ver.033
「たった一日だけって、……嘘でしょ?」
「本当だよ。インストールの技術は、まだ不完全でね、肉体に思考を張り付けて、生き返らせるのは簡単だが、持続させるのは難しい。どうしようもならない事実として受け入れて欲しい。ただね、君は既に十八年も生きている。これは、君達地球上の中で、異様なんだよ。君達の星の生物なのだから、本来なら、十年生きられるだけでも、感謝していいくらいだ。肌が枯れ、まともに会話も出来なくなる老人まで生きる、意味はあるのか?」
カラスは声を出して笑った。
その声が、私の頭の中でぐるぐると回転している。
もう、一日だけの、命?
実感できないし、何よりしたくもない。
でも、カラスが嘘をついているとは、思えない。本当のことを言っていると、私には読み取ることが出来てしまう。
はぁ、それなら貯金とか無駄に溜めておかなければよかった。ゲームも受験が終わったらのんびりやろうと何本か積んでいるし、一日じゃ個体値を選別したところで、終わっちゃう……。
「地球に戻ったら、残された時間を有意義に過ごして果てたい、とでも思っているのかね?」
「図星です。そりゃね。ってか、まだ信じられないんだけど、うぅ、ここでカラスさんが嘘をつく理由は無いし。あー、ホントにどうしよう。えっと、まずはステーキを食べて、一個三百円以上するアイスを好きなだけ食べて、それからそれから……」
「楽しい計画中に申し訳ないのだが、それは不可能だよ」
「なんでよ、いいじゃん、それくらい好きにさせてよ!」
「別に私が君を束縛することは無いよ。無意味だから。いいかい、私が言いたいのは、それが不可能なんだよ。例え、君が再び地球に降り立ったとしても、だ」
カラスは、また壁を触った。いくつかの画像が横に浮かぶ。学校の校舎に、遊園地、それと私の知らない夜も街だった。
今まで私達が冒険をしてきた風景が、そこに映っていた。
「この世界は、平行世界を改造して私が作り上げた。君も気づいていただろうが、ここは地球ではない。リンクを接続した世界に、君達を送り込んでいたんだ。君達は、次元を超えた平行世界に、飛んでいるのだが、それは真横へ移動しているに、過ぎない」
「え? え? 意味わかんない、真横って?」
「時間軸を乗り越えてはいないんだ。平行世界へ飛んでも、我々を含め、過去や未来へ向かうことは出来ない。リンクを施し、別の世界へ飛んだとしても、同じ時間軸の上にたどり着くだけに過ぎない。我々の力を尽くしても、それを超えることは不可能だった」
しかし、とカラスは微笑んだ。「先ほども述べた、ケイという女性が居ただろう。彼女にリンクが入り、そして未来予知という力を手に入れることが出来た。発動に条件などがあるが、あれは確実に時間軸に関与した力だった。だが、私が研究する前に、あまりに巨大で不安定な力のためか、ケイは最後に廃人となり、そのまま衰弱死してしまった。だが、これを、私は見逃さなかった。今まで触れることさえ不可能と言われていた時間軸に対しての、一つのヒントなのかもしれないと、直感的に受け止めた。我々の種族が、新たな段階へ登るための材料が、この地球には、約七十億の可能性として眠っているんだ」
「あんたの研究って、私達を観察するためじゃ、無かったの?」
「建前だ。本音は異なる。……私がこれを発表すると、刹那、その情報が全宇宙に散らばる仲間へ届いた。時間軸を操るという積年の壮大な夢を解く鍵を見つけたのだから、仕方がない。この地球に巣食うウイルスモドキを使って、我々の繁栄を更なる高みへと誘う――アースシステムと、名付けた計画が、今現在執行されている」
カラスは視線を真下へ向けた。私も、それを追ってみてしまう。
地球がある。
地表にある雲が、突然膨れ上がると、爆発するように四散した。天気予報でよくある台風の動きを速めてみるような映像が、私の目に移りこんでくる。
雲が避けると、その地表には、巨大で、茶色い、キノコの形をした雲が、湧き上がってくるのがここからでも見えた。それが、何個もある。
私は、カラスの顔を見つめた。
近づいてくる。「我々は、ウイルスだ」
私の目の前に、たどり着く。「欲しいモノを確認したら、それが完全に消え去るまで、我々は行動を辞めない……いや、辞められない。今現在、君達の地球は、本当のウイルスによって、侵略されているんだ」
私は、椅子から飛び上がるように、離れた。
が、一瞬のうちに、カラスは私の懐に入る。
腕をつかまれた。痛い。
「君は今更地球に戻っても、意味が無いんだよ。死ぬ危険もある。だから、ここに居てもらおう」
「無理ッ、こんなところで死にたくないッ」
でも、どうせ死ぬじゃん。
と、心の中で声が上がった。
私は、それを無視した。
ミシミシと腕が悲鳴を上げた。振りほどこうにも、力が入らないほど、痛い。
蹴り。
膝を、もろ水月に叩き込んだのに、効いていない。って、そうだコイツらには、何も攻撃が効かないんだった。
「じゃあ、もう教えてよ。私をなんでゲームに連れ込んだの?」
「暇つぶし」
