茶会
王宮で行われる王子妃選定の茶会。 通常なら高位貴族の女性からしか選ばれない筈の王子妃だが、今回はかなり範囲を広げて候補者が集められていた。
さすがに各貴族家から1名との指名だったから、貴族なら誰でもという訳ではなかったけれど。
王宮に入ることすら初めてという者も多かったから、王宮大広間だけではなく、大広間から続く広々とした庭園も開放されており、大広間ではダンスが、庭園ではお茶会らしい準備が整えられていた。
時間も自由だったけれど、そこは空気を読むことが基本の貴族社会。 午後からの茶会に、一番乗りをするのは、男爵家や子爵家の令嬢たちで、侯爵家や公爵家の姫君たちが茶会に入るのは、夕刻に近くなってからと、身分によって集まる時間が、自然に分かれていた。
「なんて見事なんでしょう?王宮ってこんなにも美しい場所なのね」
そんな風に感激している令嬢に、近衛騎士たちが礼儀正しくダンスに誘う。
今回のエスコートは大抵父親であったから、凛々しい騎士とのダンスに頬を染める若きレディたちも多い。 話が弾んで庭園にエスコートされる令嬢もいるのに、王子殿下の姿は見えない。
「残念ですわ。一目でもよいから王子殿下にお目にかかりたかったのに」
そんな正直な気持ちをこぼすことがあるのも、低位の貴族の甘さともいえるが、それはそれで愛らしい。
カール王子は近衛騎士に扮して、お気に入りの娘を物色中だ。愛人にするならば王妃陛下も目くじらを立てない事をよく知っているのだ。
とはいえ、あまりにも女遊びが過ぎると評判を落とす。己の身分を弁えた大人しい令嬢を、ひとり、ふたり見繕うつもりのカール王子であった。
今、手の中にいるのは男爵家の娘。王家からの招待状に舞い上がっているが、招待状を出したのは、最近この男爵家の羽振りがよいせいだ。
「王子の顔を知らないの?絵姿は出回っていると思っていたのにね」
そう言われて少女は近衛騎士の顔を見つめた。絵姿とそっくりな黄金の髪と深い青の瞳。上品にほほ笑むその人は?
「王子殿下。申し訳ございません」
深く平伏する少女を抱き起こしカール王子は甘く囁く。「可愛らしい姫君。騙してごめんね。僕は心優しく素直な姫君を探していたんだ。王宮に部屋を用意させてもらっても構わないかな」
まさか自分が選ばれるとは。少女は天にも昇る気持ちだった。父親である男爵も、王子の前に連れてこられる。
「よい娘を持ったね。身分もあるから、妃にはできないけれど、大切にお預かりするから、父君のお許しを頂きたいのだ、男爵、お許し願えるなら、、彼女に白百合の間を与えるつもりだが、どうかな?」
花の名前がつく部屋は側妃としても、かなり低いけれども、男爵家の娘に正式に部屋が頂けるだけでありがたい話で、男爵に断る選択肢は元々ありはしなかった。
大人しく承諾するのをチラリと見て、カール王子は可哀想な獲物を部屋に案内する。白百合の間の準備は整っていて、侍女たちも選定済みだ。今からはお楽しみの時間なのだ。
今頃男爵は、少しでも娘の立場が良くなるように、多額のお金を工面するのに必死になっているだろう。
侍女たちの方が家格が高い。そんな場所でかしずかれるのは気苦労ばかり。気立ての良い娘ほど、いつの間にか花がしおれるように儚く散ってしまうのが常だけれども、王子は気にも留めない。
王子の庇護がなければ、侍女たちの厳しい洗礼は収まる訳がない。だから男爵は侍女たちの実家や侍女に付け届けを怠る訳にはいかなくなった。 そんな裏事情も知らず、ほほ笑む少女を、カール王子はあやすように見つめている。
もう少ししたらローゼンベルク侯爵家の仕掛けた茶番劇が始まるだろう。そうしたら、エリーゼを紅薔薇の間に入れるつもりだ。白百合と紅薔薇。生き残るのはどちらだろう?
