第六十話 穿つ衝動
——ズドッ……!!
肉が爆ぜる不快な音とともに、ルシアンの過剰修復された右拳が【嫉妬】の宿主の胸腔を深々と穿つ。
「カハッ……あ……が……!?」
胸元の黒紫色の結晶——『嫉妬』の因子が、ルシアンの打ち込んだ衝撃と過剰修復のエネルギーによって内側からヒビを散らした。
無数の腕を支えていた異形の巨躯が激しく痙攣し、口からどろりとした濁血を撒き散らす。
だが、男の潰れかけた左眼は、死の淵にありながらも狂気に満ちた眼光を失っていなかった。
「あぁ……っ、これだ……! この圧倒的な能力……! なぜお前なんだ……なぜ俺じゃない……っ!!」
——ガチチチチッ!
胸を貫かれたまま、男の肥大化した腕がルシアンの肩や腕に縋り付くように喰らいつく。
肉を削り、骨を砕こうとする【嫉妬】の最後の執念。
その爪がルシアンの皮膚を裂き、肉を削ぎ落としていく。
「痛いか……? 苦しいか……!? お前だけが生き残るなんて許さない……俺の苦しみを、お前にも……ッ!」
傷口から侵入してくるのは、相手の【嫉妬】の因子が持つ不快な侵食波動。
ルシアンの神経に絡みつき、精神を汚染しようと泥のように流れ込んでくる。
「くっ……ぁ……!」
激痛と不快感に眉をひそめるルシアンの脳裏に、再び過去の記憶の断片が強烈に引き戻される。
(被検体『プライド・ゼロワン』、および『ゼロ・フォー』。適合反応の経過観察に入る)
白い壁、薬品の匂い。
足元には、全身の肉が内側から破裂し、原形を留めずに冷たくなっている一人の少年の遺体があった。
ルシアンより前に「傲慢」の適合者として選ばれ、ルーシー——「ゼロ・フォー」に名前を与えようとして耐え切れずに破滅した、最初の男の子。
その死体の傍らで、幼いルーシーはただ膝を抱え、虚ろな目で転がっている肉塊を見つめていた。
(なぜだ……? なぜ死んだ……? 僕は生きているのに……なぜこいつは死んだ……?)
まだ転生して間もない頃のルシアン。
前世の倫理観と、目の前の凄惨な現実の狭間で吐き気を催しながら、彼は死んだ少年の指先が掠れかけた文字を床に刻んでいるのを見た。
——『たかいところにいきたかった』
ただそれだけの欲望。
ただそれだけの願いが、教団の実験によって無惨に踏みにじられ、肉の屑となって捨てられた。
その時、ルシアンの胸に芽生えたのは同情ではない。
自分もいつかこうなるという、底知れぬ恐怖と——「絶対に自分はこうはならない」という、傲慢なまでの拒絶だった。
「羨むだけで……何も掴めなかった奴が、僕に追いつけると思うな」
過去の記憶を振り払うように、ルシアンは肉を穿った右拳の内部で、さらに過剰修復の芽を爆ぜさせた。
——バリバリバリッ……!!
自傷の激痛を力に変え、貫いた腕の先端から肉芽の針を幾重にも展開する。
「がぁぁぁぁぁッ!?」
【嫉妬】の宿主の体内で肉芽が暴走し、内臓と骨を削り砕いていく。
胸元の黒紫色の結晶が耐えかねて音を立てて粉砕し、男の無数の腕が力を失って崩れ落ちた。
「ひ……ヒッ……お前は……化け物だ……っ」
最後の呪詛を残し、男の肉塊はどろどろとした粘液となって床へと崩れ落ちた。
静寂が戻る通路。
ルシアンは呼吸を乱しながら、血みどろの右腕を引き抜く。
激痛に耐えるため歯を食いしばる彼の背中に、ルーシーがそっと小さな手を添えた。
『……お兄ちゃん……大丈夫……?』
「……あぁ。先へ進もう」
床に広がる肉の残骸を踏み越え、ルシアンとルーシーは、さらに深い旧施設の闇へと歩みを進めた——。