カラスは言った。「特に意味など無いよ。ただ、君があの女性と、鬼十の子供で、どのような人物へと育ったのか、確かめたかったから、招待しただけだ。だが、期待外れだったよ。せっかく君の小学校を選び、そこにリンクを張り付け、君に対して歪んだ愛を持っていた湊を病院で発見して、何かが起こるかもと期待して参加させたというのに……。三階のあの平行世界、なかなか不思議だっただろう。私が別の世界からコピーしたんだよ。ただ、私の正体を見破ったことは称賛するが、それだけだったな。つまらなかった。君は、私にしては、珍しい失敗作だったね。我々の兵器の一部をケータイにアプリとして組み込み、楽しんでもらおうと思ったのだが、時間の無駄だった。可哀想に、湊は完全に無駄死にだよ」
「あんたのせいで、湊はぁ、湊は死んでしまったッ!」漫画の主人公のように眼を光らせながらカッコよく宣言した。
「いいや、それは君の不注意によるものだろう。嘘をつくな」
「くッ、確かに今のは調子こいた。……まぁ、湊は別にどうでもいいとして、流石に私を貶す言葉、言い過ぎじゃない? カラスさんを見破ったのも、凄いじゃん。しっかり評価しろよ。それよりも、離してッ」
カラスは腕を離した。
私は壁まで下がる。
自然と、カッターを取り出そうとしたが、どこにも無い。
「このカッターは、返してもらおう。私が特別に作り上げた強化刃をつけているので、君には勿体無い」
カラスはそのカッターをしまうと、そのまま壁に指を押し当てた。今度は、都会の映像が映る。
そこに、蟻を巨大化させて、細いロープのような足を持つ、奇怪な物体が映りこんでいた。
「あれは、人間を捕獲するための兵器だ。もちろんリンクを施し、いかなる攻撃を無力化する。我々に刃向える地球人など、神か悪魔以外いないだろうな。全長は五百メートルを超え、君達の戦車や戦闘機など障害にすらならない。核爆弾を落としたとしても……、くくく、ちょうどその瞬間だな」
画面が一瞬真っ白になって、爆風が空間を揺らした。熱線に包まれた風が、その兵器を吹き飛ばそうともがいたけど、カラスの言う通り、その兵器に傷一つどころか、爆風で余計な汚れが消え去ったみたいに、輝いていた。
「……私を、地球に戻して」
「断る。それに、何故だ? 君はどうせ死ぬんだよ。わざわざ地球に戻る道理が無い」
「死ぬから。だから、戻りたいの」
「……理解出来ないなぁ。君は、今すぐに死にたいのかい?」
カラスはそう言って、右手を持ち上げた。
指の先には、銀色の拳銃のような物体が握られていた。
私は、思わずケータイを開いた。ってか、コイツにスキルが通用するとは微塵も思っていないけど、今までのクセは、そう簡単に体から抜けない。
「往生際が悪いな。君は死にたいのか、死にたくないのか、どっちなんだ?」
「そりゃ、本心だと、死にたくないの」
「何故だ? 君は湊に対してあれだけの言葉を並べていたはずなのに、いざ自分にそれが降りかかると、騒ぎ喚き、不可能に対して抵抗すらしようとしている。理解不能な行動をとることに長けた生物、……流石、人間だ、な」
カラスの顔が癪に障る。コナクソ、人間を舐めやがって。
「あのね、私は別に寿命があと一日しかありませんって言われても、へーそうすか、くらいにしか思えないの。そんなに長生きしたいと思っていないから。子供はいらないし、結婚もしたくないし、今生きていることだって好きじゃない。だけどさ、ここで地球が壊れるまで眺めて死ぬってのはなんか嫌なの。屈服しているみたいで、それはもう諦めているじゃん。私は、最後くらい、地球で死にたいの」
「よくわからないな」
「まぁね、自分でも何言ってるかよくわかんないもん。その気持ち、理解出来るよ。でもさ、少しくらい、私の気持ちを悟ってはくれないの?」
「無理だな」
「そっか。まぁ、地球人の気持ちなんか考えたことが無いからわかりません、って思っているよねカラスさん。はぁ、そんなことも出来ないから、私の母に馬鹿にされるんだよッ」
私の母、
と言うと、カラスはわずかに眉を動かした。きっと、鋭い視線で、私の顔を睨みつけてくる。……よし、これが、カラスの琴線か……。
「さっき、私を試して、それでつまんなかったって言ってたけど、あれ、本当の目的は違うでしょ」
「……何を言っている。あれは、私の暇つぶしだ」
「暇つぶしのため、それだけのために、カラスさん、わざわざあんなキモイ弟のマネをして私に近づいていたんでしょ。あんな『ゲーム』とか自慢げにクソゲー(笑)で遊ばせてもらったけど、それってちょっとやりすぎでしょ。カラスさんは……そう切望していた。私が、母と同じような能力を持っていて、あの時と同じように、自分のことを見下して欲しいと、願っていたんだ。どう考えてもマゾです、気持ち悪……。私の国でも、SMプレイとかあるけど、あれって男性が女性から責められることで、普段は感じることのない快感を得るってプレイなんだけど、カラスさんはもっと広いよね。自分よりも遥か格下の生物から、屈辱感を味わいたい! って不気味に思っていたんでしょ。アブノーマル過ぎだから。それをさぁ、何カッコつけてんの?」
バーカ!
