第28話 ささやかな望み
「いやあ、お見事でしたねえ」
「まさか地上の種族が、ゴドロムに勝つとは思わなんだわい」
雷神との勝負がついた後、風神ヒューリオスと戦いの神ウォーロが、そんな賞賛の言葉を俺たちにくれた。
「しかり! 予想外の結果ではあるが、それもまた一興というものぞ。勝ったその方らには、褒美を取らせねばなるまいぞ」
海神ザバダも、さっきまで俺たちを小馬鹿にするような顔してたくせに、なぜだかご機嫌な様子だ。俺たちが勝ったらそれはそれで、この神様にいいことでもあるんだろうか。
「何が望みか、さあ申してみるがよいぞ。我ら神々が、いかなる願いでも――とはゆかぬが、大抵の望みは叶えてやろうぞ」
「何かお望みのものはありませんか? 金銀宝石、高値で売れる絹に陶磁器、香辛料。冒険に役立つ武器、盾、鎧兜……なんでも構いませんよ? せいぜいよく考えることですねえ」
そう言われても、一体何を頼めばいいのやら。困ってデュラムとサーラに助けを求めたが、
「貴様の好きにしろ」
「将棋を指したのはあなたなんだから、任せるわ」
と、二人そろって、俺にご一任くださりやがる。
「ったく……人任せかよ」
そこで俺は、ちょいと考えてから、
「それなら、一つ頼みてえんだが……ここを動かねえでくれるか?」
と、神々に話を切り出した。
「なんと。ここを動くな、じゃと?」
「あんたたちもわかってるんだろ? 今、この館じゃ姫さんが、サンドレオ帝国の使者たちと話し合ってる最中なんだ。和平の条件について、真剣にさ」
最後のあたりに、さりげなく力を込めた。あんたたちみてえに遊び半分じゃねえんだって、含みを持たせたつもりだが、果たして神々は気づいたかどうか。
「それが終わるまで、あんたたちにゃここで、おとなしくしててもらいてえんだ」
正直この後も、ずっと神々をここに引き留めておけるなんて自信は、俺にはねえ。ひとまずゴドロムと将棋で勝負して、時間を稼ぐことにゃ成功したが、この先も同じ手が通用するとは限らねえからな。神々が遊戯に飽きて、途中で放り出しちまうってことも、充分考えられる。
それなら、この機会を利用して神々に、ここを動かねえ、姫さんと帝国の話し合いを邪魔しねえって約束させちまおう――って考えたんだが、問題なのは連中が承知してくれるかどうかってことだ。
……頼むぜ、天上のお偉いさん方。その首、縦に振ってくれ。
「なんじゃ、そのようなことでよいのか。腹など出しておるくせに、つまらぬ小僧じゃのう」
いささか拍子抜けしたように、ウォーロが言った。
「俺の格好とこの話は、関係ねえと思うんだが……」
「目立つ見かけによらず、面白味のない人間だと言うておるのじゃ。もっと価値のある褒美を望むこともできるであろうに。せっかくの好機を、くだらぬ願いでふいにしようとは」
「……! くだらねえって、なんだよ?」
軍神の言葉にカチンときて、思わず声を荒げちまった。突然の怒声に、天上の権力者たちが一瞬だが目を見張る。
「……こほん。すまねえ、言い方がまずかった」
俺はすぐ我に返ってわびたが、間違ったことを言ったつもりはねえ。和平の話し合いがどうなるかなんざ、神々にとってはどうでもいいことかもしれねえが、姫さんやこの国の民にとっちゃ、自分たちの未来にかかわる大事なことだ。異国人の俺も、太陽神リュファトにかけて、本気で上手くいってほしいって思ってる。
姫さんのことは……あの人のことは、嫌いじゃねえからさ。
