第27話 勝負あり、だぜ!
中庭へ戻ろうと、館の廊下を歩いてると、歌声が聞こえてきた。
森の中を流れるせせらぎのように、清涼な声。これは……サーラだ。魔女っ子が神々のために、歌ってるんだ。
「こいつは……懐かしいな」
俺が冒険者になる以前、子供の頃から好きだった歌だ。サーラと出会ってまだ間もねえ頃、あいつもこの歌がお気に入りだと知って、思わず瞳を輝かせちまったのを、よく覚えてる。
この魔女っ子となら気が合いそうだって、そう思ったんだ。
歌詞は確か――こんな感じだったはず。
「今日から俺は冒険者。冒険求めて旅立とう!
腰帯に剣をつり下げて、靴紐結んで荷袋背負い、
我が家の扉に鍵かけて――準備は万端、さあ行こう!
まずは緑の森を抜け、次は山越え、谷渡り、
黄金の砂漠に火を噴く山、凍てつく大河も恐れずに、
前見て進もう背筋を伸ばし、口笛吹き吹き、胸張って。
時には木陰で一休み。冷たい湧き水、一口啜り、麺麭と乾酪を一齧り。
一息ついたそのあとは、また歩き出そう――汗ぬぐい、緩んだ靴紐締め直し。
求むは冒険、夢と浪漫。
狙うは賞金かかった魔物たち、遺跡に眠る金銀、絹。宝石、陶磁器、骨董品。
日がな一日、剣を振るい、松明かざして突き進め!
走って、跳ねて、転がって。隠れて、伏せて、飛びのいて。
魔物の牙避け、爪防ぎ、遺跡の罠をかいくぐれ!
西の彼方に太陽沈み、東の果てから月昇り、夜の帳が降りたなら、川のほとりで野宿の支度。
焚き火を起こして水を汲み、夕餉を済ませたその後で、
毛皮を敷いて寝転がり、星空眺めてまどろもう。
明日も一日、旅、冒険! 日がな一日、旅、冒険!
俺は駆け出し冒険者。血潮が沸き立ち肉躍る、冒険求めて、さあ行こう!
仲間たちと、どこへでも。果て無き道を、どこまでも――」
中庭へ行くと、真ん中の噴水に腰かけて、肩を揺らしながら歌ってる、魔女っ子の姿が目に映った。そのまわりに集い、歌に耳を傾ける神々の姿も――。
歌が終わると、神々の間から感嘆の溜め息が聞こえ、拍手も沸き起こった。どうやらサーラの歌は、天上の権力者たちのお気に召したようだ。
「ほほう。なかなかの歌上手ではないか、魔女よ」
「しかり! 結構な歌声ゆえ、つい身を乗り出して聞き入ってしもうたわい」
「ヴァハルにも聞かせてやりたいものぞ、あの冥界の引きこもりめが聞いたら、涙を流すこと間違いなしぞ!」
神々はそんなふうに笑い合ってたが、俺がやってくると互いに意味ありげな視線を交わし、意地の悪い笑みを口の端に閃かせる。
「おお――ちょうどよいところに戻ってきたのう、人間の小僧」
禿頭をぐるりと回し、肩越しにこっちを見やって、雷神ゴドロムが俺に声をかけてきた。
口調は明るいが、どこかわざとらしい、他人を虚仮にするような響きがある――そう感じるのは、俺の考えすぎだろうか。
「さあさあ、座れ。早速、勝負の続きといこうぞ」
海神ザバダが手にした銛で、ゴドロムの向かいの席を指し示した。
「ずいぶん長々と頭を冷やしておったようだが、よい手の一つや二つ、思いついたであろうな?」
ゴドロムが俺を見下ろして、余裕の笑みを浮かべてみせる。
俺は黙って席に着くと、答える代わりに、すっと一手を指した。外で頭を冷やさなきゃ――それに、ガレッセオやチャパシャと話さなけりゃ、絶対思いつかなかった手だ。
「わしには勝てぬと悟って、投げやりになりおったか」
雷神がにやにやしながら駒を進めると、黙ってもう一手。続いてゴドロムが指すと、さらに一手。その後、二手、三手と続けるうちに、にやついてたゴドロムの口許から笑みが消えた。
「む……?」
眉間にしわを寄せ、身を乗り出して、盤上を見つめる。顎鬚を扱き、首をひねり、一手指す度に「おかしい」「そんなはずはない」とかなんとか、いぶかしげな独り言が増えてくる。
そして、とうとう――。
「小僧、貴様……!」
ゴドロムののどがごろごろと、稲妻の響きを立てる。神の強面が、怒りといら立ちの色に染まってきた。だらしなく半開きになってた口がぐっと引き結ばれ、奥からぎりぎりと歯軋りの音が聞こえてくる。
表情だけじゃねえ。膝頭をつかむ雷神の手に、ぎゅうっと力が込められるのを、俺は見逃さなかった。
「へっ、さっきはずいぶん他人の心を引っかき回してくれたじゃねえか――そら、いただきだ!」
盤上から騎士の駒を取り上げ、破顔する俺。
「これで形勢逆転。今度はこっちの番だぜ、雷神ゴドロム!」
「こやつ、小癪な……!」
見物してる他の神々の間でも、動揺のざわめきが大きくなってきた。
「これは……一体どうしたことぞ?」
「あの状況から逆転するとは、予想外ですねえ」
「しかり。わしもいささか驚いておるわい」
もっと驚けよ、天空の都の神々!