と、声を吐きかけようとした瞬間、
パンッ
と小さい音が鳴った。
何かが、私の頬をかすめていく。あ、少し調子に乗り過ぎたや……。
「適当に懺悔して、頭を下げていれば、この船の中で最後の一日を有意義に過ごさせてあげようと思っていたのに……。君は、馬鹿だね」
「いや、馬鹿はお互い様だから。ってか、そうだ、カラスさんや私よりも、もっとお馬鹿な人がいたね。ほら、私の本当の母なんだけど、さっき話を聞いて、めっちゃ落胆したんだけど。なんで自分から死んだんだろう。その理由がイマイチわかんない。だってありえないじゃん、普通は。夫を愛していた、子供を愛していたの理由じゃなくて、何か別の想いを抱きながら死んだんでしょ。私まで巻き込んで。多分、名誉とか仁義とか、そんなくっだらないキモイ思考。マジでありえない。私だったら、絶対に生きる道を選ぶのに。おかげで、あと一日しか生きられなとか、ホント、いい迷惑だよ。それをテメェが無駄に期待値のハードル上げた話し方するんだから、妙に期待していたってのに……。出てきたのは安っぽいお涙ちょうだいにも満たないダサい理論と結果。やれやれ。それに、母の能力、相手の心を読み取る……だっけ? これも微妙でしょ。使えないし、強くも無い。何を思ってこんな能力を手に入れたのやら」
やれやれと、腕を振った。
カラスは、相変わらず銃を構えたままだ。
「私だったら、やっぱり、会川奈々の能力が欲しい。確率操作って、考えただけで、とある年代の大多数の人は、ゾクゾクすると思うもん。カッコイイよ。超中ニ病な感じだけど、このくらいが良いなぁ。はぁ、私にも、そんな力があればいいのに……」
自分が情けなくなる。
他の方々は、皆それなりに能力を持っているのに、私だけ、こんなカラスに貸してもらったような、ケータイのアプリだけだ。
ドロドロとした劣等感が、脳から絞り落ちていく。
それが、体をゆっくりと撫でていく。
ぐちゃ
と、音を立てて、私の中で、何かが外れて亀裂が入った。
みしり、みしりみしり、とそれは広がっていく。
意識の枷が、崩れていくような感覚だった。
ふと、私の体が軽くなる。全身から重力を引き抜かれたかのような感覚に陥り、意識が飛んだ。
赤色と黄色が不気味に混ざった空を持つ、世界。
また、あの映像だ。
ホームで、一人の少女が泣いていた。私と同じく自分の母親を殺してやるって息巻いていたのに、それが叶わなくて、泣いちゃっている、可哀想(笑)な女の子だ。
その子と、私の眼が合う。
物理的にではなく、精神的に、だ。
……確か、この子の名前が、有野間麻友だった。
会川奈々だ。
確率を、自由自在に扱うという。
私は、その力が喉から手が出るほど欲しかった。
現在の状況を打破することが出来るし、何より、私になら、もっとその力を、上手く扱える確信があったから。
……ちょうだい。
あなたの心を弄んだ、あの宇宙人に、復讐したいよね?
私なら、出来るよ。
だから、欲しいなぁ。
テメェは、もうここで馬鹿みたいに泣いているだけでしょ? 無駄だよなぁ?
その瞬間、有野間麻友は、小さく頷いた。
――そして、一秒にも満たない時間を経て、私の中で、折れてはならない何かが、ぼっきりと割れて、そこから黒色の膿のような何かが、ぐちゃっと噴き出てきた。
けたたましい音が、頭の中から……ではなくて、私の手にあるケータイから響いていた。
画面が、真っ白に輝いている。
【インフォメーション】
確率
タイプ――会川奈々
消費SP ALL
確率を変える。
『こんな力、いらなかった』




