『留守役』第1話
第2章に入りました。
リーネンブルク領、リトルベルク城市ーーーー
王家からの使者がクレヴァー城に訪れてから2週間が経った後、イリーナ様に召集命令を受け、俺は久々にリトルベルク城市へと戻った。リトルベルクの城下町は相も変わらず賑やかで、往来は人や荷馬車が行き交い、領内の盗賊騒ぎの影は見えなかった。俺は久方振りの故郷の様子に頬を緩めながらアヤノと数名の供とともにイリーナ様の館へと歩いて行った。
館の前まで来るとネルが門の前で待ってくれていて、そのまま昔使っていた俺の部屋へと連れて行ってくれた。
「ーーーということはここにも王都からの使者が来たのか」
「うん、1週間前に使者の方が来て、国王陛下の崩御を伝えたよ。あ、あとクレヴァーのことについてもお尋ねになられてたよ」
「クレヴァーについて?」
「そう。あんな城いつの間に建てたのか、とか」
「そうか」
イリーナ様のことだ、多分当たり障りの無いよう答えてくれたはずだ。俺は昔の居室で旅装束を解き、正装に着替えると供の者を残し、ネルとともに謁見の間へと向かった。
謁見の間にはすでに3人の姿があり、1人はヴェルハイム家騎士団副団長のベラ・アルテミス、フリット家当主のエウロイ・ヴァン・フリット、そしてーーー
「ほほう、あの黒いのがそうですか、父上」
「………………」
フリット卿の息子、キース・フリットが父の側に立っていた。ニヤニヤと笑うキースに対しフリット卿は一言も返さず、そして俺の方を見向きもしなかった。俺は子爵でフリット卿は男爵、爵位で言えば俺の方が上で親子の態度は無礼ではあるが、これ以上面倒なことにはなりたくないので俺は親子を視界から外しベラの横に立った。
「お久しぶりです、ベラ副団長」
「はっ。お久し振りです、クレヴァー卿」
ベラは笑顔を浮かべながら答えてくれた。ベラと会うのも久しぶりで、お互いの事を話していると、ネルが現れ、イリーナ様がまもなくいらっしゃることを伝えた。
謁見の間にいる者が姿勢を正すと、イリーナ様が現れた。俺達は頭を下げたが、久しぶりに姿を見たが最後にお顔を見た時よりもだいぶ血色が良く、しっかりとした足取りで上座へと向かっていった。
「面を上げよ」
イリーナ様の一言で俺達は頭を上げた。
「この度、皆を集めたのは他でもない。一月前、国王陛下が崩御なされた」
「なっ!」
「………」
俺以外のここに居並ぶ者が驚きの表情を浮かべた。
「そして近々、国王陛下の葬儀が王都で行われるから私は王都へ向かわなければならないの。その間のリーネンブルク領の留守役をこの中から選ばなければならないのだがーーー」
「イリーナ様、ヴェルハイム家はユリナ様を除き、現在はリーネンブルク領にはイリーナ様しかおりません。葬儀は代官を出席させることはできませんか?」
「他の王族ならばそうするけど、今回は国王陛下の葬儀だから当主が行くべきだと思うわ」
「イリーナ様、私はイリーナ様の護衛を務めなくてはならないので留守役は………」
「そうね。ベラには私と一緒に王都に言って貰わないといけないから。そうすると」
「イリーナ様。ならばこのエウロイが見事に留守を務めてみせましょう」
「………ユウキ」
「はっ」
「先程から何か考えているみたいだけど、何かある?」
「………遅すぎではないですか」
「遅い、と言うのは葬儀の時期がということかしら?」
「はい」
俺は一歩前に出ると自分の考えを話した。
「戦時でない限り、陛下がお亡くなりになってから5日以内に各貴族に訃報の使者を送り20日以内に葬儀を執り行なわれるはずです。もともと訃報を報せる使者の到着が遅かったので、何者かが意図的に葬儀を遅らせているのではと思われます。またここ最近、クレヴァー城には王都の民が続々と流入してきており、彼らのほとんどが傷を負っており、王都の貴族の争いに巻き込まれたと申しております」
俺は一息付くと再び意見を述べた。
「以上から私は護衛をベラ殿だけでなく、私よりも長くお仕えし、武名名高いフリット卿とその騎士団も供に向かわれるほうが良いと思います」
俺が話し終わるとフリット卿はまるで信じられないような顔をして俺の顔を見つめた。
「ユウキの意見は分かりました。しかし仮にエウロイが私の護衛に加わったとしてリーネンブルクの留守は誰が守るのですか?」
「本来であらばユリナ様がよろしいのですが」
イリーナ様は頭を横に振って答えた。
「ユリナは学園にいます。あの娘を留守役にすることはできませんよ」
