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生贄として殺された娘は蘇り復讐を誓う。  作者: こもれびの空


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13/14

処刑

 紅薔薇の祭壇が開かれる。その話はあっという間に広がり、庭園の前に広がる白亜の広場には、多くの貴族たちが見物に押し寄せた。


 元々この白亜の広場では、野外劇や演奏会などの催しが行われていたため、広々とした階段状にそして、各階層ごとに椅子や東屋が設置されている。


 そして本来は水のない場所には清水が滾々と湧き出し小さな泉の様相を呈していた。


 既に季節は初夏であり、暑気が立ち込めていたが、今は水面をさわやかな風が通り抜け涼を運んでいる。その水深は浅く大人の踝が隠れるほどしかない。


 執行官が既に待機しており、大太鼓の準備もされている。既に罪人たちは泉に引き出され、マリアやエリーゼの美しい衣装が水面を鮮やかに飾っていた。


 その華やかな美しさとは対照的に、マリア達の顔は既に青を通り越して蒼白になっている。2人はお互いだけが頼りのように互いに抱き合っていた。


 そこにカール皇子の声がした。


「先ずはエリーゼから始めよ。あれは紅薔薇の間の麗人として私に仕えるかもしれないのだからな」


 そしてエリーゼに優し気に声を掛けた。


「エリーゼ。心配することはない。そなたが貴族の血を引く娘ならば、鞭の10回などたやすく耐えられるはずだ。この小さな罰を受ければ、そなたは側妃として王宮に迎え入れられ、身分を得ることが出来る。安心するがよい」


 その声はエリーゼの耳にはっきりと届いた。王子の妃に成れる。エリーゼの顔に色が戻った。花の間は側妃とは名目だけで、実際には愛人にすぎないことをエリーゼは知らない。


 花の間の側妃たちは、子供を産むことが出来ない。そう決まっている。そして側妃たちの唯一の希望は王家の血を引く子供を授かる事だった。


 身分が低い側妃であっても子を成せば、相応の敬意と地位が与えられる。 だがそのためには五色の間に入る必要があった。 茜。萌黄。瑠璃。白藍。紫。この5色の間こそが本来の側室の入る宮なのだ。


 側妃たちの産む子供たちは、正妃の子と同じように王子や王女の称号が与えられるし王位継承権も持つことが出来るのだ。


 水面に引き出されたエリーゼの前に、屈強な大男が頑丈な鞭を持って立った。エリーゼは震えあがった。あんな大鞭で力任せに打たれたら死んでしまうに違いない。


 女王が、軽く手を挙げたのが合図になった。


「ひとつ」執政官が数を数え、大太鼓がドーンと重い音を響かせる。 太鼓の音が轟くと、大男は鞭をエリーゼに振り落とした。 ヒュンという風切り音の後、バシッという鈍い音がして鞭がエリーゼの華奢な背中に食い込み、血が飛びちる。


 水面に美しい赤が飛び、やがて薄いピンク色に変化した。 エリーゼの背中から、綺麗な赤が水面へと流れていく。


「ふたつ」 エリーゼの背中にはさらに大きな傷がぱっくりと口を開き、水面のピンクは徐々に色濃くなっていた。 それなのにエリーゼは、気を失うことが出来ない。あまりの苦痛に息も絶え絶えになっていると言うのに。


「三つ」


 エリーゼの背中の肉が、初めて飛び散った。でもまだ骨は見えない。それでも流血の量は多く、このまま放置すれば水の中。血が流れ続けるに違いなかった。


「エリーゼ嬢の罪は濯がれました」


 執政官はそう宣言し、女王を見た。エリーゼは三回の鞭を受けきった。 女王は頷き、軽く手を振ると担架を持った従僕たちが、エリーゼを運びだした。


「エリーゼを紅薔薇の間に。医師を呼んでやれ。ただしこれは王妃陛下の定めた罰だ。回復魔法は許可出来ぬ。エリーゼが十分に回復したら、私に知らせろ」


 カール王子はそう言った。 どうやらカール王子は苦しむエリーゼを見舞うつもりはないようだった。 その意味を貴族達も、王宮に仕える人々も正しく受け取った。  エリーゼはカール王子の玩具ではあるが、敬う対象ではない。 あからさまに、そう示されたことでエリーゼの王宮での生活は苦痛に満ちたものになるだろう。


 エリーゼには後見人がいない。それを意味するところを、誰よりも使用人たちが知っていた。


 そのすべてをマリアは見聞きしていた。けれどマリアは信じていた。マリアの母、ノクス子爵夫人は侍女たちに金を贈り、エリーゼを守ってくれるはずだ。


 今、全ての貴族の目が自分に注がれている。マリアは大声を上げた。


「エリーゼは、アークライト公爵の娘です。たとえ庶子ではあってもエリーゼはアークライト公爵家の庇護を受ける権利がある。お疑いならお調べ下さい。エリーゼの血なら、ここにいくらでも流されている」


 貴族たちは驚いた。エリーゼはアークライト公爵とマリア子爵令嬢との間に生まれた不義の子なのだろうか? もしもそうならアークライト公爵家はエリーゼを庇護しなければならない。庶子であっても血縁を庇護下に置くのは貴族の義務だからだ。


 この貴族の義務は、血が平民に安易に流れないように取り決められている。 エリーゼは、カール王子の庇護下にいるが、もしも平民として世に出ていれば王家の血が平民に流れてしまう。


