第七十一話 拒絶と因果の摩擦
「——無駄だよ」
『原初の宿主』が、静止した空間の中で薄笑いを浮かべる。
ルーシーの「怠惰」が捉えたはずの空間を、男の指先から溢れ出る無色の力——この世界の『理』そのものが、ガラスのようにあっけなく擦り減らし、破砕していった。
——パリィィンッ!
「……っ!?」
ルーシーの口から鮮血が吐き出され、その華奢な体が激しく揺らぐ。
彼女の能力は、この世界に存在するあらゆる事象を遅延・停止させる絶対の拒絶。だが、目の前の男は「事象を創り出している側」なのだ。根本的な法則の差異が、ルーシーの神経を内側から焼き切ろうと逆流する。
「ルーシーッ!!」
肉芽の巨神と化したルシアンが、床を爆破するように踏み込んだ。
自傷の代償として練り上げられた過剰修復の肉芽大剣が、空間の歪みを強引に切り裂きながら、原初の宿主の首元へと一直線に閃く。
——ガチィィィィンッ!!
爆音とともに、広間全体に凄まじい衝撃波が吹き荒れた。
ルシアンの渾身の一撃を受け止めたのは、男の掲げたただ一本の指先だった。
ルシアンの肉芽が放つ強大な破壊のエネルギーが、男の指先に触れた瞬間から、まるで時が巻き戻るように「無」へと還元されていく。
「見事な殺意だ、ルシアン。だが忘れたのかい?」
原初の宿主は、哀れむような、それでいてどこまでも冷酷な瞳でルシアンを見下ろす。
「君のその能力……『傲慢』の因子も、自傷による『過剰修復』の理も、すべて僕が君に与えた設定に過ぎないんだよ。僕が創ったルールの中で、僕を倒せるわけがないだろう?」
「……設定……だと?」
ルシアンの眼光が、濁った黒から極冷の殺意へとさらに深く沈み込む。
男は軽やかに指を鳴らした。
その瞬間、広間全体が激しく明滅し、ルシアンの全身の細胞が内側から悲鳴を上げた。
自傷によって引き出していた過剰修復の芽が、男の干渉によって暴走し、ルシアン自身の肉体を喰らい尽くそうと牙を剥く。
「カハッ……が……ぁッ!?」
「君がどれだけ自分を傷つけようと、その代償を決定するのは僕だ。……さあ、自分自身の能力に呑み込まれて消えるといい」
ルシアンの肉体が、内側から爆ぜる肉芽によってズタズタに引き裂かれていく。
だが、崩れ落ちそうになるルシアンの背中に、再び温かい手が触れた。
『……お兄ちゃん……諦めないで……』
血液を吐き出しながらも、ルーシーが瞳に強い光を宿して立ち上がっていた。
『この人の言う“ルール”なんて……私たちが受けてきた痛みに比べたら……ただの言葉遊びだよ……!』
ルーシーの「怠惰」が、ルシアンの体内で暴走する過剰修復のエネルギーそのものへ干渉を始める。
男が強制しようとする「崩壊の理」を、ルーシーの「停止」が強引に縫い止め、ルシアンの自傷のエネルギーを純粋な破壊力へと再定着させていく。
「……ハッ、そうだ……ルーシー」
ルシアンは血みどろの口元を歪め、己の胸に深く刺さった肉芽の槍を、さらに奥へと押し込んだ。
「神の創ったルールだと……? ならば、そのルールごと……僕たちの地獄で上書きしてやるッ!!」




