第29話 姫さん、その格好は?
巨漢のナボン太守が住んでるだけあって広大な館の中を、肩で風を切りつつ、足早に進む。俺とデュラム、それにサーラの三人で。
本当はもっと急いで、伝説の八脚馬みてえに突っ走りてえんだが……この館、壁は石造りのくせに床は板張りで、足音がやけに大きく響くんだ。他人様の家であんまり騒がしくするのは礼儀に反するってことで、はやる気持ちを抑えて早足で進んでる。
「あの広間へは、この廊下の突き当たりを右に曲がる――だったよな?」
「忘れん坊。右じゃなくて、左よ」
「そうだっけ」
ぽりぽり。人差し指の先で、ほっぺたを引っかく俺。
とはいえ、めざす広間はすぐそこだ。扉の前にゃ、見張りの戦士が二人いたはずだが、今はどうなってるだろうか?
「よっしゃ! 広間の前に到着だ……ぜ?」
扉が見えたところで、思わず声が裏返っちまった。
そのとき、俺の目に映ったのは――壁際でだらしなく脚を伸ばし、頭を垂れてへたり込む、二人の戦士。そしてそのそばに立つ、長い銀髪に黒い貴婦人服の女だった。
「お待ちしておりましたわよ、フランメリック様」
「リアルナさん……!」
またの名を、セフィーヌ。夜の世界を統べる月の女神だ。
「こちらのお二人なら、ご心配なく。昨日のマイムサーラ様と同様、眠りの魔法でお休みいただいただけですわ」
どうやら、例の物騒な得物で命を刈り取ったわけじゃねえらしい。けど、だからって安心はできねえ。こんなことして一体どういうつもりなのか、探りを入れねえと。
「リアルナさん。あんたやっぱり、また何かたくらんでるのかよ?」
あまり大声にならねえよう気をつけながら、天界の王妃に問う。姫さんやサンドレオの使者たちにちょっかい出して、和平の話し合いを邪魔しようとか考えてるんじゃねえかって。
俺が詰め寄ると、リアルナさんは呆れたように肩をすくめた。
「思慮の足りない方ですのね。何かたくらんでいるのなら、こんなところであなた方を待っていたりしませんわ」
「じゃあ、あんた一体、ここで何を……?」
答える代わりに、広間の扉をちらりと見やり、意味ありげに微笑する月の女神。
「こちらへ来て、聞き耳を立ててみませんこと? 面白い話が聞けますわよ?」
「……?」
好奇心に突き動かされ、まるで魔法にかけられたかのように、足が扉へ向かっちまう。鉄で補強された木の大扉に肩を押し当て、耳を澄ませて中の物音、話し声を聞いた。
「――何度も言っているだろう、そんなものはこの町にはないっ!」
まず聞こえてきたのは、姫さんのいら立たしげな声。その後に、物憂げな若い男の声が続く。
「いやフェイナ、伝承が事実ならば、あれは今もこの町のどこかに眠っているはずだ。見つけ出して、こっちに渡してもらおうじゃないか」
「それが和平を結ぶ、最後の条件だというのか。もし見つからなかったら、そのときは……?」
「代わりにこの町をいただいて、俺が自分であれを探すことにする。それもできないと言うんなら仕方ない、ここまでの話はなかったことになるが、それでもいいのか?」
「そ、それは困るっ……!」
姫さんの声が、驚きと焦りの響きを帯びる。
「じゃあ、お前に選択の余地はないだろう? せいぜい血眼になって探すんだな」
「くっ……!」
どうやら姫さん、理不尽な条件を突きつけられて困ってるようだ。
「……手こずってるみたいね、あの王女様」
傍らに来て聞き耳を立ててたサーラが、そうつぶやいた。
「ああ、そうだな……って、おいサーラ。顔が近いぜ、もう少し離れろって」
ちょいと恥ずかしくなって、そう言ったんだが、
「あら、そうかしら?」
とか言いながら魔女っ子の奴、ずいっと顔を近づけてきやがる。
「お、おいこらサーラ。近づくんじゃなくて離れろってんだ」
「なーに恥ずかしがってるのよ、弟分のくせに」
指先で鼻面を、ちょんちょん突かれた。
「顔が赤いわよ、顔が」
そう言われて、ほっぺたがかあっと熱くなる。
「サーラお前、俺をからかって楽しんでやがるな……」
こんなときに、何やってやがるんだ。
肩を扉に押し当てたまま、魔女っ子とひそひそ言い合ってると、
「――あら、ごめんあそばせ。手が滑りましたわ」
扉が突然、広間の中へと開かれた。リアルナさんが、片手でそっと押し開けやがったんだ。そうなりゃ当然、扉に寄りかかってた俺は広間へと倒れ込んじまうことに――って、どわあぁ!
