第五十三話 血の共鳴
「ひ、ひぃぃっ……! 狂人め……ッ!」
仲間の胸を拳一つで穿たれた残る一人の刺客は、血の海の中で腰を抜かした。
ルシアンは血の滴る腕を垂らしたまま、一歩、また一歩と惨めな刺客へ歩み寄る。
へし折った左腕の骨が、異様な音を立てて肉の内側で噛み合っていく。だが——その修復の速度と威力が、いつもと明らかに違っていた。
(……何だ、この感覚は)
普段なら、骨を折り、肉を引き裂けば、過剰修復の芽が暴走しながら脳を焼き切るような痛戯をもたらす。自傷の代償として訪れる死線の熱量が、ルシアンの意識を削り取っていくはずだった。
だが、今は違う。
激痛が走った直後、背後に立つルーシーの存在と響き合うように、全身の細胞の崩壊速度が強烈な『停滞』を起こしていた。
肉体が爆発的に再生しても、破綻しない。
過剰修復の膨大なエネルギーが体内で削ぎ落とされることなく高密度のまま留まり、全身の血流を凶悪なまでの破壊力へと変換させていく。
『……お兄ちゃん……痛くないの……?』
背後から漏れる、ルーシーの淡々とした掠れ声。
彼女の抱える「怠惰」の因子が、ルシアンの肉体が壊れゆく刹那の時間を強引に引き延ばし、過剰修復の出力を極限状態で安定させていた。
「……触媒、か」
ルシアンの口元に、歪んだ冷笑が刻まれる。
「死ね」
——ドゴォンッ……!
右脚の筋肉を自ら破砕し、その爆ぜた過剰修復の威力を乗せた一蹴りが、残された刺客の頭部を壁ごと粉砕した。
飛び散る脳漿と肉片。
静寂を取り戻した暗がりのなかで、ルシアンは自らの両手を見つめた。
皮膚の下で、強大な力が脈打っている。
ルーシーは「僕を生かすための道具」などではない。
教団を、世界を、そしてあのヴァルターを根絶やしにするための——最高の「歪な兵器」だ。
「おい、ルーシー」
初めてその名を呼んだルシアンに、少女は光のない瞳を向けた。
「離れるな。お前の壊れた『怠惰』を、僕の肉体で使い潰してやる」
『……うん。いいよ……どこまでも……』
少女は拒絶も恐怖も見せず、ただ静かに頷いた。
自傷と過剰修復の狂気に、「停滞」の共鳴が加わった。
二人はいまや、教団が生み出した最悪の怪異として、瓦解した中央都市の入口へとその足を進めていく——。




