第19話 仲直り
「フランメリック、起きているかっ?」
朝一番に聞こえたのは、扉を軽く、控えめに叩く音。それに、暗殺者との戦い以来顔を見てねえ、あの人の声だった。
「え……姫さん? ちょ、ちょっと待っててくれ!」
一応目覚めちゃいたものの、しつこくまとわりつく眠気を降り払えずにいた俺は、その声を聞いて、寝ぼけ目を擦った。寝台から跳ね起き、手早く革鎧と脚衣を身につける。
寝起きだからって、淑女の前に黒い逆三角形の下穿き一丁で出るなんて無礼はできねえ。指を櫛代わりにして髪を適当に整え、ほっぺたを二、三度叩いて眠気を吹っ飛ばし……よっしゃ、身支度完了だぜ。
ちなみに、デュラムと同じ形の下穿きを穿いてるのは……ぐ、偶然なんだからな、本当に!
扉を開けると、フォレストラの王女様がそこにいた。相変わらず、きわどい水着風の革鎧姿だ。両腕を背後に回し、視線を爪先のあたりに落として、もじもじと話しづらそうにしてる。怒ったように、あるいは困ったように、きゅっと寄せられた眉根。こっちをちらり、ちらりと見やる目が、俺に「話をしてもいいか?」って、無言で問いかけてくる。
「なんだよ姫さん、こんな朝っぱらから」
「……起こしてしまったかっ? それならば、謝るが」
「いや、いいって。それより……どうかしたのかよ?」
俺の問いにどう答えるべきか、姫さんは迷ってるようで、しばらく逡巡する様子を見せてたが、やがて意を決したように、面を上げた。
「昨日はその、すまなかったっ! お前をこの館に招いておいて、危険な目に遭わせたのに、謝るどころか些細なことで腹を立ててしまって……」
「あ……ああ、そのことかよ」
昨夜、暗殺者が逃走した後で、姫さん、なぜだか機嫌を損ねて出ていっちまったんだっけ。
「それだったら、わびるのは俺の方だって。姫さんの気に障るようなこと、しちまったみてえだし……」
もっとも、何が姫さんの気に障ったのか、どうもそのあたりがよくわからねえんだが。
「今日会ったら、まずわびようと思ってたんだ。昨日は、悪かったってさ」
「そ、そうなのかっ?」
それを聞いて、硬かった姫さんの表情が、一気に和らぐ。
「では……この件はお互い様というか、おあいこということで、いいかっ?」
「ああ。姫さんさえよけりゃ、これで仲直りってことにしてえな、俺は」
「わ、私はもちろん、文句はないぞっ!」
「仲直り」って言葉を聞いて、フォレストラの王女様はなんだか嬉しそうだ。けど、姫さんが話を変えて、こんなことを言い出したとき、その顔に再び影が差した。
「そ、それはそうと、昨日の頼みだが……」
……頼み、か。今日、サンドレオ帝国の使者たちがこの町へ来る。連中との和平が問題なく成立するよう、俺たちの力を貸してほしいって――確か、そんな話だったはずだ。
「どうするか、考えてくれたかっ?」
「ああ、それは――」
「力を貸してあげる、だそうよ」
俺の背後から、寝起きで帽子をかぶらず、髪も三つ編みにしてねえ魔女っ子が、ひょこっと顔を出した。さらにその後ろで、腕組みした妖精が聞こえよがしに溜め息をつく。
「正直、私は反対なのだが、この男がどうしてもと言い張るのでな」
「な、なんだよ二人とも、起きてたのかよ?」
昨夜は万一、また暗殺者が襲ってきたときに備え、三人で同じ部屋に泊めてもらったんだ。それにしても二人とも、いつの間に起きてたんだか、気づかなかったぜ。
まさか……デュラムはともかく、サーラに俺の下着姿、見られてねえだろうな?
「……見たわよ。昨夜あなた、毛布蹴脱いで寝てたでしょ? こっそりかけ直してあげたんだけど、そのときにばっちり♪」
「ええっ!?」
サーラの奴、俺の心を読みやがった。
「お前、なんで俺の考えてることが……?」
ひょっとして、魔法を使いやがったのか。
「読めるわよ、弟分の心くらい。それでなくてもあなたって、わかりやすいんだから♪」
「は、恥じらいの女神ぺネリにかけて、なんてこった……」
起きてるときならともかく、寝てる間に無防備な下着姿を見られちまうなんざ、ふ、不覚! 恥ずかしさのあまり、きのこの下で雨宿りする小妖精みてえに、小さくなっちまいそうだ。
「何よメリック。昨日、一緒にお風呂まで入ってるのに、恥ずかしがることないじゃない」
「うぅ……」
それでも、恥ずかしいもんは恥ずかしいんだって。
「ま、まあ……! そういうわけだからさ、姫さん」
俺は姫さんの方へと向き直り、無理に笑ってみせた。魔女っ子にあられもねえ寝姿を見られちまった恥ずかしさを、必死に押し隠して。
「デュラムとサーラもいいって言ってくれてるし、俺たちにできることがありゃ、力になるぜ」
「フランメリック……!」
多分、断られると思ってたんだろう。姫さんは意外そうに目を見開き、こっちをまじまじと見つめた後、
「森の神ガレッセオにかけて、恩に着るぞっ!」
不意に翡翠の瞳を潤ませ、がばっと俺に抱きついてきた……って、ええっ?
「お、おい……姫さん?」
今度は驚きの女神ラプサにかけて、なんてこった。朝っぱらから、寝泊りしてた部屋の戸口で半裸の女の子に抱きつかれるなんて。
フォレストラの王女様に、右手を首に、左手をむき出しの腰に回されて、俺は目を白黒させちまう。
「よ、喜ぶにゃ早いって! 俺たちなんざに大したことはできねえだろうし、何ができるかもわかんねえわけで……」
と、俺は事実がほとんど、謙遜が残りを占めてるせりふを口にしたが、姫さんはまるで一騎当千の味方を得たかのように喜んでる。よっぽど嬉しいのか、ぎゅうぅっと腕に力を込めて、俺を抱き締めてくるんだが、
「ひ、姫さん痛え、痛えって!」
その腕っ節ときたら、鬼人のナボン太守と腕相撲ができるんじゃねえかって、突っ込みたくなるほどだ。おまけにその格好で抱きつかれちゃ、恥ずかしいったりゃありゃしねえ。
「ちょっと、そこの王女様。あたしの弟分が苦しがってるじゃない。放しなさいよ!」
見かねたサーラが、そう声をかけてくれたおかげで――ふう! 姫さん、ようやく解放してくれたぜ。
それはさておき、これから一体、どうなることやら。姫さんの頼みを引き受けたはいいが、果たして俺たちゃ、この人のために何ができるだろうか……?




