証拠
翌日からは、図書室で鍵探しを始めることになった。
やみくもに探しても、見つかる可能性は低かったけれど、この結界を抜け出せないことと、時間を無駄にできないことから、隠し場所として考えられる場所をまずは探してみようということになったのだ。
「姫様。私は1階の机を探してみますね」
「お願いね。セーラ。
特に隠し扉が無いか?机の天板の裏側に張り付ける方法もあるから、裏側まで丁寧に見てね。柱時計が12時になったら、そこでお昼にしましょう」
「畏まりました。姫様は2階の魔法書を、お調べになるのですね」
「ええ、本の中身をくり抜いて、そこにものを隠す方法も、よく使われているの。だから1冊ずつ調べてみるわ。うんざりするぐらい本はたくさんあるけれどね」
そして二人はそれぞれの場所にむかったのだが。
リリアーヌがやっと棚1つ分を調べ終わり、次の棚に向かった頃、セーラが息せき切って駆け込んで来た。
セーラの表情は興奮と、そしてほんの少し得意そうに小鼻が膨らんでいたから、すぐに鍵が見つかったのだろうと見当をつけることが出来た。
「見つけたのね、セーラ」
「どうしてお判りになったのですか?」
セーラは驚いて質問したが、多分気がつかない人の方が稀だろう。
それでもリリアーヌも、鍵を受け取る手のひらが、震えてしまう事を抑えられなかった。
本当にこれが隠し場所を開けることができる鍵だろうか? 小さな鍵は金色で、しっかりと魔法が付与されていた。
それに気がついてリリアーヌは、鍵を握りしめそれを胸元に持ってくるとポロポロと涙をこぼした。
セーラはそっとリリアーヌの肩を抱いた。
「この鍵で間違いないのですね」
リリアーヌは、こくりと頷き、そのまま静かに涙を流していた。
そのまま静かな時が流れて、聞こえるのは二人の呼吸の音だけ。 片一方は幾分しゃくりあげるような音がまじり、もう一方はただただ静かに深い呼吸を繰り返していた。
その静けさは、柱時計のボーン、ボーンという大きな音によって破られた。
リリアーヌは、涙を払って言う。
「ごめんなさい。セーラ。 懐かしいお母様の魔力が、この鍵に込められていたから」
「私にも分かりました。それでこの鍵を見つけられたのです。机の天板の下に張り付いておりました。隠蔽の魔法が掛けられておりましたから、神龍様に魔法士にして頂いたから見つけられたのです」
「そう、ひとまずはお昼にしましょう。こうして隠蔽の魔法が掛けられていることが分かったのだから、もう一つもここにあるならば、すぐに見つけられるわ。魔法で探査できるという事だもの」
二人は庵に戻り、ゆっくりと食事を取った。
言葉はほとんど無かったし、ただお母様を懐かしく思い出すだけで、心の中が、少し暖かくなった。
セーラも魔法士になったおかげで、懐かしい侯爵夫人の魔力を感じる事が出来て、気分は穏やかだった。
リリアーヌの母が亡くなったのは、セーラとリリアーヌが3歳の時だった。
セーラの母である乳母も、同じ日に亡くなっていた。外傷は無かったけれど、その顔は何かとんでも無いものを見たかのような驚愕が浮かんでいた。
乳母の死は、侯爵夫人の死去の影に隠れて、誰もそれを気にしなかった。しかしリリアーヌとセーラは同じ日に母を亡くしたのだ。
リリアーヌは、それまでも姉妹のようにセーラを扱ってきたが、それ以降それまでにも増してセーラを大切にした。
二人ともきっと同じことを考えていたに違いなかった。
侯爵夫人は何かの証拠を見つけ、それを隠したのだ。 だったらその秘密を暴いてやらなければ!
