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黒之戦記  作者: 双子亭
第2章 雲海の古城
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『留守役』第2話

    リトルベルク城市、イリーナの館ーーーー









 イリーナ様が王都に向けて旅立ってから数日が経った。俺は今、リトルベルクのイリーナ様の館の昔の仕事部屋で政務に勤しんでいた。クレヴァー城主になる前はここでイリーナ様の政務を手助けしていたが、今はリーネンブルク領の政を丸々任されている。基本は納税と領内の治安維持が仕事ではあるが、ここ最近は盗賊が多発したこともあり領内の村落復興という仕事もあり、仮の領主となってからも各地の村から復興の支援を求める者が連日のように館へ訪れていた。今はアレインにも急遽こちらに来てもらい、治安関係の雑事を手伝ってもらっている。



 だが、今俺の前に帽子を両手で握りしめ、俯き加減で立つ男はどうやら復興の申し入れとは違う用件でリトルベルクまで来たようだ。



「化け物に襲われた、か」

「へ、へい。ウチの村の羊がここ数週間何頭も食い殺されているんでさぁ」

「…………」



 男はアルザス地方、竜臥山脈の麓にあるケルト村の牧場で働いていて、牧場で飼われている羊がここ最近荒らされるという被害が多発しているらしい。ケルト村の羊毛から作られる織物『ケルト織物』はリーネンブルクの数少ない特産品として王都へと売り出している。領の収入としては少なくない割合を占めており、この村の被害は無視できないものである。



「山には狼の住処があると聞いているが、狼ではないのか?」

「お、狼なわけねぇ! あんなデケェ足跡に歯型、俺ぁ今まで見たことがねぇ!」

「…………」



 俺は顎に手を当てて考えていると、扉の方でノックの音とともに書類を小脇に抱えたアレインが部屋に入って来た。



「ユウキ様、アルザス方面駐屯部隊の報告書をお持ちしました」

「ありがとう、アレイン」



 俺はアレインから報告書を受け取るとパラパラとめくるように流し見たが、気になる報告が上がっていた。



「砦の壁の一部の破損と大きな爪跡のような破損跡。死者、負傷者ともに無し。犯人の目撃者は………… ケルト村の少女?」



 俺はアレインの方を見るとアレインは俺が何を言いたいのか分かっているのか答えてくれた。



「アルザス方面駐屯部隊の拠点砦はケルト村に隣接してあります。砦ではケルト村の村民が何人かが働いていると聞いています」

「なるほどな……… ん?」



 俺は報告書には破損跡の絵が鮮明に描かれていた。その絵を見ていると何故だか背中が妙に疼いた。これは確か…………



「分かった。化け物については至急検討する。宿屋を用意してあるから侍女に案内させよう」

「へ、へい。お願いします」



 男は深く頭を下げると部屋から出て行った。俺は男が完全に部屋から出て行ったことを確認すると扉に鍵をかけ、窓のカーテンをしっかり閉めた。



「ユウキ、どうした?」



 2人きりになった時の口調に戻ると俺の行動を不審に思ったのか声をかけてきた。



「アレインに見て欲しいものがある」

「?」



 俺は報告書の絵をアレインに渡し、そして自分は上半身だけ衣装を脱ぎ、背中をアレインに見せた。



「!!!」

「………どうだ?」

「同じだ。報告書の絵と、まったく。いやしかし、これは………」



 アレインは何度も報告書と背を見比べたが、爪跡の特徴が同じであることを確認した。



「ユウキ、その傷はいったい」

「俺がここに来た時、何者かに襲われて気絶していたということは知ってるな」

「あぁ、その話は聞いた」

「襲われた時のことを俺は少し覚えているんだが………」



 俺は服を着直して、窓の外に広がる城下町とその向こうにそびえる竜臥山脈を眺めながら言葉を続けた。



「アレインは、熊みたいな大きさの角の生えた狼って知ってるか?」









    リトルベルク城市、大通りーーーー









 ユウキとアレインが化け物騒動について話し合っている頃、大通りを数人の取り巻きを引き連れて闊歩している者がいた。フリット家の嫡男、キース・フリットである。



「キースさん。どうです、これからリックの酒場にでも行って一杯………」

「馬鹿野郎! キースさんは今そんな気分じゃねぇよ!」



 そんな取り巻きのやり取りを、キースは煩わしく思う。ここ最近、彼は何をしても気分が晴れなかった。酒場で酒を飲んでも、取り巻きとリトルベルクに来た旅人に喧嘩をふっかけても、何をしても楽しいとは感じなかった。また彼は今、このリトルベルクから城市外へは出られない。出ようとすると、守備隊が門を封鎖して一歩も外へと出そうとしない。男爵家の名を出しても守備隊は一切の怯えも見せない所を見ると………



(あの黒髪めーーー)



 キースは数日前に謁見の間で恥辱を受けさせられた男を思い出し、奥歯をギリリと噛み締めた。あの男が守備隊に言いつけたに違いない。そのせいで俺は狐狩りに行くことすらできない。


 恥辱を受けた日、キースはリトルベルクのウェルステリア教会に駆け込んでいた。ユウキを宗教裁判にかけるよう司教に訴えるためだ。しかし司教のディオニージ・フェスタは、



「ホッホッホッ、教典には黒髪を異端とするなど記されておらんし、子爵閣下は教会の教えに背いた訳でもない。だから宗教裁判は無理じゃよ」



 などと言って、キースの申し出を受け入れなかった。



(ーーークソッ!)



