ver.042
眩しい……。
巨大な空間が広がっていた。学校の体育館の二倍ほどの面積がある。天井までは二十メートルほどあり、ライトがついているので、昼間のように明るい。左右の壁には、数多くの扉があった。この部屋の他にも、数多くの部屋があるのかもしれない。
――と、適当に部屋の中を観察していると、私の目に、不思議な物体が映った。
それは、人間だった。
少し離れた場所で蠢く人の集まりだ。
ほとんど男性に見えた。
彼らが、声を馬鹿みたいにあげて、何かを取り囲んでいる。
女性だった。
裸の女性がいる。男は、その女性を、……レイプしていた。数人の女性が、次々に犯されていた。その集団の傍らには、死んだように倒れた人間の姿がある。近未来的なシェルターの中で、人間は、乱交をしている。
なんで、よりによって?
そう思った時、背後で足音がした。
咄嗟に振り向こうとした瞬間、背中を何かで強打される。
「ぎゃッ」
衝撃で前方に吹き飛んだ。
「ヒャッハー! 女が来たぜ!」
吐き気を催す痛いが、背中から私の体を覆い尽くす。腕が震えた。なんとか立ち上がろうとしたけど、その瞬間に、顔を蹴られて、意識が飛びそうになった。
「ビルドア……んんッ」
畜生、【ビルドアップ】を使おうとした瞬間、口を手で覆われる。「へへ、騒ぐなよー。今からおじさんと楽しいことしようなぁー」
必死に目を横へずらすと、視界に、クマのような中年男が映った。脂ぎった手で私の口を覆い、残った手で、……胸を触ってきた。
力を入れて、逃げようとしたけど、クソ、駄目だ、動けない。それに、まだ体がくらくらしている。
「ラッキー、ちょうど出てきたらこんな可愛い女の子がいるんだもんなぁ。へへへへ」
男は笑いながら、強引に私の制服をはぎ取ろうとする。ブレザーのボタンが千切れて、皮をはぎ取るかのように脱がされた。
私は、口を押える手に、噛みついた。
「あ、ってぇッ。このガキがッ」
スキルを……「ビ……ぁああ」ガンッ
私が何かスキルを呟くよりも早く、男は私の髪を無造作につかむと、一回、二回と、床へ叩きつけた。更に、腹に拳を打ち下ろしてきた。
めしゃ
とか、
ごちゃ
とか、嫌な音がする。頬の中で、何かがコロコロと動くのを感じた。痛い、痛い、涙が出そうになるくらい、痛い。
「騒がれるのは嫌なんだよー。へへ、これでいいか」
男は、何か汚い布を私の口に回しつけると、キツく縛った。それを退けようと顔を動かしたけど、喉を指で押しつけられて、頬を殴られた。
いってー。
男は、私が動かなくなるのを確認すると、満足げに笑った。そして、私のネクタイを強引に剥ぎ取ってから、シャツのボタンを外していく。
これは、不味い。
腕を動かそうにも、また顔かどこかを殴られる。少しでも体を動かすと、殴られた。ガッシボカ。
痛みも非道いけど、一番不味いのは、喋れないこと。スキルが使えないんだ。この程度の人間だったら、スキルを積めば、簡単に殺せるってのに、最悪、今はか弱い乙女だ、手も足も出ない。
しかも、この乱闘の最中に、私はポケットからケータイを地面に落としてしまった。男が邪魔で拾えない。画面が映ったけど、【インフォメーション】を中止します、と文字が表示されていた。私から、ケータイが離れると、スキルは終了してしまう仕様みたい。
男は途中で私のシャツのボタンを取るのに苦戦すると、無理矢理シャツを引きちぎる。パンと音が弾けて、ボタンが吹き飛んだ。私のブラで隠された胸が、露わになる。
それを見て、男は頬をめくらせて笑った。それは、人間がする笑みではなくて、動物的な笑みだった。今、この男は、理性的な感情を捨てていた。完全に、動物の単純な思考となっている。
それを見て、私は頬を曲げて笑った。
あぁ、なるほどね。と、私はカラスが私達人間を見下していた心理を、この時になって少し理解出来た。
そっか、人間は、本当は動物であるのに……、少しだけ頭がよくなっただけの生物のくせに、人間だけは、人間ぶるんだ。自分たちだけは、他の生物とは違うとでもいわんばかりに。
人間は、理性という、他の生物が持っていない別の思考回路を備えていると思っていたのだけど、それはただのまやかしなのかもしれない。本能を理性という膜で覆いって行動を正当化させているようで、その実、膜はとても薄い。現在のような、少しでも衝撃を受ければ簡単に破けてしまう程度に。あの奥で同じような行為をしているのも、その理性の膜が破けて、中から本能がむき出しになってしまったんだろうね。生物として、種の存亡をかけて、雄は生命の危機を感じ取り、本能的に、子孫を残そうと、蠢いているのだ。
私にのしかかるこの男も、それと同じか。今、必死にブラのホックを外そうとしている。いや、ここまで来たんだから、毟ればいいじゃん! とアドバイスをしそうになる。あ、これも、カラスが言っていた、人間ぶるという行為なのかもしれない。全く、本当に滑稽だね、この有様は。
はぁ、でも犯されるのなら、できればイケメンに犯してもらいたかったなぁ。もちろん、無理矢理されるってのは、相手が誰であってもイヤなものだけど、せめて、そこはもうちょっと考慮してもらいたかった……。
男は、腕を私の股間へ伸ばす。
ここまで、かな。
そういえば、ケイからのメールに、ここへ来れば、【運命グラフ】を完全に使えるって書いてあったのに、使えない。このまま、寿命にたどり着くまで、この男はずっと腰を振っていそうだし、私は死んでしまうよ。ってか、この男は、なんかズボンからナイフを取り出すと、それを私に向けてくる。うわ、毎日リョナを勤しむタイプの方でしたか。普段は、二次元の画像などで我慢していたけど、今は何やっても警察は来ない無法地帯なので、……ヤバい、私のお腹を裂く気なのかもしれない。内臓と絡み合いながらの性向ですか。うーん、あまり痛いのは、好みじゃないんだけど。
何か、武器が欲しい。腕は自由だから、何か鈍器でもあれば、それでこの男を殴れば脱出できる。だけど、……運よく、武器なんて近くに転がっていないよ……。【インフォメーション】も今は使えないし、あぁ、もう、現実はそう上手く行かないよね。
それでも、私は、男にバレないように、腕で地面を引っ掻く。男は、今、私の乳首を赤ん坊のように舐めているのに夢中で、大胆な動きを見せない限り、大丈夫だろう。木の棒でもいい。出来れば先端が尖っている感じの、物体、何か無いのか?
――赤。
え? と、声を上げそうになって、上げられない。
今、私の視界に、一瞬だけ、赤い何かが通り過ぎたような……。
コツン
と、右の小指に、何かが当たった。何かがある。コイツの体ではない。何か、重い物体だ。ゆっくりとそれに指を這わせた。細い棒のようだった。握りしめるのにちょうど良い長さの形をしていた。ぎゅっと、それを握りしめた。
――それは、私が生まれてからずっと握っていたかのような、そんな心地よさを思わせる。
腕を持ち上げた。
私が、体を少し揺らしたので、男は、何事かと私を見る。ナイフを、私の腹へ突き刺そうとしていた。
その隙に、腕を振るった。
ガンと、小気味よい音が、私の右手に握られている『金槌』から響いてきた。