「どうやら、調子を取り戻したようだな」
俺の様子を傍らで見てた妖精の美青年が、腕組みして言った。そっけなく聞こえる口調だが、口許にかすかな笑みが浮かんでるように見えるのは、気のせいじゃねえだろう。
「頭冷やしてこいって、お前が言ってくれたおかげだぜ、デュラム」
俺が礼を言うと、デュラムは意表を突かれたかのように眉を上げ、こっちを見たまま何度か瞬きした。それから……やっぱりというべきか、顔を背けて鼻を上向け、「……ふん」と一言。
素直じゃなさすぎて、ある意味わかりやすい奴だぜ。
「油断しないで、メリック」
俺の耳元で、とんがり帽子の魔女がささやいた。
「また挑発されても、いちいち気にしちゃだめなんだから。熱くならないで、落ち着いて――」
「ああ、わかってるぜ」
世話焼き根性全開のサーラに、俺はぱちっと目配せしてみせる。「もう、大丈夫だ」って。
それを見て、魔女っ子は一瞬目を見張ったが、すぐにふっと目尻を下げた。愛らしい唇の間から、かすかな音を立てて漏れたのは、安堵の溜め息だろう。
「……そう。なら、いいわ。あたしじゃ大した助言はできないけど……がんばって」
「ああ、任せとけって!」
こうして審判の天秤は、完全にこっちへ傾いた。
ゴドロムが差し向けてきた最強の駒、女王をこっちの陣地へ誘い込み、戦士に逃げ道を塞がせる。相手が身動きできなくなったところを、こっちの女王に討ち取らせた。
あとは相手の守りを突き崩し、その中心にいる王を仕留めるだけだ。
残った手駒をすべて投入して、敵の王を守る魔法使いと神官の双璧を攻め立て、打ち破る。
あとは、残る戦士たちと戦車一台を抑え、次の一手で――カツン。
「勝負あり、だぜ!」
背筋を伸ばし、胸張って、俺は堂々と勝利を宣言した。天空の都ソランスカイアに住む、神々の一人に向かって。
「ば、馬鹿な。こんなはずでは――!」
腰を浮かせてうろたえる雷神。その前で、将棋盤がぼうっと青白い光を放ち、それに応えるかのように――ズバババーン! 暗雲立ち込める天空から、稲妻が一気に駆け降りてきた。
青みを帯びた白い雷が一筋、轟音と共に落下する。落ちたのはもちろん、ゴドロムの禿頭。しかも、そのてっぺんだ。
「ぐ、ぐぅわあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁッ!」
胡座をかいたまま、全身まばゆいばかりの雷光に包まれた神は……ぷすぷす。どこか間抜けな音を立てて、脳天から爪先まで真っ黒になった。まるで、桶一杯の洋墨を、頭からかぶったかのように。
黒焦げのまま、神は無言でぱちくり、ぱちくりと目を瞬かせた。それから一つ、二つ、三つ――。
「うぉのれ人間の小僧、貴様あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁッ!」
三つ数えりゃ、あら不思議! どんな魔法が働いたのか、ぱっと一瞬で元の姿に戻り、騒々しく暴れ出しやがった。
やっぱり、神様ってのは不死身なんだな。
「死ぬかと思うたではないか、どうしてくれる!」
本人に、教えてやるべきだろうか。奴の背後で、海神と戦いの神が「死なない、死なない」って、仲良く左右に首振ってるんだが。
「いや、どうしてくれるも何も、自業自得だろ?」
負けた奴に、稲妻が落ちる。この神様が、自分で決めた規則じゃねえか。
けど、ゴドロムは負けたのがよっぽど悔しかったらしく、しきりに地団駄踏んで暴れてる。
「おぉおぉ、なんたる屈辱、なんたる恥辱! 地上の種族、それも死すべき定めの人間ごときに、このわしが一敗地にまみれようとは!」
前かがみになって、両手で不毛の頭をがりがり引っかいたかと思えば、そのまま思いっきり上半身をのけ反らせ、大袈裟に天空を振り仰ぐ。しまいにゃ地面に突っ伏し、背中を丸めちまって、今にもおいおい泣き出しそうな雰囲気だ。傍らに大地の女神がしゃがみ込み、肩をポンポン叩きながら、無表情な顔で「よしよし」って慰めてるのが、なんだか笑える。
「ったく。でっかい図体して、子供みてえな神様だぜ」
将棋なんざ、連中にとっちゃ単なる遊戯、ほんの手慰みだろうに、ここまで悔しがるなんざ大人げねえ。まあ、気持ちはわかる気もするけどさ。
俺も……神々にゃ、負けたくなかったからな。
とはいえ、これで雷神様に、借りは返したぜ。サーラを轢かれかけた借りは、きっちりとさ。