その後は簡単だった。
リリアーヌが探査の魔法を薄く広げると、懐かしい父の魔法の気配があった。その魔法書を開くと、小さな銀色の鍵が埋め込まれていたのだ。
「姫様。これで揃いましたね」
リリアーヌは頷いた。手の中には小さな金色と銀色の鍵が握られている。それを握りしめてセーラは天窓まで浮遊した。
二つの鍵を鍵穴に差し込むと、カチと小さな音がして、天窓がするすると開き、中から木箱が現れた。
リリアーヌは木箱を抱えて下に下りる。
待っているセーラは少し青ざめた顔をしている。緊張しているのだ。
そっと机の上に、その箱を置く。
開くと1枚の書類。
1つの小瓶。
1冊の日誌が入っていた。
書類には「水利権販売証明書」と書いてある。
小瓶には教会の徽章。
そして日誌に見えたものは、何かの帳簿だった。
その帳簿には、いつ、どこに、どれだけの量の雨が降るか記載されていた。
間違いない。
どうやって気象を支配しているのか知らないが、誰かが気象を操っている。雨が売買の対象になっている。あまりにも大掛かりな犯罪に、リリアーヌとセーラは息を呑んだ。
「やったわ。これならばお祖父様、ヴァレンティア公爵を動かせる。お母様の仇が討てるわ」
リリアーヌの瞳は強い光を放っていた。ヴァレンティア公爵家は国の守り。これ程の不正を許すはずもない。
そしてそれは神龍も同じだ。
神龍が人間に介入出来るのは、自然界、精霊界に影響を及ぼす場合だけ。気象操作。これが自然界に大きな影響を与えているのは明らかだ。
現に日照りに悩まされ、前世では生贄としてうら若い女性達が、幾人も神龍に生贄として捧げられた。殺されたのはリリアーヌだけではないのだ。
そして怨嗟の声は、雨を操る事ができるはずの神龍にも向けられていたのだ。人々は神龍こそが悪の根源であるかのように誤解し始めている。
「これでニルヴァにも介入する口実が出来た」
リリアーヌの口角はあがった。
ヴァレンティア公爵家と神龍。この2つを味方にして負ける訳がない。
とはいえ、神龍にはかなりの不安が残る。あの考えなしの神龍の手綱をしっかりと握らなければ。
リリアーヌは決意を新たにした。
「姫様。これをどこに隠しておかれるので」
「元あったところに置いておくわ。
「この庵なら誰も入れないけれど、お祖父さまに渡す時を考えれば、元の場所の方がいい。お祖父さまは、この庵には入れないから」
「鍵は、チェーンを付けて、セーラと私。二人で持っていましょう。その方が安全だわ」
「私が持つのですか?それはちょっと不安です」
セーラがかなり不安そうな顔をするから、リリアーヌは言った。
「セーラ。あなたは魔法士なのよ。それも上級魔法士だわ。あなたから何かを取り上げられる人は、もういないのよ」
「畏まりました。この鍵。お預かりします」
セーラはきっぱりと言い切った。そして2人は、首に下げた鍵を摘まんで、お互いに見せ合ってほほ笑んだ。
それはふたりだけの秘密の鍵で、それがなんだかくすぐったく思えたのだ。
それからリリアーヌは、王子妃選定の茶会でどうやって義母と義妹を、追い込むか、その作戦を練り上げた。
リリアーヌはヴァレンティア公爵の養子となり、ヴァレンティア公爵家公女として、王子妃選定の茶会に出席するつもりだった。
義母と義妹を追い込むのは自分だ。自分を餌にして、罠にかけるつもりだった。
それをお祖父さまが許すかどうか?そこまでは考えていなかったのだ。
リリアーヌは祖父に愛されていないと決めて掛かっていたので、そうでない場合なんて考えもしなかった。
「お祖父さまに送った鳥は、普通の鳥に擬態させたの。だから辺境にあるお祖父さまの城に着くのは、後2日はかかるわ」
「ヴァレンティア公爵さまは来て下さるでしょうか?」
