第20話 おいでなすったぜ
サンドレオ帝国の使節団が姿を見せたのは、ちょうど昼飯時のことだった。
コンスルミラはフォレストラ王国の東端――〈緑の絨毯〉とも呼ばれるカルコラム大草原の外れにある町で、南にゃ紺碧のウェーゲ海を臨み、北と東西の三方を凸凹つきの城壁に守られてる。
東の城壁に上って、そこから町の外に広がるのどかな草原を眺めてた俺は、遠方にぽつんと一つ、人影が現れたのに気づいた。
早速、傍らのデュラムやサーラ、姫さんやナボン太守に呼びかける。
「おいでなすったぜ」
「そのようだなっ」
城壁から身を乗り出し、彼方の人影をにらむように見つめる姫さん。
一つ、二つ、三つ。人影は俺の胸が一拍鳴る度に、その数を増していく。十、二十、三十、胸が十拍鳴る間に五十を超え、二十拍鳴る頃にゃ百に達した。その後も見る間に増え続けて、数えるのも嫌になっちまう。
あれは……少なく見積もっても、千人はいるだろう。
「あれが使節団? ちょっとした軍勢じゃない」
と、サーラが目を見張る。
確かにあれは、和平を結ぶどころか、戦いにきたって感じがするぜ。
「姫さん。和平ってのは、本当にこの町で結ばれるのか?」
「そうだっ。私が我が国の代表としてサンドレオの使節団を出迎え、ナボン太守の館で和平の条件について話し合うことになっている。それがまとまれば、和平成立だっ」
なんだか姫さん、表情が堅いじゃねえか。緊張してるんだろうか。
「現在、我が国とサンドレオは、一時休戦しているにすぎないからな。今回、私が和平を結ぶことに失敗すれば、そのときは――」
「また、戦いになるってことね」
「そうだ。そして、真っ先に戦場になるのは、サンドレオとの国境に近いこの町だろうな」
「……一応聞くけどさ。この町にゃ、フォレストラの戦士は何人くらいいるんだ?」
万が一戦いになったとき、町を守って戦える奴の数はどのくらいなのか、確認しておかねえと。
「今は精鋭が五百ってところですだぁ、冒険者殿ぉ」
姫さんに代わって、鬼人の太守が答えを口にした。
「奴らの半分しかいないのか」
眉根を寄せる妖精の美青年に、姫さんは小さくうなずいてみせる。
「我が国には、これ以上サンドレオと戦を続けるだけの力はないのだ」
「……そうだったな」
フォレストラ王国はフェルナース大陸で最も古い歴史を持つ大国だが、今はいろんな災厄に見舞われて大変らしい。つい最近までサンドレオ帝国との小競り合いに負け続けて領土を削り取られる一方だったし、名君と称されるベアトリウス王が病の床に伏してるのをいいことに、重臣たちが熾烈な権力争いを繰り広げてるとも聞く。まるで……親父が死んだ後の、俺の故郷みてえに。
それに、魔物の群れが村や町、時には都を襲うこともあって、民の間じゃ不安が広がってるようだ。俺が見たところ、このコンスルミラって町はまだ平和が保たれ、活気に満ちてるが、これは数少ない例外ってもんだろう。
「だから私は、なんとしてもサンドレオの使者たちと話をつけ、和平を結ばなければならない――国を守り、民を救うために。しくじることは、許されないのだっ!」
「あんまり気負って肩に力入れすぎると、かえって上手くいかねえもんだぜ、姫さん」
一時の気休めかもしれねえが、少しでも姫さんの緊張をほぐしてやりたくて、俺は言った。そんな気持ちが、多少なりとも伝わったんだろうか。フォレストラの王女様は、張り詰めた弓みてえに引き締まってた表情を、束の間緩めて微笑した。
「さあ――使節団はじきに到着するぞっ! 私は出迎えの準備がある。お前たちには、昨日も話した通り、神々の相手を頼みたいのだが」
「やっぱり、俺たちにできることって言えば、それくらいか」
「お前たちにしかできないことだ」
と、せりふの半ばに力を込める姫さん。
「神々の力は半年前、〈樹海宮〉で私も目にしている。あれほど強大な力を持つ神々を抑えておくことなど、我が国の戦士たちには無理だ。だが、お前たちなら……あの方々を引き止め、中庭に留めておくこともできるだろうっ?」
「その間に、姫さんはサンドレオ帝国の使節団と話をつけて、和平を成立させるってわけだな」
「ああ。お前たちに厄介な裏方の仕事を頼んでいるのだからな。表舞台での役割は、必ず果たしてみせるぞっ!」
俺たちがそんな話をしてる間にも、使節団はどんどんこっちへ近づいてくる。
砂漠が領土の大半を占めるサンドレオ帝国から旅をしてきただけあって、駱駝に乗ってる奴がほとんどだ。砂漠の舟とも呼ばれる駄獣たちは、東方産の絹を運ぶ隊商みてえに長蛇の列をつくり、悠然とこっちへ向かってくる。首に下げた鈴を揺らし、チリリン、チリンと、澄んだ音を立てながら。
駱駝の背に揺られて進む奴らの他に、足の速い馬にまたがって周囲の警戒に当たる戦士の姿も見える。徒歩の奴も、結構いるようだ。
やがて、一列になって進む駱駝たちの後方に、怪力の鬼人四人に担がれた輿が見えてきた。
その上にでんと胡座をかいてるのは若い金髪の男だが、豪華な服装から察するに、かなり身分の高い奴らしい。
「なあ姫さん、ありゃ誰だよ? ほら、あの輿に乗ってる偉そうな奴! 知ってたら、教えてくれねえか?」
ナボン太守にあれこれ指示を出してた姫さんにたずねてみると、フォレストラ王国の王女様は、その男を目にするなり、こう答えた。
「サンドレオ帝国の皇子レオストロ。使節団の代表で、私が話し合う相手だっ!」
「あれが……?」
以前、短い間だがサンドレオ帝国を旅したときに、その名は聞いたことがある。皇帝レオストレムの息子、〈獅子皇子〉レオストロ。弱冠十二歳で砂漠の魔物、獅子女を倒したって武勇伝を持つ英雄だ。けど……。
「それにしちゃ、あんまり覇気を感じねえ人だな」
俺が遠目に見る限り、輿の上で気だるげに頬杖をつく二十代前半の青年は、お世辞にも英雄らしいとは言えねえ。むしろ、輿の左右で馬を進める護衛の戦士たちの方が、よっぽど堂々としてるように見えるんだが。
……おっと、いけねえ! そうこうしてる間に使節団の奴ら、もうすぐそこまで来てやがる。
「フェイナ様、太守様。そろそろお召し物を替えませんと……」
何やら声が聞こえると思ったら、城壁に上がるための階段の下から、姫さんとナボン太守に呼びかけてる連中がいる。多分、二人を支える側近や、この町の有力者だろう。人間だけじゃなくて、貴族らしい豪奢な身なりの妖精や、分厚い本を携えた賢者風の小人、裕福な商人って出で立ちの小鬼もいるみてえだ。
「ああ、わかった、すぐに行くっ! では、フランメリック……神々のこと、くれぐれもよろしく頼むぞっ!」
「ああ。やってみるぜ、姫さん!」
ナボン太守を連れて、姫さんは城壁を下りていく。俺たちも、太守の館へ戻ろう。
神々が居座ってる、中庭へ急がねえとな……!