そう思いながら、白百合の少女を眺める。この少女を味見したら、ひと風呂浴びて、正装に着替える必要がある。そうして白百合の少女はカール王子の思惑も知らず、甘い声をあげるのだった。
午後3時を過ぎたあたりから、伯爵家の令嬢が登城し始める。伯爵家ともなれば、ぎりぎり王子妃に選ばれる可能性がある。いそいそとエリーゼがやって来た。
日差しが強くて、庭にでると暑いくらいだが、エリーゼは庭を散策している。低位貴族の娘たちは既に帰り始めているし、高位貴族の姫君がやってくるのには、少し間がある。
そんなエリーゼを風呂に入ってさっぱりとしたカール王子が見つけた。 その瞬間、にやりと笑うと、何気ない風に庭園を眺めた。
エリーゼもすぐにカール王子を見つけた。「王子殿下が私を見て下さったわ」そう呟いた。
しかし王子に声を掛けた姫がいた。
「カール。久しぶりね。今日はお楽しみはほどほどになさってね。王妃陛下肝入りの茶会なのですから」
扇で軽く顔をかくしながらも、気軽な調子で声を掛けたのは、アークライト公爵家公女リーゼロッテだった。
リーゼロッテが気安いのは、カールとは母方の従兄妹であるからだ。王妃の妹がアークライト家に嫁いでリーゼロッテを生んでいる。それにアークライト公爵家は王家の血筋でもあるのだ。
「リーゼロッテ。僕は品行方正だよ。君は本気で僕の妃になるつもりもないくせに、どうして来たのさ」
「あら、どうして私が、妃になるはずがないと思うの?」
「それなら。妃になってくれる。そうすればこんな茶会を開く必要もないからな」
「おあいにく様。私は貴方が好きではないわ。あなた、今まで何人の女を泣かして来たか覚えてないとは言わせないわよ」
「うるさいなぁ。母上も黙認しているんだ。何が問題なんだよ。大体王族の結婚に愛なんて関係ないだろ」
そんな王子の言葉を無視してリーゼロッテは、カールの匂いを嗅いだ。
「たった今、風呂に入ったばかりね。あなた早速摘まみ食いをしたのね。手が早いにも程があるわ」
「白百合の間に入れたよ。正式に引き取ったのだから文句を言われる筋合いはないね」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。可哀そうに。籠の鳥とも知らないで。もしも私が王妃に成ったら、花の間は閉鎖して貰うからね」
「なら、お前なんか選ばない。本当に何でこんなに早く来たのさ」
「気の毒な娘を守ってあげようかと思ったのだけれど、既に遅かりしという感じかな」
リーゼロッテはとても高貴な姫君とは思えない口ぶりだけれども、それも後ろ盾があるだけの事。
カールは気にも留めていないが、もしもカール王子の逆鱗に触れたら、従兄妹など、あっという間に切り捨ててしまうのだが、その危険性にすら気がつかないリーゼロッテだった。
それをエリーゼは歯ぎしりしながら見ていた。話し声は聞こえないけれども、2人の仲の良さは伝わってくる。相手が公爵家の姫では、手も足も出ない。
「大丈夫よ。この茶会で候補を7名までに絞ると聞いたわ。公爵家と侯爵家からほとんど選ばれるはずだもの。最終選考に残れさえすれば、後は何とでも」
エリーゼはそう呟いて、ひとまずは大広間に戻ることにした。付き添いの大人たちは、日差しを避けてほとんどが大広間でくつろいでいる。
そしてエリーゼは見てしまった。リリアーヌがいる。 ありえない。どうしてリリアーヌが王宮に入り込んだのだろう。 姉は招待状を持っていない筈なのだ。
エリーゼは真っすぐにリリアーヌのもとに向かった。いたぶってやるつもりなのだ。
「お姉さま。どうなさったの。招待状もなしにこんなところに来るなんて!」
エリーゼはリリアーヌを頭から、つま先までジロジロと眺めた。 いったいどこのメゾンで作ったドレスだろう。薄紫のドレスはふんわりとリリアーヌの華奢な身体を覆っている、そこに薄いベールのように青いシフォンが加わって、妖精のように神秘的に見えた。