「大丈夫よ。もし来てくださらなかったら、こちらから行くまでよ。この計画にヴァレンティア公爵家の力はどうしても必要なのだから」
「来て下さるとしたら、どれくらいかかるでしょう?」
「そうねぇ、お祖父さまは、きっと馬でいらっしゃるでしょう?10日間ぐらいかかるわ」
「辺境は遠いですからね」
「ええ、馬車なんて仕立てたら2週間はかかるわね。もっと早く来て下さるとは思うけれど」
そうなのだ。王子妃選定の茶会の招待状は、もうそろそろ届く頃だ。
招待状が届けばすぐに義母と義妹は、王都へ行く。王都での社交と、ドレスを仕立てる必要があるからだ。
王都には有名なメゾンが沢山ある。少しでも有名なメゾンでドレスを仕立てようと、貴族達は必死になる。3カ月前の王都行は、ぎりぎりのタイミングなのだ。
もしもローゼンベルク侯爵が健在ならば、半年前には王子妃選定の情報を取得して、王都に向かっていただろう。
けれども当主が動けない。その事実が義母たちの行動を縛っている。
社交界とは、恐ろしいところだ。僅かな弱みを突いてくる。
ローゼンベルク侯爵が、廃人だなどと知られる訳にはいかないだろう。だからギリギリのタイミングでの上京になったのだ。
「お父様。前世では心を壊し、せっかくのチャンスにお父様を救えなかった。でも今世では必ずお救いします。もうしばらく、我慢してください」
ヴァレンティア公爵を、動かすだけの証拠は揃った。
証拠には王家の紋章が残っている。王妃か王子、そのどちらか、あるいは両方が気象操作に関わっている。
リリアーヌとセーラは、結界が解かれる日をじりじりしながら待ちかねていた。
そして、いよいよその日が来た。薄闇が消え、太陽の力強い光が差し込んできた。静かだった古びた館に、大勢の人がやって来た。
「お姉さま、きちんと反省できたのかしら?私たちは、すぐに王都に行かないといけないの。その前に、無事を確かめにきてあげたのよ。感謝なさい」
甲高く傲慢な声が響いたが、応える者はいなかった。
侍女たちがリリアーヌを見つけ、エリーゼの前に引っ張り出したのだが、リリアーヌはなにも見ていなかった。
ぼんやりと、されるがままで感情というものを失くしていたのだ。
「臭いわ。そんな者を近づけないで。こんなに簡単に壊れてしまうなんて、つまらないわね。せっかくセーラが逃げたことを、教えてあげようと思ったのに」
「どういたしましょうか?侍女を付けないと風呂にも入っていないようですし、自分で食事も取れないかもしれません」
「必要ないわ。食料を投げ入れなさい。死ぬも生きるも自分次第だわ。こんな風でも生きたければ食べる筈よ」
その命令でほっとしたように、侍女たちは食べ物を机の上に置くと、大急ぎで外に飛び出した。ぐずぐずしていて、うっかり残ってリリアーヌの世話をしろと、言われたくなかったのだ。
侍女たちは思っていた。
まったく、顔が半分崩れたくらいで逃げ出すとは、セーラも迷惑な女だ。 おかげで、誰かが貧乏くじを引いて、こんな壊れた娘の面倒を押し付けられるかも知れなかったのだ。
まるで逃げ出すように、人々が古い館から消えてしまった。
その時、ぼんやりと蹲っていたリリアーヌは、すくっと立ち上がった。
そして皮肉な薄笑いを浮かべて、リリアーヌとセーラは人々を見送った。
リリアーヌは変装を解いて菫色の清楚なドレス姿になり、セーラも若草色のドレスを纏っている。
その姿は、王家の血を引く高貴な姫と、その専属侍女に相応しい装いだった。
薫風が花の香を運んできた。 2人は久しぶりの外の空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。




