇子が左手を挙げ、一言「やれ」と命じれば、機械仕掛けの竜――〈攻城竜塔〉って名前らしい――の頭が動いた。半開きの状態だった口が大きく開かれたかと思うと、その奥から噴き出してきたのは――炎だ!
「おわッ!」
突然噴きつけてきた、灼熱の息吹。かつて、このあたり一帯を支配した帝国にゃ、青銅の管から水じゃ消せねえ炎を噴き出させ、敵に浴びせる魔法の武器があったって話だが、こいつぁひょっとして、その武器なんじゃねえか。
「うぁッち! あぁちちちッ!」
横へ飛び退きかわしたものの、熱い火の粉が飛んできて、鼻とほっぺたにかかった。思わずみっともねえ悲鳴を上げて、払い落とす俺。
先日メラルカが放ってみせた魔法の炎に比べりゃ、大した威力じゃねえ。けど、あんな馬鹿でかい竜が――たとえつくりもんだとしても――今の炎を吐きつつ町へ入ってくりゃ、コンスルミラの住人たちは間違いなく恐怖して、右往左往の大混乱に陥るだろう。
「この〈攻城竜塔〉を止める方法は二つ。こいつが門を破る前に俺と戦って勝つか、この町に隠された神授の武器〈破魔の弓〉を見つけて俺に差し出すか。二つの条件のうち、どちらかを満たせばこの町は助かるし、和平の話し合いも続けてやろう。フェイナ、お前の望み通りな」
俺たちの反応を楽しんでるかのように薄ら笑いを浮かべ、サンドレオの〈獅子皇子〉は剣をくるりと一回転させる。鍔元から切っ先まで一直線に伸びた刀身を、肩の高さで水平に構え、上半身ごとすっと後ろへ引いた――かと思えば、
「受けてみろ」
と一言つぶやきざま、猛然と突きを放ってくる。
一度のけ反らせた上体を勢いよく前へ戻しつつ繰り出す、力強い刺突。俺がどうかわそうとするかまで計算に入れた、必殺の一突きだ。
こいつは……避けられそうにねえ!
やむなく垂直に立てた剣の腹に左手をあてがい、幅広の刀身を前に押し出して、盾代わりにした。
「ぐっ……!」
ガツン! 鉄の盾に風穴を穿たんばかりの強力な刺突が、俺の剣を直撃する。衝撃が刀身を突き抜け、掌から肘、肘から肩へと稲妻みてえに突っ走った。
並みの刀身なら、今の一撃で粉微塵に砕かれてただろう。そうならずに、どうにか押し留められたのは、ひとえにこの剣のおかげだ。
「――いい剣を持っているな、お前!」
必殺の突きを止められたにもかかわらず、まるで悔しがる様子を見せず、それどころか愉快そうに口角を上げて、皇子様は歓声を放った。
「その輝き、魔法の剣か」
「まあ、そんなところだぜ」
半年前、リアルナさんこと月の女神セフィーヌが、魔物との戦いで砕けちまった俺の剣を、魔法で直してくれたんだ。そのとき、おまけに自分の力をちょいとばかり刀身に込めてくれたらしく、以来俺の剣は一度も折れたり、欠けたりしたことがねえ。
「奇遇だな。実は俺の剣も、魔法の品だ」
そう言いつつ、〈獅子皇子〉が剣の鍔元に口を寄せ、二言三言、何事かをつぶやいた。恋人の耳元で、そっと愛をささやくように。
途端に皇子様の剣が、燦然と輝き出した!
「どわっ!」
見る者の目をくらませる、黄金の光輝。俺の剣が仄かに帯びてる白銀の光なんざとは、比較にならねえまばゆさだ。
「サンドレオ皇帝家に代々受け継がれてきた宝、その名も〈斬魔の剣〉。神々が地上の種族に与えた、神授の武器の一つだ!」
「なんだって……!」
こめかみのあたりに、小人の鉄槌をくらったみてえな衝撃を覚え、俺はよろめきかけた。
この皇子様、神授の武器を持ってやがるのかよ!
「メリック、しっかりしなさい!」
硬直してた俺をはっとさせたのは、サーラの叱咤だった。
姫さんほどじゃねえが、きわどい水着風の革鎧を身につけた魔女っ子は、すでに魔法を使うための呪文を詠唱し終え、杖に青白い光を宿らせてる。
「その皇子様、多分本気で町へ攻め込むつもりよ。そんなことになったらもう和平どころじゃないわ。ここで止めて、引きずってでも話し合いの席に戻らせないと……」
「本当に戦が始まることになる、か。他人の揉め事にかかわりたくはないが、この場は仕方がないな」
地面に向けてた槍の穂先を目線の高さまで持ち上げ、デュラムが前へ進み出てくる。
「デュラム、お前まだ怪我が治ってないんじゃねえのかよ?」
「気遣いは不要だと言っている」
俺の言葉を、妖精の美青年は語気鋭くさえぎった。その後、こっちを肩越しに見やり、
「――その気持ちだけは、受け取ってやるが」
と言って、すぐに前を向きやがる。わざとらしく咳払いなんざして、ぷいっと。
その様を見て、俺は思わずほっぺたを緩めちまう。
「ったく……」
この意地っ張り妖精ときたら。どうしてそういう言い方しかできねえんだか。まあ、それがこいつの持ち味なんだろうけどさ。
「来るわ、メリック!」
魔法の輝き帯びた杖を構え、サーラが警戒を呼びかけてくる。
「三人がかりで、あの皇子様を止めましょ!」
「ああ――そうだな!」
「おいっ! 私を忘れるなっ、フランメリック!」
怒ったような声がしたんで誰かと思ったら、姫さんじゃねえか。フォレストラ王国の王女様は、本当は自分も遊びの輪に入れてほしいのに、素直になれねえ意地っ張りの女の子みてえに、ぷうっとふくれっ面して、こっちをにらんでる。
「もちろん、私も戦うぞっ! これはフォレストラとサンドレオの問題だっ! 止めようとしても、無駄だからなっ!」
さっきから俺たちやレオストロ皇子に放っておかれて、怒ってるのかもしれねえ。この場をなんとかできたら、ちゃんと謝ろう。
「ナボンもいますだぁ、冒険者殿おぉ!」
とかなんとか言ってる太守様にも、ここまで案内してくれた礼を言わねえとな……。
そのとき、サンドレオの皇子様が魔法の剣を振りかぶり、目前に迫ってきやがった。
「さあフランメリック、昨日のように俺を楽しませろ――快感をよこせ!」
「……冗談じゃねえ」
奥歯をぐっと噛み締め、俺は剣を握り直す。
「あんたみてえな奴のお遊びに、つき合うなんざまっぴらだぜ!」
幸い〈攻城竜塔〉が進む速さは、亀でも追い越せそうなくらいゆっくりとしたもんだ。あの図体で、しかも全体を隙間なく鉄の盾に覆われてちゃ、当然だろう。
あれが東門にたどり着くまで、時間は充分あるはず。
こんな馬鹿げた戦い、さっさと終わらせてやるぜ……!