とにかく、くだらないなんて、そんなことは絶対にねえ。日頃、天上で優雅に葡萄酒を酌み交わしてる権力者たちにも、それをわかってもらいてえんだが。
「…………わからないわ。私たちをこの場でおとなしくさせて、それがあなたたちにとって、なんの得になるというの?」
相変わらず無表情のまま、大地の女神がちょいと首を傾げて、ぼそぼそと疑問を口にした。浅黒い肌した大地母神は、重ねてこんなことをたずねてくる。
「…………もっと自分の利益になることを望もうとは、思わないの?」
この寡黙な女神様がここまでしゃべるのは、初めて見た気がするぜ。
「それは……」
もちろん、俺にだって欲はある。こんなときでなきゃデュラムやサーラと相談して、もっと自分たちの得になる望みを口にしたかもしれねえ。けど、今は状況が状況だからな。
ここは、自分たちの打算はひとまず置いて、姫さんのためになることを願うべきだって――そう思ったんだ。
それをどうにか神々に伝えてえんだが、口下手な俺じゃ、上手く説明できねえ。無欲な善人ぶって格好つけたいだけだろう――そんなふうに思われるんじゃねえかって、不安もあった。
「もっと自分の利益になることを、か」
そのとき、俺に代わって口を開いたのは、デュラムだった。
「当然、望むだろう。この男が、賢者ならばな」
妖精の美青年は腕を組み、こっちに皮肉な笑みを向けてきた。それから、天上の権力者たちへと視線を移し、「だが、あいにく――」と続ける。
「この男は賢者どころか、鬼人並みの知恵しかない間抜けだからな。損得の勘定はもちろん、初歩の算術さえできるかどうか、怪しいものなのだ」
「……ちぇっ。どうしてお前って、いちいちそういう嫌味な言い方しかできねえんだよ?」
傍らの相棒を、半分閉じた横目でじーっと見ながら、俺は唇を尖らせた。
もちろん、デュラムの奴が俺と神々の間に入って、橋渡しをしてくれるのは嬉しいけどさ。俺だって子供の頃、賢者ラモロアミデスの『平易なる計算の書』は一通り勉強したし、算術の基本くらいはできるぜ。
まあ、それはさておき、だな。
「そういうわけだから、間抜けなこの子のお願い、叶えてあげてもらえないかしら?」
と、サーラもいくらか苦笑気味に、俺の肩を持ってくれた。「もう、お人好しなんだから!」って、俺にそっと耳打ちしながら。
「けど、それがあなたのいいところ、なんでしょうけど」
神々はすぐにゃ答えず、しばらく俺たちに値踏みするような目を向けてた。時折、ウォーロがザバダやヒューリオス、トゥポラと目配せを交わし、互いにうなずいたり首を振ったりして、何やら言葉抜きで相談してるようだ。
やがて戦いの神が目を伏せ「やれやれ、仕方あるまい」って感じの表情になった。たとえるなら、民の訴えを聞き入れる寛大なご領主様みてえな面持ちだ。
「――あいわかった。おぬしらのささやかな望み、叶えてつかわそう」
この場にいる神々を代表するかのように、小人の姿をした軍神は厳かに宣言した。
「わしらは当分、この中庭を動かぬし、ウルフェイナ王女とサンドレオの使者たちの話し合いにも手出しは一切すまい。よいな――ゴドロム?」
勝負が終わってから、ずっとご機嫌斜めな様子の雷神に、同意を求めるウォーロ。
「勝手にせい! わしに構うでないわ!」
あっち行けしっし、こっち来るなしっし! そんな感じで右手を振り振り、稲妻の神は子供みてえに拗ねてやがる。何万年も生きてるくせに、大人げねえ神様だぜ。
