第六十四話 崩れゆく理と集う刺客たち
——グラグラと、世界そのものの肋骨が軋むような激震が地下施設を揺らす。
黒い石柱から突き抜けた真紅の光柱が、旧施設の天井を容易く穿ち、遥か上空の雲を赤く染め上げていた。
【原初の宿主】の波動とルシアンの「傲慢」が共鳴したことで、この地下深くに施されていた封印の結界が、乾いたガラスのように一瞬で弾け飛んだのだ。
「……くっ……はぁ……っ!」
ルシアンは血みどろの右手を石柱から引き剥がし、膝をついた。
激痛と情報量の奔流で脳の神経が焼き切れるような感覚。胸腔の奥では過剰修復の芽が狂暴に跳ね上がり、今にも皮ふを破って溢れ出そうとしている。
『お兄ちゃん……!』
背後からルーシーが小さく叫び、その華奢な体をルシアンの背中に固く押し当てた。
彼女から放たれる「怠惰」の波動が、崩壊の一途を辿るルシアンの体組織を辛うじて一定の点に縫い止めていく。
「大丈夫だ……ルーシー。……むしろ、都合がいい」
ルシアンは血の混じった唾を床に吐き捨て、歪んだ笑みを浮かべた。
【原初の宿主】の存在、そして自分をこの世界へ引きずり下ろした元凶の影。標的がはっきりと見えたことで、彼の内にくすぶっていた冷たい狂気は、完全な「殺意」へと昇華していた。
だが——その時だった。
「……ヒハッ! 見つけたぞ、教団の『生き残り』ども……っ!」
「まさか、ヴァルターの奴が死んだ途端にこんな『お宝』が目覚めるなんてねぇ……」
崩れ落ちた天井の破片とともに、暗闇の奥からぞろぞろと複数の不気味な影が姿を現した。
通路を埋め尽くしたのは、三人。
一人目は、全身の皮膚が金属のように変質し、両腕から巨大な剣を生やした男。
二人目は、蛇のようにくねる無数の影を背中から蠢かせ、妖しい瞳でルシアンを見下ろす女。
そして三人目は、丸々と太った肉塊のような巨躯に、数人の人間の顔が滑稽に貼り付いた異形の怪物。
胸元で怪しく光る不気味な結晶。
ヴァルターという重石が消えたことで解き放たれ、教団の始まりの地へ吸い寄せられてきた【色欲】や【暴食】などを宿す、野良の大罪の宿主たちだった。
「その黒い石柱……そしてお前たちが背負う『傲慢』と『怠惰』の因子……」
金属の肌を持つ男が、両腕の剣を擦り合わせながら、嫌な金属音を響かせる。
「全部、俺たちがいただく。この世界の『新しい神』になるのは、俺たちだぁっ!」
「ハ……『新しい神』、か」
ルシアンはのそりと立ち上がった。
自らの左指を右肩に深々と突き立て、骨を叩き割る。
——メリメリッ、と惨烈な音が響き、自傷の過剰修復が右腕全体を赤黒い肉芽の槍へと変貌させていく。
「神に群がる羽虫どもが。……僕たちの『過去』を踏みにじった教団のゴミ屑と一緒に、まとめて肉の塊にしてやる」
「ルシアン……私も……やる……」
ルーシーの瞳に、かすかな、だが確かな意思の光が宿る。
壊れゆく旧施設の最奥で、新たな大罪の宿主たちとの凄惨な乱戦の火蓋が落とされた——。