 先ほど、王妃陛下は父親に名乗り出るよう問いかけたのは、この法があるからだった。


 アークライト公爵家の姫、リーゼロッテが進み出て蔑むように言った。


「お父様の名誉を汚そうなんて、どういうつもり。詐欺師はやはり詐欺師なのね」


「調べればすぐに分かる事で、嘘をつくはずはございません。女王陛下、どうぞ真実をお示し下さい」


 公衆の面前でこう言われてしまえば仕方がない。王妃は軽く頷いた。神官が泉の水を鑑定の石に注いだ。光がマリアとそしてアークライト公爵、そしてリーゼロッテを取り巻いた。


 間違いなくエリーゼはアークライト公爵の庶子だったのだ。 アークライト公爵が重い口を開いた。


「申し訳ございません。あの女の誘惑に乗って一度だけ契った事がございます。その後すぐに避妊薬を飲んだと言われ、私はそれを信じておりました」


「ならば公爵に罪はない。だが子であることには違いがない。カール。さすがに庶子とはいえアークライトの公女を、紅薔薇の間に入れることは許可出来ぬ」


「畏まりました。母上。しかしエリーゼを側妃にすると宣言してしまいました。それでは茜宮に迎え入れ、茜妃の称号を与えましょう」


「それがよいな。アークライト公爵。茜妃によくお仕えするように。茜妃が皇子を産むかも知れぬ。それはアークライト公爵家の誉になるのだからな」


 女王の言葉に、アークライト公爵は歯噛みをした。 しかしエリーゼは、正式に王家の妃になってしまった。側妃とはいえ既に王家の人間。公爵家としては、それを支える責務がある。


 一番衝撃を受けたのは、リーゼロッテだった。アークライト公爵家のひとり娘。それを誇りに驕ってきた。実は王妃になるつもりでもいたのだ。 カール王子とは幼馴染。当然自分が王子妃となり、いずれ王妃となる。そう信じていた。


 けれどその望みは潰えた。 アークライト公爵家が、茜妃を支援すると決まれば、もう他の姫を王子妃候補に立てる事は出来ない。


 しかし長らく王妃になるべく育てられてきたリーゼロッテが、大人しく諦めるのだろうか? マリアの言葉は、新たな火種を王宮に持ち込むことに成功していた。


 その後、マリアは10回の鞭を受けた。 そして子爵家の娘には、10回の鞭を受けてなお生き残るだけの魔力は無かった。マリアは8回目の鞭で死んでしまい、それでも残り2回の鞭が遺骸に振り落とされた。 だがマリアの顔は安らかだった。なぜならマリアの娘エリーゼは、今のところカール王子の唯一の正式な妃になったのだから。マリアの遺骸はすぐに片付けられお楽しみが始まった。


 赤く染まった泉の水は、地下に隠された装置によって、噴水として吹き上がった。赤い噴水の水が勢いよく吹き上がると貴族たちは満足のため息を吐いた。


 時刻は既に夕刻。夕日に染まる噴水は、真っ赤から、徐々に色を変えピンクからやがて清水の色になった。


 その噴水は夕日に照らされて、美しくきらめいて貴族たちを大いに満足させたのだった。


 ローゼンベルク侯爵家は、この一幕を平静に見ていた。


「お父様。やはりエリーゼは生き残ってしまいました。しかも正式な側妃となった。この後アークライト公爵家もエリーゼも、本気でローゼンベルク侯爵家を潰しにかかるでしょう」


 マリアとローゼンベルク侯爵が親子で無いと証明する時に、マリアの血ではなくローゼンベルク侯爵の血を使ったのは、もしもマリアの血を使えば父親がアークライト公爵だとバレるからだ。


 どうせアークライト公爵はエリーゼを娘だと認める筈は無いと思っていた。


 そしてそれは成功したかに見えた。案の定アークライト公爵はエリーゼを庇おうとしなかったから、エリーゼは紅薔薇の間の住人になった。 きっとそのまま自然に王宮の中で、亡くなる運命だった筈なのだ。


 だがマリアが、それを許すことはないだろうとも思っていた。 これは予想通りの結果だったが、この先の長い戦いの始まりだった。  こちらはヴァレンティア公爵家が後ろ盾だ。 けれどエリーゼには、アークライト公爵家と王子が後ろ盾となった。 幾分相手の方が有利に見える。


「心配するな。リリアーヌ。確かにカール王子は底が知れないし、アークライト公爵家には財力がある。しかし味方が必ずしも味方とは限らないものだ」


 ローゼンベルク侯爵は愉快そうに言った。


「それはいったい?」


「リリアーヌ。リーゼロッテ公女の顔を見たか?あの公女は我儘に育てられて気位も高い。本来の己の立場を庶子に奪われて、黙っているとは思わないだろう?」


「お父様。それでは」


「ああ、これからは大いにリーゼロッテ公女に、協力してやろうではないか」


 そう言ってローゼンベルク侯爵はにやりと笑った。


「リリアーヌ。大丈夫ですよ。安心してください」


 セーラはそう言ってローゼンベルク侯爵を頼もしそうに見た。 リリアーヌも頷いた。 これからしばらく主戦場は王宮になりそうだった。 それならばリリアーヌは見ているしかできない。


 リリアーヌはこの時、確かに王宮の泥沼にはまり込むことは無いと思っていたのだ。 なぜなら自分は既に蒼天王ニルヴァの妻だったから。


 しかし龍との婚姻は記録に残らない。 第一、龍に人間の戸籍があるだろうか?


 龍との契りは龍の逆鱗を受け取ることで終わる。 龍の逆鱗を宿しているのが、龍の番。とても単純だった。


 ところが人間界では、そうはいかない。 戸籍上、リリアーヌは今だ未婚の娘で、ローゼンベルク侯爵のただ一人の娘だったのだ。




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