その背中から、俺の方へと視線を移し、戦いの神は呆れ顔で肩をすくめてみせた。その後で真顔に戻り、
「ただし――じゃ」
何やら不穏な声で、こんな言葉をつけ加えた。
「この約束を守るのはわしを含め、今この場におる神だけじゃ。ここにおらぬ神については、わしらは何も知らぬし、責任も持てぬぞぞ?」
「この場にいねえ神様……?」
そう言われて真っ先に思いついたのは、さっき井戸端で別れた森の神ガレッセオと水の女神チャパシャだ。けど、あの二人はそんな、悪さをする神様じゃねえと思うんだが。
それをウォーロに話してみると、戦いの神はうなずいた。
「あの二人のことなら心配は無用じゃ。どちらもよほど怒らせぬ限り害のない、ほとんど道化のようなものじゃからのう。それより、つい先程までこの場に、もっと厄介な神が一人おったじゃろう?」
「この場に、ついさっきまで……?」
「まわりをよく見て、指折り数えてみるがよい――我らの数をのう」
そう促され、俺は周囲を見回してみた。
今、この場にいる神様は……まずは噴水の縁に腰かけてる大地の女神トゥポラ。それから、こっちに背を向け胡座をかいて、ふてくされてる雷神ゴドロム。そして、そのそばにいる風神ヒューリオスと、俺の目の前に立ってる軍神ウォーロ。
「これで、やっと四人か」
確かに、俺たちがここへ来たときより少ない気がするぜ。
「最初は七人おったのじゃ。今はガレッセオとチャパシャがおらず、それにもう一人――あの方の姿が見当たらぬのう」
戦いの神は、他人が知らねえことを知ってる奴特有の、優越感に満ちた笑みを目許に浮かべ、こっちが正解にたどり着くのを待ってやがる。
「……あ!」
答えに行き着いたのか、サーラが藍玉の瞳を丸くした。それからほどなく、デュラムもわかったようで、端整なすまし顔が一瞬はっとなった。
まだ困惑してるのは……俺だけかよ!
「おぬし、相当鈍いのう。そこな妖精の言う通り、まさに鬼人並みじゃ」
ウォーロが俺をからかうように、からからと笑う。樽一杯分の麦酒を流し込んでもまだ余裕がありそうな、太鼓腹を揺らしながら。
「もったいぶらねえで、教えてくれよ。一体、誰がいなくなったんだよ?」
俺がそうたずねると、小人の姿をした軍神は笑いをおさめ、深々と溜め息をついた。
「最近の若者はわからぬことがあるとすぐ、他人に答えを聞こうとする。まっこと嘆かわしいのう。もっと自分の頭を使って、よく考えてはどうじゃ。大体、今の世界はじゃな……」
「…………ウォーロ、話をそらすのはそれくらいに」
「む、そうじゃのう」
トゥポラにたしなめられ、こめかみを引っかくウォーロ。
「話を戻すが、フランメリックとやら。おぬし、すっかり忘れておるようだのう――おぬしとゴドロムに、将棋で勝負してはどうかと勧めた方を」
「え……?」
それを聞いた途端、腰のあたりで、ぞくりと寒気がするのを感じた。
白銀の弦を張った、竪琴の調べが俺の脳裏に響き、若い女の声がその後に続いた。
――将棋など、いかがかしら?
――あなたが得意な遊戯でしょう? ゴドロム。
ぞわ、ぞわ。腰から寒気が――嫌な予感が、蛇か百足みてえに背筋を這い上がってくる。
「それって、まさか……リアルナさんか?」
「いかにも。我ら神々の女王、月の女神セフィーヌじゃ」
「……! そう言えば、確かに――」
ゴドロムとの勝負を始めてから、俺はあの女神様の姿を見た覚えがねえ。リアルナさんの奴、一体どこ行ったんだ?