「ちょ、ちょっとメリック――きゃあっ!」
俺としたことが、女の子になんて無礼を! 何かにつかまって体を支えようと、魔女っ子の肩に手をかけちまった。おかげでサーラまで、扉の向こうへ引っ張り込まれる羽目になり――。
「むぎゅう!」
二人で仲良く入っちまった広間じゃ、姫さんとサンドレオの使節団が話し合いをしてる真っ最中だった。レヴァン杉の長机を挟んで左手に姫さんとナボン太守、それに側近と町の有力者たちが席に着き、右手にゃ帝国の使者たちが座ってる。
そこへ突然、招かれざる客が乱入してくりゃ、注目の的になるのは当然だろう。双方の目、目、目が一斉に動き、驚いたようにまじまじと、こっちを見つめてくる。
「へっ、へへ……」
ああ皆さん、こりゃどうも――って感じの引きつった笑顔で、こめかみに一筋汗を流す俺。太陽神リュファトに限らず、すべての神々にかけて、こりゃまずいぜ。
まず、姫さんたちに事情を説明しようにも、扉を開けた張本人はもうどこかへ雲隠れあそばして、影も形もねえ。
あの女神様、俺とサーラを危機に陥れて、自分だけちゃっかりとんずらするなんざ、ずるいぜ。
しかも今、俺とサーラはどうなってるのかと言えば――先に倒れ込んだ俺の背に魔女っ子ががばーっとのしかかって、二人で重なり合ってる状態だ。
国の代表同士が話し合ってる広間にこんな入り方をして、ただで済むはずがねえ……。
「フランメリック! なぜ、お前たちがここに?」
まわりが騒ぎ出すより早く、姫さんが席を立って、こっちへ飛んできた。
「あれ……姫さん、その格好は?」
城壁で俺たちと別れた後、着替えたんだろうな。フォレストラの王女様は、いつも身につけてる水着みてえな革鎧じゃなくて、白い貴婦人服をまとってた。上質の絹をふんだんに使い、繊細な刺繍を施して、仕上げに真珠をちりばめた逸品だ。いつもの露出過剰な身なりと違い、純白の布地に緑の髪がよく映えて、楚々とした気品が感じられる。普段よりずっと「お姫様」らしくて、思わず見とれちまいそうだ。
「そういう淑女っぽい格好することも、あるんだな」
いや、今はそれより事情を説明する方が先だろうって、心の中で自分に突っ込む俺。けど、姫さんは「淑女っぽい」って言われたのが嬉しかったようで、
「ん……ま、まあなっ。さすがにこんなときまで、あの革鎧ではいられないからな……」
とか言って、ほっぺたをほんのり赤らめてる。
「どういうことだ、フェイナ?」
そのとき、サンドレオの使者が一人、分厚い毛皮の外套を揺らして、こっちへ歩いてきた。
「曲者かと思ったが、お前とは顔見知りみたいじゃないか。こいつらが何者なのか、俺が納得できるよう説明してくれるだろうな?」
……この声。さっき扉の向こうで、姫さんと話してた奴だ。波打つ金髪と浅黒い肌を持つ、異国情緒豊かな美青年。金糸銀糸の刺繍が施された豪華な絹の服を身にまとい、もこもこした獅子の毛皮を羽織ってる。指や手首にきらめくのは、見るからに高価そうな金銀の装身具だ。
顔立ちは端整で色気さえ感じさせるが、表情は物憂げ、曇った目には覇気がねえ。胸元をはだけてたり、体から甘ったるい香油の匂いを漂わせたりと、なんだかだらしねえ感じがするぜ。
もっとも、人前で腹なんざ出してる俺に、言えたことじゃねえけどさ。
それより、この気だるげな顔、どこかで拝んだような気がするんだが……?
「冒険者のフランメリックと、その仲間たちだ。私の客人として、昨日からこの館に滞在している。森の神ガレッセオにかけて、決して怪しい者ではないぞっ、レオストロ!」
「……!」
最後に姫さんの口から出た、相手の名を聞いて思い出した。レオストロ――サンドレオ帝国皇帝レオストレムの息子。今回、姫さんが話し合う相手になってる皇子様だ。
そんな大物と、こんな形で顔合わせしちまうなんて。ったく、今日はなんて日だよ!




