エリーゼ
(王宮 茜の間 エリーゼ視点)
何が起きたのか、私には全く理解が出来なかった。
いきなり父親の分からない庶子だと言われ、鞭を受ける羽目になった。
大勢の貴族が、面白そうに、まるで見世物を見る目で私を見た。
鞭の唸る音。あれはきっと生涯忘れられないだろう。
ヒューという風切り音と同時に、鋭い痛みに声も出せなかった。
気を失った方が、きっと楽なはずなのに、鞭は2度、3度と私を襲った。
息が出来なくて、痛みでぼうっとしていたら、カール王子が私を紅薔薇の間に入れると言うのが聞こえた。
少しだけ安心したのは、治癒魔法が受けられると思ったからだ。
なのにカール王子は医師を遣わすとは言っても、治癒魔法は許してくれなかった。
私が庶子だから。血筋が分からないから。平民みたいに医師に傷を見せる。そんな事をしたら、傷跡は一生残るのに。
そうしたらお母さまが、私はアークライト公爵の娘だと言った。
アークライト公爵も認めたわ。だって鑑定石が、それを証明したから。
もしも最初からアークライト公爵が、私を娘だと認めていたら、鞭も受けなくて済んだのだ。
けれどお母さまが告発してくれなければ、今頃はまだ痛みにうめいていた筈だ。
公女と認められてすぐに治癒魔法で回復させて貰えた。
けれど、そのせいでお母さまが死ぬ姿を見る羽目になった。
あの凄まじい鞭を、お母さまは10回も受けたのだ。
そしてあの噴水。お母さまと私の血で染まった噴水を、貴族たちは美しいと褒めた。目の前でお母さまが死んでいったのに。
いつかきっと復讐してやる。
お母さまを殺したのは、ローゼンベルク侯爵と、リリアーヌだ。
あいつらを、私は絶対に許さない。
「茜妃様。王子殿下がお渡りになります。お召し替えのご用意を」
侍女たちがずらりと並んでうやうやしくそう言う。
こいつらだって、お母さまの死をあざけり、私を笑いものにしたのに。
お腹の中では、卑しい庶子だと蔑んでいるのが分かる。でも、私は何も言わない。
こいつらを味方につけて、私は王妃まで昇りつめるつもりだから。
王妃になったら、こいつらの皮を剥いでやるのに。
王子も大嫌いだ。 私を、玩具としてしか見ていない。
昔はこの美しい王子に憧れていたけれど、その本性は冷血な獣だ。
だけど私は、可愛らしく笑って王子にすり寄る。
いつか、こいつも殺してやるけれど、それは私が王妃になって、王子を産んでからだ。
「王子殿下。お待ちいたしておりました」
私は少しの媚びと怯えを見せて、王子を見上げた。
それはきっとはかなげに見える筈だったから。
「へー。これが妹なのね。やはり下賤の血は争えないわね。そう思わない?カールお兄さま」
「そうでもないと思うがね。これでもアークライト公爵の血を引いているのだ。そう邪険にするな。リーゼロッテ」
「すまないね。エリーゼ。リーゼロッテが妹の顔を見たいというのでね。連れて来たのだ。挨拶をしなさい。君の姉君で、アークライト公爵の嫡女だ」
カール王子は嫡女という所にアクセントを付けて、面白がるように私を見た。
私の傷つく姿を見たいのだ。なんともいい性格をしているではないか。
私は、こわごわ言葉を紡いだ。
「リーゼロッテお姉さま。エリーゼです。よろしくお願いします」
思った通り、リーゼロッテは口を歪めた。
「ねぇ、カールお兄さま。この女。信じられないわ。下賤な女のくせに、私をお姉さまと呼んだのよ。お仕置きが必要だと思わないかしら」
「お仕置きするのは構わないけれど、傷つけないでね。この後この子と楽しむ予定なのだから」
「カールお兄さま。女遊びもほどほどにね。あの白百合の女、貴方に散々なぶられて、寝込んでいるそうじゃないの」
「大丈夫だよ。医師を派遣しているからね。すぐに遊べるようになるさ。まだ壊すつもりは無いんだ」
リーゼロッテはとても楽しそうだった。
目線だけで侍女が、桶に水をいれて運んできた。
そしてその中に私の顔を突っ込んだ。
苦しくて息が出来ない。ごぼごぼと水が口に入る。身体が、何とか逃れようとあがく。
「いいね。ほら。あの体。艶めかしいじゃないか」
カール王子の声が遠くに聞こえる。
信じられない。人が苦しむのを見て楽しんでいるのだ。
もうダメと思うと、髪を引っぱり顔が桶から出された。
ゴホゴホと咳と共に水を吐いた。ゼイゼイと大きく息を吸ったところで、また桶に沈められる。何度か繰り返したところで、リーゼロッテが聞いた。
「ねぇ、お前。挨拶をなさい」
私は土下座して言った。
「リーゼロッテ公女殿下。エリーゼでございます」
