第七十話 神の戯れ
「惨劇、だと……?」
ルシアンの喉から漏れたのは、低く、地獄の底から響くような地鳴りのごとき声だった。
円形広間の中心に浮かぶ「脈動する透明な心臓」。その前で脚を組み、前世のルシアン自身の顔を模した不快な笑みを浮かべている『原初の宿主』。
男が指先を軽く一振らすだけで、周囲の空間で小さな次元の亀裂が弾け、そこから前世の事故の瞬間や、教団での拷問の光景が万華鏡のように激しく明滅する。
「そうだよ、ルシアン」
原初の宿主は、まるで幼子がお気に入りのおもちゃを愛でるような軽い口調で言葉を続けた。
「前世でうだつの上がらなかった君の魂を拾って、この血塗られた世界に投げ込んであげたのは僕だ。君が絶望し、自らの肉体を傷つけ、過剰修復の激痛に狂いながら足掻く姿……ああ、素晴らしかった。最高の娯楽だったよ」
男の目線が、ルシアンの傍らに立つルーシーへと移る。
「そっちの『怠惰』の少女もね。目の前で仲間が破裂して壊れていく絶望の果てに、ただの器へと堕ちていく様は実に美しかった。……さあ、感謝しておくれよ? 僕がこの世界を創り、君たちに『役割』を与えてあげたんだから」
——ドクン……!
その瞬間、ルシアンの中で何かが完全に断絶した。
前世への未練も、人間としての倫理も、世界への憎しみすらも——すべてがただ純粋な、この男を殺すための「絶対の殺意」へと収束していく。
「感謝、か……」
ルシアンは静かに口元を歪めた。
その両手の爪を、己の左右の胸腔へと躊躇なく深々と突き立てる。
——ガシュッ、バリバリバリバリッ……!!
「ぐ……っ、ぁ……ぁぁぁぁッ!!」
肋骨を砕き、自らの心臓のすぐ脇の肉を削ぎ落とす極限の自傷。
脳髄が焼き切れ、死の深淵へ引きずり込まれる激痛。
だが、その絶望的な死への拒絶が、過去最大の「過剰修復」の芽を爆ぜさせた。
赤黒い肉芽が暴風となってルシアンの全身を覆い尽くし、背中から幾重にも重なる巨大な肉の翼と、あらゆる理を噛み砕く無数の牙を形成していく。
「僕たちを玩具と呼んだな……」
肉芽の巨神と化したルシアンの眼光が、冷徹な漆黒の光を放つ。
「なら、その玩具に噛み殺される恐怖を……死ぬまで味わえッ!!」
『お兄ちゃん……私たちが……終わらせる……!』
ルーシーの手から解き放たれた「怠惰」の波動が広間全体を覆い尽くし、原初の宿主の周囲の空間そのものを完全な静止状態へと繋ぎ止める。
世界の中心で、創世の神への反逆の死闘が、ついに始まった——。