 親父が領主とともに王都に行って、やっと自由になれると思ったら領主代理となったユウキのせいで前よりも自由が奪われ、その上あんな恥辱を受けた。キースはなんとしてもユウキの思惑に乗るものかと、それはまるで親に反抗する子供のように、考えを巡らせていた。



 そんな時だった。市場のとある露店の前を通り過ぎた時、露店の店主と客の話しが聞こえてきた。



「何だ、また出たのか。あの化け物」

「あぁ、今度はウチの牧場の羊が何頭がやられただ」

「お前さんがここにいるということは、村長も大分切羽詰まってるんだな」

「そだ。マリーの話じゃあ、熊よりもデケェ図体の狼とか。村の若いモンも怖がって誰も森に近づこうとしねぇ」

「フム、それで領主様は何と仰ったのだ? 確か今はイリーナ様ではなく、ユウキ様が領主代理だったはずだが」

「検討する、て言ってただ」

「何とも煮え切らない言葉だな……… だがユウキ様もイリーナ様に負けず劣らず慈悲深い方だ。そう悲観せず待っていればいいさ」



 キースはその話しを聞き終わると2人の方へと歩み寄りった。



「おい、貴様。その化け物の話し、本当か」

「へ、へい。本当でさぁ、旦那」



 突然声を掛けられ驚いた様子で答えた客だったが、キースの姿を見て青ざめた顔をした店主が客に耳打ちすると、客の方も顔を青ざめ、視線を落とした。



「その化け物、どこで出る」

「へ、あぁ、そ、その、あの………」

「答えろ! さもなくばこの剣で訊くぞ!」



 キースは腰の剣に手をかけた。



「ヒッ、あ、アルザス地方のケルト村………」



 客が震えながら答えると、キースは取り巻きたちの方へと戻った。



「屋敷に戻るぞ!」



 キースの言葉に取り巻きたちは不可解な顔をするも、キースの後をついていった。









    リトルベルク城市、北門ーーーー









 化け物の報告を聞いてから数日が経ち、今は朝。北門前はいつもは人気がまばらなはずが、今日はたくさんの兵が集まっていた。あの後、俺は話しを聞いてからすぐにアレインに兵の準備をさせた。今まで対人の戦いしか訓練していない兵達でどれだけ成果が出せるか不安ではあるが、兵を1個大隊300名用意して北門の前で待機させて、さぁ、いざ出発という時に2人の人影がこちらに向かって駆け寄ってきた。1人は北門守備隊隊長でもう1人は執事服を身に付けた見慣れないダンディな男だった。



「閣下! お待ちください!」

「何事だ!」



 俺の代わりに見送りに来ていたアレインが声をあげた。



「も、申し上げます! 早朝、この北門からフリット卿のご子息と30の騎兵と3台の馬車がアルザス方面へ駆けていきました!」

「なっ、馬鹿者! キース・フリットの全門通過禁止を通達してあっただろうが!」

「も、申し訳ありません! 閣下の御命令だとこの証書を渡され、至急出立しなくてはならないとこちらが確認する間もなく北門を潜っていきました」



 アレインは隊長から証書を受け取ると、ひと通り目を通すと馬上の俺に手渡した。俺も紙面を広げてみると、化け物を討伐する命令が書かれており、署名には俺の名前と烙印が押されているが、もちろん書体も俺のものと違うし、烙印もめちゃくちゃだ。



「………それで、そちらの方は?」

「はっ、私はフリット家の執事長でジェラルド・リッカーと申します。昨夜、キース様とそのご友人が屋敷の方へと来られて、武器庫や食料庫を開いて大量の武器や兵器、食料を持ち出していったことをご報告しに参りました」

「そうか、わかった」



 俺は証書を丸め直すと、懐にしまった。



「アレイン総隊長、リッカー殿と協力してキースの持ちだした武器・兵器を調べあげて報告してくれ」

「わかった。それでキースの捜索隊を出すか?」

「……… いや、必要ない。俺が見つけ出して連れて帰る」

「化け物討伐だけでなく馬鹿息子の捜索もか……… 武運を祈ってる」



 アレインは敬礼すると俺も右手を上げて返した。俺は門の向こうに広がる、朝日を浴びて山頂近くの雪が輝いている竜臥山脈を眺め、一息付くと隣りに待機していた大隊長に合図をだした。大隊長は頷くと、朝の静けさを破るような号令を出した。



「全隊、進めぇ!」

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