「ねえカールお兄さま。私は躾がとても上手でしょう?」
「どうだろうね。私も躾が得意なんだ。いい加減私の楽しみを邪魔すると、君を躾けなければならなくなるよ」
「ごめんなさい。お兄さま。帰りますわ」
リーゼロッテは慌てて帰ってしまった。
王子はそっとエリーゼを抱き上げた。
「可哀想に。苦しかったかな? でもほら、僕が追い払ってあげたからね。君が望むなら、あの女をこの宮に入れないようにしてあげるよ」
「お願いします。王子殿下」
私は、本気でカール王子にお願いした。
カール王子はクスリと笑った。
「やっと素直になったね。さっきの目は頂けなかったからね。今日は初めてだから許してあげるけれど、今度あんな目で僕を見たら、目をくり抜くからね」
私は素直に頷いた。この男は絶対にそれを実行するだろう。
それだけは確かな事だった。
私の反抗心は霧散して、どうにかカール王子を怒らせないようにしなければ、死ぬより辛い目に遭うと学習していた。
「ああ、どんどん素直になっていくね。良い子だねエリーゼ。これからご褒美をあげるからね」
「ありがとうございます」
私はそう言った。きっとそれ以外の返事は許されていなかったから。
可笑しいなあ。私は茜妃。妃のひとりの筈なのに。
私の矜持は根こそぎ奪い取られていた。
それからたっぷり3時間もの間、カール王子のご褒美は続いた。
私は息も絶え絶えになり、ただひたすら許しを乞うた。
王子が十分に満足したころには、私は指1本動かせなかった。
カール王子は侍女たちを呼び、私の恥ずかしい姿を遠慮なくさらすと、後始末をするように言いつけた。
侍女たちは、私を風呂に入れ、徹底的に綺麗にした。
それこそ、何一つ見逃さないように徹底的に。
そこまでしたのに、最後に侍女は苦い薬を私に呑ませた。
だから私は知ってしまった。
妃であってさえ、カール王子は私に子を産ませる気がないのだと。
後継者を産んで、王宮を牛耳る事は絶対に不可能だと。
私の目には涙が浮かんだが、それすらも侍女によって拭い去られてしまった。
ここは生き地獄だ。
私は、確かにリリアーヌを虐め抜いたが、私とカール王子。どちらがより酷いのだろうか?
私は虐げられる人の気持ちを初めて知った。
けれども、どう考えても私はカール王子よりも冷淡でも、残酷でもなかったと思うのだった。
私の中の復讐心は消え去った。
ただ、ここから逃げ出したい。その気持ちだけが私を支配している。
考えないと。まだ考えられるうちに。
そのうちにきっと何も考えられなくなりそうだから。
だからチャンスを掴んでここから逃げ出す。
それだけは忘れないようにしよう。私はそう決めた。
それから私は、徹底的に親切で穏やかに侍女に接するようになった。
侍女たちは丁寧だけれども、少しの情も持たないようだった。
けれど私は、決して諦めなかった。
美しい花を活けて貰ったと喜び、貴族たちから何も知らずに妃へ送られる贈り物の大半は侍女たちに分け与えた。
天気の話。お菓子の話。当たり障りのない話を懸命に話した。
決して雑談に応じない侍女の心を得ようと必死になった。
そうして、たまに私の話に相槌を打ち、自分から話しかける侍女も出て来た。私は嬉しかった。心が通ったと思ったからだ。
「茜妃様。今日は芙蓉の花を生けましたよ。お好きですよね」
「茜妃様。今日は少し日差しが強いようです。冷たいお茶をご用意いたしました」
そんなささやかな会話が嬉しかった。
だがある日カール王子は言った。
「困ったことに悪い侍女がいてね。処分しないといけなくなった」
そうしてにこりと私を見た。
引き据えられたのは、私に心を預けてくれた侍女たちだった。
侍女たちは恐怖にすくんでいるように見えた。
私は蒼白になった。 跪いて必死に許しを乞うた。
「申し訳ありません。私が悪いのです。私が話しかけたのがいけないのです。どうかこの者たちをお許し下さい」
「そうなの。エリーゼ。いけないと知っていてやったのだね。どんな罰がいいと思うの?」
私はガタガタと震えて声も出せなかった。
「逃げようとしたのかな?」カール王子の声は低かった。
「いいえ、いいえ。決してそんな事は。ただ寂しくて。それだけなのです」
「本当に?」
私は必死で頷いた。
「じゃぁ、処分するのは侍女だけにする。エリーゼは良い子なんだよね」
私はこくこくと頷いた。
そして侍女たちは消えてしまった。
その後、残った侍女が私を見ることも、話すこともなくなった。
私は丁寧に世話をされたが、それはとても機械的だった。
私を温めてくれる人はもうどこにもいなかった。




