第3話 下戸
日下部さんの家は、社協の建物の裏手にあった。
二階建ての、どこにでもある家だった。玄関の脇に、白い軽のワゴン車が一台停めてある。車体の横に「寿ヶ淵町社会福祉協議会」と青い文字が入っていた。子どもの頃に乗せてもらったのとは別の車だろうが、形も色もほとんど同じだった。
呼び鈴を押すと、髪を短く切った女が出てきた。
「透くん?」
目の縁が赤かった。黒いTシャツにジーンズで、化粧はしていない。
「春奈です。覚えとらんやろうけど。雨の日、うちの父の車に一緒に乗っとったんよ。透くん、いつも助手席に座りたがって」
言われてみれば、後ろの席に小さな女の子がいた気がした。
居間の壁一面に、写真が貼ってあった。
町の夏祭り、敬老会、運動会、餅つき。どの写真にも、背の高い男が写っていた。日下部誠さんだ。白髪まじりの短い髪で、日に焼けて、いつも笑っている。年寄りの肩を抱き、子どもを肩車し、法被を着て神輿を担いでいた。
「父、写真が好きやったんです。撮られるほうが」
春奈さんは麦茶を出してくれた。
「お葬式のこと、本当にありがとうございます。瀬川のおじさん、もう七十過ぎで、一人じゃ無理やって」
「いえ。こういうのは、慣れてますから」
春奈さんは、県の中央病院で看護師をしているという。父親の死の知らせを受けたのは、三日の朝、夜勤明けのことだった。
「事故やって、警察は言うんです」
春奈さんは、湯呑みを両手で包んだまま話した。
「二日の晩、公民館で家族会の集まりがあって。お年寄りを介護しとる家族の会です。父は世話役で、毎月出よったんです。その晩、父が珍しくお酒を飲んで、止めたのに車で帰った。旧道のカーブを曲がりきれんで、壊れとったガードレールのところから湖に落ちた。朝、新聞配達の人が見つけて」
「検案は」
「宇野先生です。町の診療所の先生で、警察から頼まれて診るんです。溺死で、血の中から、お酒がたくさん出たって。〇・一五とか」
血中アルコール濃度〇・一五パーセント。日本酒なら四合か五合。相当な量だ。
「解剖は、されてないんですね」
「事件性はないから、って」
春奈さんは、湯呑みを置いた。
「でも、おかしいんです。父は、お酒、一滴も飲めんかったんです」
顔を上げて、まっすぐ俺を見た。
「奈良漬けで顔が真っ赤になる人やったんです。祭りでも、敬老会でも、ずっと麦茶。写真、見てください」
俺は、壁の写真をもう一度見た。
ビールの缶を掲げた男たちの輪の真ん中で、日下部さんだけが湯呑みを持っていた。神輿のあとの打ち上げでも、手にしているのは麦茶のペットボトルだった。どの写真でも、そうだった。
「そんな人が、四合も五合も飲みますか。止められても、車で帰りますか」
俺は答えられなかった。
◇
写真の中に、額に入ったものが二つあった。
一つは、賞状だった。〈厚生労働大臣表彰 地域福祉功労者 日下部誠殿〉。令和三年の日付がある。
もう一つは、新聞の切り抜きだった。〈お年寄りの声、いつまでも 寿ヶ淵町社協「声のアルバム」〉という見出しの下に、日下部さんが小さな録音機を手に、ベッドの上の老人に話しかけている写真が載っていた。
「声のアルバム?」
「父が始めたんです。お年寄りの声を録音して、CDにして家族に渡すの。元気なうちに声を残しとこうって。昔話とか、家族への言葉とか。町のお年寄り、ほとんど録ったんやないかな」
いい仕事だと思った。俺たちの業界でも、故人の声が残っていないことを悔やむ遺族は多い。
「あんたのおばあちゃんも、録ったはずよ」
その声は、台所のほうからした。
小さな老婆が、暖簾をくぐって出てきた。
腰は曲がっているのに、足取りが速い。白髪をひっつめにして、紺の割烹着を着ていた。背丈は、俺の胸までもない。
「祖母です。ミツ」
春奈さんが言った。日下部さんの母親ということになる。
老婆は俺の前に正座して、深々と頭を下げた。顔を上げたとき、口の左の端に、小豆ほどの黒いほくろがあるのが見えた。
「このたびは、誠のために、遠いとこを」
「このたびは、ご愁傷さまでした」
老婆は、ほくろのある口元で、少し笑った。
「お淵に、呼ばれたんやろ」
息子を亡くしたばかりの母親の声には、聞こえなかった。天気の話でもするような声だった。
「あんた、トキさんとこの孫か。大きゅうなって」
「はい。真壁です。ご無沙汰してます」
「トキさんは、元気にしよるかね」
「寝たきりですけど、元気です。二十一日で百歳になります」
「ほうか。百歳か」
老婆は、俺の顔をじっと見た。目の奥で何かを数えているような、長い見方だった。
「ようけ、生きたなあ」
それだけ言って、また台所へ戻っていった。
◇
日下部さんの白いワゴン車を見ていて、思い出したことがある。
父が出ていった夜のことだ。
二〇〇四年の十二月。俺は小学六年生だった。雪がちらつく晩で、夕方から父は酒を飲んでいた。いつものことだった。父は飲むと、母を殴った。それも、いつものことだった。
その晩、家の前に白いワゴン車が停まった。
父は、黙って後ろの席に乗りこんだ。上着も着ていなかったと思う。運転席の日下部さんが、窓越しに俺に手を振った。俺も、振り返した。
「お父さん、駅まで送ってもらうんよ」
母はそう言った。母の左の頬は、まだ赤く腫れていた。
それきり、父には会っていない。
翌年の正月から、父の名前で葉書が届くようになった。
宛名も文面もワープロで打った、そっけない年賀状だった。
〈元気でやれ。父〉
毎年、それだけだった。消印は、いつも寿ヶ淵だった。父はまだこの町のどこかにいて、俺たちに会う気がないのだと思った。母は、葉書のことを何も言わなかった。
二十歳になった年の正月、葉書は来なくなった。もう大人になったから、ということだろうと、俺は勝手に思っている。
「透くん」
春奈さんの声で、我に返った。
「父のこと、変なことがもう一つあるんです」
「何ですか」
「家族会の人たち。父が最後に会うた人たちです。警察にも、私にも、みんな同じことを言うんです。『誠さん、珍しゅう飲んで、止めたのに車で帰った』って」
春奈さんは、膝の上で両手を握りしめた。
「みんな、一字一句、同じなんです」