「であれば………」
俺はイリーナ様に向き直り言葉を続けた。
「私が留守役を任せて頂きたく思います」
「………そうね、ユウキに任せるしかないかしら」
イリーナ様がぽつりとそう呟いた時だった。
「お待ちください、イリーナ様」
自信に満ちた顔をしながら一歩前へと踏み出したのはエウロイの息子、キースだった。
「そこの黒髪ではこの豊かなリーネンブルク領を守ることなどできません。このキース・フリット、栄誉あるフリット家とこの剣に賭けて必ず守ってみせましょう」
キースは己の腰に提げた剣を抜き放ち、イリーナ様に掲げるようにして言い放った。その動作に俺を含め周りの者は唖然として動くことは出来なかったが、いち早く動いたのは彼の父親だった。
「こ、この、馬鹿者が!!」
「うぐっ!?」
エウロイに殴られ、床に倒れるキース。ドラ息子だと聞いてはいたがここまでとは、と俺は心の中で溜息をついた。
謁見の間での無闇な抜剣はご法度である。一定の教養を身に付けた貴族や騎士はこのことを当たり前のように理解している。しかしエウロイは領内の人員不足のため始終駆りだされて、息子の教養は人任せであった。またキース自身もこれをしっかりと受けることはなく女遊びや取り巻きと夜遊びなどにかまけてまったく受けていなかった。なのでこういった当たり前の礼節も身についていなかったりする。
「も、申し訳ありません! イリーナ様! この馬鹿息子にはキツく言っておきますのでどうかお許し下さい!」
「はぁ、いいわよ、エウロイ。キース、己の家柄を誇るよりも先にしっかりと礼節を身につけなさい」
「……………はっ」
不貞腐れたようにキースは応えた。
「ユウキ、アレインを呼べないかしら?」
「はっ、可能です」
「じゃあ、アレインと2人でリーネンブルクを守ってくれる?」
「はっ、了解しました」
俺は一礼して応えた。
「私の留守役にユウキを指名したいと思います。異論のある者はいますか?」
「………………」
「異論はないですね。では留守役をユウキとします。今回の召集の目的は以上です。今日は皆本当によく集まってくれました。ありがとうございました」
イリーナ様のお言葉に皆、深く礼をして今回の謁見は終了した。
クレヴァー城から北方の南街道、リーネンブルク領領界ーーーー
あの謁見から3日後、すでに王都へ向かう準備をしていたのか、俺とイリーナ様一行はリトルベルクからクレヴァーに一緒に入り、今はクレヴァーから北に伸びる南街道上で俺はアレインとともにイリーナ様達と別れの言葉を交わしていた。
「それではユウキ、後を頼みますよ」
「はい。イリーナ様もお体を大切にしてください」
「フフッ、大丈夫よ。あなたが紹介してくれた薬師のお陰で体調はすこぶる良好よ」
そう言うと、傍らにいるハーフエルフの薬師を見ると薬師は軽く頭を下げた。
「アレインも、もう若くないんだから体には気をつけて」
「はっ!」
イリーナ様はそう言うとベラを引き連れて王都へと馬車を進めていき、その後を騎士団やフリット卿の騎士団が続々と続いていったが、一騎だけその隊列を離れ、俺に近づいてきた者がいた。
「………フリット卿」
「貴様のことを信頼しているわけではない。だが、イリーナ様の故郷を守るために言っておきたいことがある」
「何ですか?」
「我が子、キースは自尊心が高く学がない。あの謁見で貴様に恥をかかされたとキースは思っているようだ」
「…………」
「キースが余計なことをせぬようしっかりと目を光らせておいてくれ」
「あなたの息子です。その心配はないんじゃないですか?」
隊列に戻ろうとするフリット卿に俺はそう声をかけた。
「貴様が私をどう思っているかは知らんが、私は自分の息子が見えない程、愚かではないぞ」
そう言うとフリット卿は隊列に戻っていった。俺はフリット卿が戻っていった隊列が領界を越えていくのを眺めているとアレインが声をかけてきた。
「ユウキ、どうする? 俺も領都へ行ったほうがいいか?」
「いや、予定通りだ。向こうにはフェイもいるし何人か連れていくから大丈夫だ」
「だが連れて行く者は皆、起用したばかりの新参者揃いだが」
「まぁ、悪い奴じゃないんだ。なんとかなるだろ」
「ハハッ。まぁ、そう言うのなら問題ないな」
俺とアレインは馬主をクレヴァーに向けて進み始めた。
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