第六話 亡霊の足音
冷たい雨が、容赦なく肌を叩く。
村の中央広場に広がっていた大量の血が、泥水と混ざり合って薄い赤色へと変わっていく。
足元には、息絶えた『暴食』の少年。
そして少し離れた場所には、胸を穿たれ、物言わぬ肉塊となったエレナが横たわっていた。
「……っ」
僕は重い足取りで彼女のもとへ歩み寄り、冷たくなった身体の傍らに膝をついた。
泥と血に汚れた彼女の銀髪を、震える手でそっと撫でる。さっきまで通っていた命の温もりは完全に消え去り、そこにはただ、冷え切った悲劇の残骸だけが残されていた。
優しくしてもらった。温かいスープをご馳走すると言ってもらった。
ほんの少しの間だけ見えた温もりは、僕がこの村に引き寄せられたせいで、いや、僕が『七つの大罪』という呪いを持って生まれてしまったせいで、無残に砕け散った。
「ごめん……ごめんな、エレナ……」
声がかすれて出ない。
目からは涙が溢れ出したが、それは頬を伝う雨水と混ざり合い、泥の上に落ちて消えた。
悔しさも、悲しさも、激痛の記憶とともに胸の奥底で重く沈んでいく。
痛覚は残ったままだ。両腕を引きちぎられ、頭蓋骨を砕かれた瞬間の恐怖と激痛が、今もなお全身の神経を刃物で苛むように蠢いている。
それでも、僕の肉体は恐ろしいほど完璧に修復されていた。傷一つない手の平を見つめながら、僕は小さく自嘲の笑いを漏らす。
死にたくても死ねない。守りたくても守れない。
僕の持つ『傲慢』の力は、誰かを救うための光などではなく、ただ僕という存在をこの地獄に繋ぎ止めるための太い鎖でしかなかった。
その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ。
雨音を切り裂いて、足音が聞こえた。
泥を踏みしめる不穏な音。一つや二つではない。集団の足音だ。
僕はゆっくりと顔を上げた。
崩れかけた木々の隙間から、黒いローブに身を包んだ集団が現れる。顔を深くフードで隠した者たちが、手に手に歪な形状の槍や剣を握り締め、広場を包囲するように散らばっていく。
「……『暴食』の反応が消えたと思えば、まさかこのような惨状とはな」
集団の先頭に立つ男が、低く冷ややかな声を漏らした。
フードの陰から覗く鋭い眼光が、泥の中に転がる少年の死体、そして全身血まみれで佇む僕へと向けられる。
「あの『暴食』を討ち取ったのは、貴様か……? いや、その体に宿る禍々しい気配……まさか『傲慢』か」
男の言葉に、周囲の教団兵と思われる者たちが一斉に身構え、殺気を膨らませる。
どうやら、彼らは『暴食』の追手か、あるいは『七つの大罪』の力を調査・管理しようとする怪しげな組織の人間らしい。
だが、そんなことは今の僕にとってどうでもよかった。
僕の中にあるのは、途方もない虚無感だけだ。
「……あいつなら、もう死んだよ」
僕は乾いた声で答えた。
「そうか。ならば……我ら『聖導教団』の教義に従い、大罪の芽はここで摘み取らねばならん。者たちよ、かかれ! 首を落とし、その心臓を穿て!」
男の苛烈な号令とともに、十数人の教団兵が一斉に飛びかかってきた。
雨を突いて、ギラリと光る複数の刃が僕の全身を目掛けて迫る。
逃げる気力も、刃を避ける意志すら起きなかった。
(また、痛い思いをするのか)
心の中で呟いた瞬間、無数の刃が僕の胸、喉、腹へと容赦なく深々と突き刺さった。