リリアーヌの銀の髪は緩やかに編まれていて、それを青い宝玉が取り巻いている。薄紫の瞳が、面白そうにきらきらと輝いている。
「どなたかしら。私はローゼンベルク侯爵家のひとり娘。私に妹などいませんけれど。どちらの家門のお方かしら?」
その声はまるで狙ったように、大広間の静寂を呼び寄せた。皆の視線が一点に集まる。エリーゼは焦った。姉はとうとう気が狂ってしまったのだ。
「何を言い出すの。私はローゼンベルク侯爵家の二女エリーゼよ。お姉さまは気が狂ってしまったのね」
そこに母が駆けつけた。「リリアーヌ。ローゼンベルク侯爵家の王子妃候補はここにいるエリーゼよ。騒ぎを起こさないで」
そこにローゼンベルク侯爵がセーラを伴って現れた。
「一体何の騒ぎだ。私の娘に難癖をつけるとは。おやおや、そなたはノクス子爵令嬢ではないか。久しぶりだな」
マリアとエリーゼは、驚きのあまり棒立ちになった。ここにいるのは確かにローゼンベルク侯爵その人だ。
しかしローゼンベルク侯爵は廃人になったはず。それなのにまるで青年に戻ったかのように生き生きとしている。
「何事ですか?」警備の騎士達が駆けつけた。
「すまない。私はローゼンベルク侯爵、隣が妻のセーラで、本日は娘リリアーヌの付き添いで、この王宮に参ったのだが、ノクス子爵令嬢とその娘ごに絡まれておる」
「何を言うの。私こそがローゼンベルク侯爵夫人よ。そしてエリーゼはローゼンベルク侯爵と私の子供よ。そこにいるセーラはただの侍女だわ」
周囲のざわめきは大きくなった。
「どういう事だ?」
「確かにあれはローゼンベルク侯爵だ。かなり若々しいが」
「ローゼンベルク侯爵は後妻を娶ったと聞いたが、隣の娘が夫人とは思えない。若すぎるだろう」
ローゼンベルク侯爵は書類を騎士に示して見せた。
「成る程、確かにこちらのセーラ様はヴァレンティア公爵家から、ローゼンベルク侯爵に嫁がれていますな。そしてノクス子爵令嬢。貴方とローゼンベルク侯爵との婚姻は無効のようです。そもそも婚姻手続きすら認可されていない」
「そんな筈はないわ。それにエリーゼは間違いなくローゼンベルク侯爵の娘なのよ」
「それならば、親子鑑定を行えばよいだけの事」 ローゼンベルク侯爵は平然と言った。
「何を言うの。貴方には情と言うものがないの?鑑定なんて必要ないわ。エリーゼはあなたの子よ」
神官が進み出た。
鑑定の石を捧げ持っている。ローゼンベルク侯爵は何も言わずに、自分の手を切って、血をその石に捧げた。 鑑定石はきらきらと光を放ち、それはリリアーヌただ一人を照らしだした。
「何という事だ。あの娘にはローゼンベルク侯爵の血が一滴も流れていないぞ」
「それではあの娘の父親は誰なのだ。ノクス家の娘は父親のいない子供を産んだのか?しかも未婚で」
「何という恥知らずな真似を」
「ローゼンベルク侯爵夫人とその娘としてこの王宮に乗り込んでいたわよ」
「王家を騙すなんて!信じられないわ」
そこに王妃がやって来た。
「私の茶会を台無しにしたノクスの娘を紅薔薇の祭壇に捧げるがよい。鞭打ち10回じゃ。そしてその娘。父親として名乗り出る者はいるか?」
大広間はしんと静まり返る。エリーゼはガタガタと震えるばかり。
王妃の目はアークライト公爵のところで一度止まった。 アークライト公爵は無表情を貫いている。 ここにいるのは娘を連れた貴族だけ。
ノクス伯爵夫人がいれば、孫娘を受け入れたかも知れないが、それも今更だろう。
「さて、どうするか。この娘に罪があるわけでもなさそうだが。カールそなたはどう思う」
「貴族の娘なら、鞭の3回ぐらいは受けきるはず。平民ならばそのまま死にましょう。生き残るならば血は高貴な筈。もしも生きのこれば、私の紅薔薇の間の住人として貰い受けましょう」
「それは情け深いことじゃな。娘も王子の側妃に成れるならば、この上もない名誉だろう。庶子なのだからな」
王妃は頷いた。裁断は下されマリアは気を失い、エリーゼは震えながら連れだされた。




