第五十五話 絶対の暴力 vs 狂気の過剰修復
「清算……? 冗談を言うな」
ルシアンの嘲笑が途切れると同時に、ヴァルターの姿が消えた。
——ドッ……!!
衝撃波が地面を穿ち、瞬時に間合いを詰めたヴァルターの大剣がルシアンの喉元へ一閃される。
(速い——ッ!)
思考すら置き去りにする絶対の暴力。ルシアンは間一髪で右腕を盾として突き出した。
——ガッシャァンッ!!
肉と大剣が激突したとは思えぬ重低音が響く。
ルシアンの右腕は一瞬で半ばから叩き折られ、血飛沫とともに骨が肉を突き破った。あまりの衝撃に、ルシアンの巨躯が広場の大理石を削りながら後方へ吹き飛ぶ。
「……クハッ……!」
血を吐き出しながらも、ルシアンの顔には狂気的な笑みが張り付いていた。
すぐさま右腕の肉を自ら力任せに潰し、自傷による過剰修復を強制起動させる。
いつもなら脳を灼くはずの破滅的な激痛。
しかし、背後に佇むルーシーの「怠惰」の因子がルシアンの崩壊を食い止める。激痛と肉体の壊滅は死線の一歩手前で強引に「停滞」し、純粋な過剰修復の爆発力だけが右腕に宿った。
肉の芽が黒い瘴気を纏いながら猛烈な勢いで噛み合い、元以上の密度を持った異形の拳へと膨れ上がる。
「生ぬるいぞ、ヴァルター……ッ!」
踏み込み一発で足元の瓦礫を粉砕し、ルシアンは過剰修復の超質量を乗せた右拳をヴァルターの顔面へ叩き込んだ。
——ズドォンッ……!!
爆風が広場を吹き荒れる。
だが——ヴァルターは片手で構えた大剣の腹で、その致命的な一撃を事もなげに受け止めていた。
「なに……!?」
「異端の力など、神の威光の前にはただの歪みに過ぎん」
ヴァルターの冷徹な眼光が光る。
彼が纏う白銀の気束が爆ぜ、大剣から放たれた神聖な衝撃がルシアンの過剰修復された右腕を根元から吹き飛ばした。
——グシャァッ!!
「ぐっ……ぁあッ……!」
再生の速度を完全に上回る、純粋かつ圧倒的な破壊。
自傷と「怠惰」の補正をもってしてもすり減っていく肉体。ヴァルターという男は、これまでの実験者や宿主とは次元の違う「絶対的な壁」だった。
「終わらせよう。神の庭に、貴様らのような不純物は不要だ」
ヴァルターが静かに大剣を上段に構える。
その全身から放たれる圧倒的な殺気が、ルシアンの全身の皮膚を切り裂くかのように圧しかかってきた。
絶望的な威圧感を前に、ルシアンは片腕を失い、血を流しながらも口元を激しく歪めた。
(これまでの自傷程度じゃ……追いつかない……!)
ルシアンは残された左手で、自らの胸腔——心臓のすぐ真上にある骨を、躊躇なく力任せに突き穿った。
「ルシアン……っ!」
自らの命そのものを切り刻む、極限の自傷。
血飛沫が闇に舞う中、ルシアンの眼光が狂乱の黒と赤に染まり上がっていく——。