胸中に湧き上がった不安が、顔に出ちまったかもしれねえ。ヒューリオスとウォーロが俺の面を見て互いに一瞥を投げ、まるで示し合わせたかのように、思わせぶりなことを言い出した。
「ところで今、和平のための話し合いはどうなっているのでしょうねえ? サンドレオの使者たちに無理な要求を突きつけられて、ウルフェイナ王女が困っていたりしなければよいのですが……」
「しかり。それだけならまだよいが、我らが女王がいらぬちょっかいなど出して、もはや収拾のつかぬことになっておるのではないかのう」
「……っ!」
いい加減なこと、言わねえでくれよ。
掌に爪痕が残るくらい、固く握った拳を震わせて、込み上げる怒りをこらえた。
……落ち着け。神々はなんの根拠もねえ、適当な予想を口にしてるだけだ。気にする必要はまったくねえ……はずなのに。
連中の言葉にゃ、どこか不吉な予言めいた響きがあって、俺の不安をかき立ててくれやがる。
まさか本当に的中してたりとか、そんなことはねえよな?
「……不覚だわ」
眉間を親指と人差し指で押さえ、唇をきゅっと噛んで、サーラがつぶやいた。
「ずっとこの場にいたのに、セフィーヌ様がいなくなったことに気がつかないなんて……!」
デュラムも口にゃ出さなかったが、表情は心なしか悔しげだ。
「無理もない話じゃ、魔女の娘よ」
半ばあざ笑い、半ば慰めるような口調で、ウォーロが言った。
「我らが女王は、人知れずその場から姿を消す魔法が得意じゃからのう。おぬしら地上の種族では、まず気づかぬわい」
それを聞いて、俺は井戸端で森の神と話したときのことを思い出した。
「そう言えば、ガレッセオも同じようなことを言ってたな。魔法を使ってデュラムとサーラに気づかれず、こっそり抜け出してきたってさ」
俺としたことが、なんであのとき考えなかったんだよ? 同じことをする神が、他にもいるかもしれねえって。
「それはそうと、せっかくですからもう一つ、貴方がたに忠告しておきましょう」
衝撃を受けてる俺たちに追い討ちをかけるように、風神ヒューリオスが口を開いた。
「つい先程、風が教えてくれました。どうやら、元々この場にいなかった神が一人、この館に来たようです――あなた方にとって一番厄介で、危険な神がねえ」
「なんだって?」
「なんですって?」
思わず声をそろえ、顔まで見合わせちまう、俺とサーラ。それを見て、大地母神がぼそりとつぶやいた。「…………仲がいいのね、あなたたち」って。
そう言われて悪い気はしねえが、今はそんなことに気を取られてる場合じゃねえ。
「そいつは、ひょっとして……?」
燃えるような赤毛と灰色の肌、紅玉の瞳を持つ少年の姿が、脳裏に浮かんだ。
サーラも、それにデュラムも、俺と同じことを考えたらしい。
「風神ヒューリオスよ。それはまさか、火の神では……?」
妖精の美青年が問いかけると、風の神はピュウと口笛吹いて、薄い笑みを浮かべてみせた。
「お察しの通り、メラルカです」
「やっぱりかよ……!」
昨日、俺たちを危機に陥れた火の神が、またおいでなすったのか。
「……急いだ方がよろしいのではありませんか?」
薄笑いを浮かべたまま、ヒューリオスが言う。
「彼もまた、先程の約束に縛られない神ですからねえ。和平の話し合いを、邪魔しようとするかもしれませんよ?」
「言われるまでもねえ――デュラム、サーラ!」
二人の仲間を促し、俺は神々に背を向けた。芝生を蹴って、走り出す。
「さてはて、これからどうなることかのう」
「我らが女王、それにメラルカ。果たして、どう動くのでしょうねえ」
楽しげに語らう神々の声が、背後から聞こえてきて、俺の焦燥感をあおり立てる。
「ちくしょう……!」
今日はこの中庭に来てからずっと、神々に振り回されてる気がするぜ。
さっきは雷神を将棋の勝負で打ち負かして、一矢報いた気がしてたのに……今じゃもうこの有様だ。
俺たちゃ結局、神々の掌中で踊らされてるだけなんじゃねえか――そう思うと、いら立ちが込み上げてくる。
そいつを胸の奥に押し込めて、俺は急いだ。
めざすは広間、姫さんとサンドレオ帝国の使者たちが話し合ってるところだ。




