第七話 芽生えぬ技巧と血の弾丸
雨の中、幾重にも重なる刃が僕の体を容赦なく穿った。
「ぐ、あっ……!?」
喉を突き刺され、胸を抉られ、腹を深く割裂かれる。
冷たい鉄の感触と、それに続く灼熱の激痛が全身の神経を一瞬で焼き切った。口から大量の血が溢れ出し、膝から泥の中に倒れ込む。
「はっ、あっけないな! やはり『暴食』を倒したのは何かの間違いか!」
教団兵の一人がせせら笑う。
彼らの手元では、微かな青白い光が揺らめいていた。
——一般スキル『身体強化』および『鋭利付与』。
前世のゲームや小説で見聞きしたような、この世界の住人たちがたゆまぬ訓練の末に身につける一般的なスキルだ。彼らは魔法やスキルを洗練させ、無駄のない動きで効率よく人間を殺殺していく。
対する僕には、そんな器用なスキルは一つもない。
魔法の魔の字も知らず、剣の振り方すら教わっていない。僕にあるのは、呪いのようなユニークスキル『我が至高なる存在』——ただそれ一つだけだ。
「首を切り落とせ! この薄汚い大罪の芽を完全に摘むのだ!」
隊長らしき男の号令とともに、頭上で刃が閃く。
——我が首を刎ねるか。
——無知なる豚が。その不遜、死をもって刻み込め。
【ユニークスキル:『我が至高なる存在』発動】
身体の奥底から、あの冷徹で絶対的な概念が立ち上がった。
首に刃が食い込む直前、割裂かれた腹や胸の傷口から、強烈な引き寄せの力が働き始める。
「な、なんだ……!? 傷口が……引き合っている!?」
教団兵たちが驚愕の声を上げた。
だが、今回は違った。
(痛い痛い痛い痛い痛い!!)
脳を削り取るような修復の激痛の中で、僕は死に物狂いで思考を巡らせていた。
ただ元の形に戻るだけじゃダメだ。それではまた切り刻まれ、拷問のように痛みを味わい続けるだけになる。
僕には『身体強化』も『魔法』もない。なら、この「元に戻ろうとする強烈なエネルギー」を、そのまま相手にぶつけることはできないのか!?
胸の傷口から噴き出す自分の血液。
本来なら、ただ肉体へ戻るために収束するはずのその赤に、僕は意識を泥臭く、強引に叩きつけた。
「戻るな……! 飛べッ!!!!」
修復の引き込みの力を、自分の強い意志で逆位相へと歪め、圧力をかける。
体内で急激に血圧が跳ね上がり、心臓が破裂しそうなほどの痛みが襲いかかった。
パンッ! という、肉が弾けるような異音が響く。
「ぎゃああああああっ!?」
目の前で剣を構えていた教団兵の顔面が、激しく弾け飛んだ。
僕の胸の傷口から放たれたのは、超高圧で凝縮された自身の血液の塊——「血弾」だった。
「な、なんだ今の攻撃は!? 魔法の予兆すらなかったぞ!?」
「ひ、悲鳴を上げる暇もなく頭が……っ!?」
教団兵たちがパニックに陥る。
弾丸として撒き散らした血液は体外へ散逸したため、二度と体内には戻らない。その代償として、激しい眩暈と強烈な貧血が僕を襲った。
全身の血管が強引に干からび、内部から焼き切れるような熱気と激痛が駆け巡る。
「ガあぁぁぁぁぁぁぁっ……!!!」
血を失った痛みに絶叫しながらも、僕は泥を蹴った。
修復されたばかりの右手を突き出し、自ら掌を爪で深く引き裂く。溢れ出る血に、再び修復のエネルギーを充填し、圧力の弁を強引に捻じ曲げる。
ドパンッ!!
二発目の血弾が、隊長らしき男の喉ぐえを正確に撃ち抜いた。
男は喉から赤黒い泡を吹き、白目を剥いて倒れ込む。
「化け物……化け物だァッ!」
残った教団兵たちが、恐怖で顔を歪ませて逃げ出し始めた。
「はぁ……はぁ……はぁっ……!」
僕は泥の中に膝をつき、血を吐き出した。
視界が激しく揺れ、世界が赤と黒に明滅する。
勝った……いや、逃げられただけだ。
たった数人の一般兵を倒すために、僕は自分自身の血を撒き散らし、全身の血管を焼き切るような激痛にのたうち回らなければならなかった。
洗練された『身体強化』も『魔法』もない僕は、こうして己の肉体を自傷し、歪めて使うことしかできない。
「あは……あはは……」
血に染まった自分の掌を見つめながら、僕は虚しく笑った。
『変形修復』。
死ねない呪いを泥臭く捻じ曲げて手に入れた、あまりにも痛々しく、惨めな僕だけの武器。
冷たい雨が降り続く中、僕はふらつく足取りで、誰もいなくなった絶望の村をあとにした。




