第六十八話 歪みの巨塔
前世の記憶を模した東京タワーの如き鉄骨群と、異世界の太い肉脈が這い回る巨大な塔——。
『世界の裏層』の中心に聳え立つその異形に向かい、ルシアンとルーシーはツギハギの街並みを踏みしめて進む。
足元のコンクリートが突如として波打ち、アスファルトの隙間から粘液を纏った無数の「影」が這い出してきた。
それは、教団の実験で破滅していった被検体たちの無念と、「原初の宿主」の防衛本能が融合した異形の尖兵たちだった。
顔の崩れた子供や、肉体が溶け落ちた実験体たちが、虚ろな眼光を向けながら二人へ群がり寄ってくる。
「……ゼロワン……許さない……」
「お前だけが……お前だけが助かるなんて……」
不気味な怨嗟の声が、虚無の空間に響き渡る。
ルシアンの前世の記憶と、教団での凄惨な日々が、この領域の力によって肉体を持った呪いとして立ち塞がっていた。
「……どけ」
ルシアンの瞳には、一切の躊躇も動揺もない。
彼は迷うことなく、自らの右腕の皮膚を爪で深く引き裂いた。
——ブスリッ……!!
激痛が神経を駆け抜け、脳が「死」を認知した瞬間に発動する過剰修復。
血煙とともに爆ぜた黒赤の肉芽が、一本の太く鋭利な大剣となって右腕に形成される。
「僕たちが背負ってきたのは、お前たちの怨念ごときで揺らぐような軽い地獄じゃない」
一閃。
横薙ぎに振るわれた肉芽の大剣が、群がる影たちの胴体を一撃で断ち切る。
切り裂かれた影たちは叫びを上げる間もなく、ドス黒い霧となって霧散していった。
背後でルーシーが「怠惰」の領域を展開し、さらに後方から押し寄せる影たちの動作を完全な静止状態へと沈めていく。
『お兄ちゃん……道、開いたよ……』
「あぁ、助かる」
二人は立ち止まることなく、影たちの残滓を踏み越えて塔の最下層へと辿り着いた。
塔の入口に鎮座していたのは、教団の徽章と「原初」の紋様が刻まれた重厚な大門。
ルシアンがその門に過剰修復の腕を叩きつけると、激しい衝撃音とともに重い扉が内側へと崩れ落ちた。
中へ足を踏み入れると、螺旋状に上層へと続く長い階段が広がっている。
その階段の至る所に、過去に教団が記録していた膨大な実験データや、「原初の宿主」がこの世界を構築した際の「設計図」のような幾何学模様が浮かび上がっていた。
「ここを登り切れば……すべてが終わる」
ルシアンは自傷の激痛に耐えながら、固く拳を握り締める。
頂上から放たれる圧倒的な理の波動が、二人の存在を拒絶するように暴風となって吹き下ろしてきた——。




